第13話 幼馴染の家
自衛隊の車列が見えなくなってからも、しばらく俺たちはその場を動かなかった。
エンジン音が完全に聞こえなくなるまで耳を澄ませる。
風が吹く。
遠くでカラスが鳴く。
それだけだ。
「行こう」
父さんが静かに言った。
俺は頷き、クロスバイクのペダルを踏み込む。
ここから美咲の家までは、あと数分。
見慣れた住宅街のはずなのに、今はまるで知らない町を走っているようだった。
◇
美咲の家へ近付くにつれ、町の様子が少し変わってきた。
道路には放置された車が増えている。
コンビニの前には、割れたガラスや空になった段ボールが散乱していた。
入口の自動ドアは完全に破壊され、店内の棚はほとんど空になっている。
「……酷いな」
父さんが小さく呟く。
俺も思わず店内へ目を向けた。
床には菓子の袋や飲み物の容器が散乱し、レジはひっくり返っていた。
商品を探した跡というより、怒りに任せて壊したような荒れ方だった。
「略奪……」
その言葉が自然と口から漏れる。
ニュースで海外の映像として見ることはあった。
でも、それが自分の住む町で起きている。
その現実が胸に重くのしかかった。
父さんは首を横に振る。
「食べ物を探した人もいただろう。でも……これは違うな」
棚を蹴り倒し、必要以上に壊された店内。
そこには空腹だけでは説明できない、人間の悪意が残っていた。
◇
さらに進むと、小さな交番が見えてきた。
シャッターは閉まり、パトカーは一台もない。
入口には張り紙が貼られていた。
近付いて読む。
『緊急出動中』
『避難所または市役所へ』
それだけだった。
父さんがため息をつく。
「人が足りないんだろうな」
警察も、自衛隊も、消防も。
誰もが限界まで動いている。
だから、この住宅街までは手が回らない。
俺たちは自分たちで生き残るしかない。
◇
十分ほど走った頃だった。
俺は急にブレーキを掛けた。
「止まって」
父さんもすぐに自転車を止める。
「どうした?」
俺は前方を見つめた。
道路の真ん中。
黒い染みのようなものが広がっている。
近付いてみると、それは乾き始めた血だった。
大量の血。
その周囲には無数の爪痕。
そして、何か大きなものを引きずった跡が道路の脇へ続いている。
鑑定が反応する。
【大型魔獣】
【通過:一日前】
【危険:なし】
【現在は移動済み】
ほっと息をつく。
「昨日の痕跡みたいだ」
「もういないのか?」
「たぶん」
それでも気持ち悪かった。
血の匂いがまだ残っている。
普通なら一日もすればここまで強い臭いは残らない。
魔素の影響なのか、それとも俺の嗅覚が変わったのか。
どちらかは分からなかった。
◇
しばらく進むと、美咲の家が見えてきた。
二階建ての一軒家。
庭には小さな花壇。
小学生の頃、一緒に植えたチューリップを思い出す。
今は雑草が伸び始めていた。
家の雨戸は閉まっている。
玄関も閉まったままだ。
「静かだな……」
父さんが周囲を見回す。
近所の家も同じだった。
誰も外へ出ていない。
俺は自転車を降りる。
心臓が速くなる。
無事だろうか。
それとも——。
「悠真」
父さんが肩へ手を置く。
「落ち着け」
「……うん」
玄関の前へ立つ。
インターホンは押さない。
電気が来ていない以上、鳴らない。
俺はゆっくりとドアをノックした。
コン。
コン。
「美咲!」
返事はない。
もう一度。
「美咲! 俺だ! 悠真だ!」
静かだった。
風だけが吹く。
胸が締め付けられる。
「留守か……?」
父さんが小さく呟く。
俺は諦めきれなかった。
もう一度だけ、少し強く叩く。
「美咲!」
数秒。
何も聞こえない。
やっぱり遅かったのか。
そう思った、その時だった。
カチャリ。
家の奥から、小さな音がした。
父さんと顔を見合わせる。
続いて、足音。
慎重な足取り。
玄関へ近付いてくる。
「……誰?」
聞き慣れた声だった。
震えている。
でも間違いない。
「美咲!」
「悠真……?」
鍵が一つ外れる音。
もう一つ。
チェーンロックが外れる。
ゆっくりと玄関が開いた。
そこに立っていたのは、美咲だった。
髪は少し乱れ、頬もやつれている。
それでも、大きな瞳は昔と変わらなかった。
数秒、お互い何も言えない。
美咲の目に涙が浮かぶ。
「……本当に悠真?」
「ああ」
「生きてた……」
その一言と同時に、美咲は泣き崩れた。
俺は反射的に支えようと手を伸ばす。
だが、その瞬間。
「悠真、待て!」
父さんが俺の肩を掴んだ。
俺は驚いて振り返る。
「どうした?」
父さんは玄関の奥を見つめている。
俺も視線を向けた。
薄暗い廊下の先。
人影があった。
ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
俺の鑑定が反応する。
【人間】
【負傷】
【高熱】
【魔素侵食:初期】
俺の背筋に冷たいものが走った。
美咲の家族の誰かが、魔獣に襲われていた。




