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『世界が大変だけど、念のため備えていたら家族と生き残れました ~通信障害から始まる終末サバイバル~』  作者: バックドロップ


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第12話 町へ


 翌朝。


 空は雲ひとつない青空だった。


 皮肉なほど穏やかな朝。


 昨日のレイブンクロウたちの鳴き声が嘘だったかのように、住宅街は静まり返っている。


 俺は寝袋から起き上がると、すぐに左腕へ目を向けた。


 傷はほぼ塞がっていた。


 母さんが毎日包帯を交換してくれていたが、もうガーゼに血が付くこともない。


「本当に治っちゃった……」


 人間の回復力ではない。


 そう思う反面、不思議と恐怖は薄れていた。


 この力は、自分だけのものではない。


 世界そのものが変わり始めている。


 その変化に、自分の身体が適応しただけなのかもしれない。


 そんな考えが頭をよぎる。


 階段を下りると、父さんはすでに準備を終えていた。


 リュックには水、非常食、ロープ、ライト、工具、簡易救急セット。


 腰にはホームセンターで買った園芸用の鉈を差している。


 武器というより、道具だ。


 だが今は、その道具が命を守る。


 母さんは二人分の水筒を手渡した。


「絶対に無理はしないこと。」


「危ないと思ったら戻ること。」


「美咲ちゃんが無事なら、それで十分だからね。」


「分かってる。」


 父さんも静かに頷く。


 彩乃は少し眠そうな顔で立っていた。


「……お兄ちゃん。」


「ん?」


「絶対帰ってきて。」


「当たり前だ。」


 そう言って頭を軽く撫でると、


「子ども扱いしないで。」


 と、少しだけ頬を膨らませた。


 そのやり取りが、いつもの日常を思い出させる。


 だからこそ守りたいと思った。



 玄関を開ける。


 ひんやりした朝の空気が流れ込む。


 住宅街は相変わらず静かだった。


 遠くで犬が吠える声が聞こえる。


 しかし、その鳴き声はすぐに途切れた。


 俺は思わず耳を澄ませる。


「どうした?」


「……いや。」


 嫌な予感がした。


 だが姿は見えない。


 クロスバイクへ跨り、父さんと並んでゆっくり漕ぎ始めた。


 音を立てない。


 スピードも出さない。


 住宅街を抜けるまでは慎重に。


 それが二人で決めた約束だった。



 五分ほど走ると、小さな公園へ差しかかった。


 滑り台。


 ブランコ。


 砂場。


 どれも見慣れた景色だ。


 しかし、人はいない。


 砂場には風で飛ばされた新聞紙が転がっていた。


 ブランコは風に揺れている。


 ギィ……。


 ギィ……。


 その音だけが響く。


「寂しいな……」


 父さんがぽつりと漏らした。


 俺も同じことを思っていた。


 この公園では休日になると子どもたちが遊び、親たちが笑いながら話していた。


 その光景はもうない。


 まるで町から人だけが消えてしまったようだった。



 その時だった。


 俺は自転車を止める。


「父さん。」


「どうした?」


「静かに。」


 耳を澄ませる。


 カサ……


 カサカサ……


 植え込みの奥。


 何かが動く音。


 鑑定が反応する。


【変異野犬】


【危険度:E】


【個体数:2】


【空腹】


【警戒中】


 俺は小さく息を飲む。


 昨日のレイブンクロウとは違う。


 今度は地上だ。


 父さんへ小声で伝える。


「犬が二匹。」


「見えるのか?」


「いや……分かる。」


 父さんはゆっくり鉈へ手を掛けた。


「戦うか?」


「違う。」


 俺は首を横へ振る。


「戦わない。」


 趣味で見続けてきたサバイバル動画。


 野生動物の対処法。


 危険生物との距離の取り方。


 頭の中で知識が繋がっていく。


「相手は空腹。」


「でも獲物を探してるだけ。」


「刺激しなければ戦わなくて済む。」


 父さんはゆっくり頷く。


「どうする?」


「迂回しよう。」


 二人は自転車を押しながら静かに路地へ入る。


 ほんの二十メートルほど遠回りになる。


 だが、それで命が助かるなら安いものだった。


 植え込みの隙間から、大型犬ほどもある黒い影が見えた。


 普通の犬ではない。


 肩の筋肉は異常に発達し、牙は口の外まで伸びている。


 しかし二匹ともこちらには気付かず、公園のゴミ箱を漁っていた。


 俺たちは息を殺し、その場を離れる。


 父さんが小さく笑った。


「逃げる勇気も必要だな。」


「うん。」


 戦わない。


 それも、生き残るための技術だった。



 二人は再び住宅街を進む。


 美咲の家まで、あと五分ほど。


 その時。


 遠くから重いエンジン音が聞こえた。


 ゴォォォ……


 父さんと顔を見合わせる。


「自衛隊か?」


 建物の陰から、迷彩色の大型車両が姿を現した。


 だが様子がおかしい。


 車体には大きな爪痕。


 フロントガラスにはヒビ。


 荷台には負傷した隊員が横たわっている。


 護衛の隊員たちは疲れ切った表情で周囲を警戒していた。


 先頭車両の隊員がこちらへ気付き、大きく手を振る。


「危険です! 自宅へ戻ってください!」


 その声だけを残し、車列は止まることなく走り去っていく。


 父さんはその背中を見送りながら呟いた。


「……戦ってるんだな。」


「ああ。」


 テレビで見る災害派遣の自衛隊とは違う。


 彼らもまた、命懸けで戦っていた。


 誰かを助けるために。


 それでも全員は救えない。


 その現実が胸へ重くのしかかる。


 俺はクロスバイクのハンドルを握り直した。


「行こう。」


 美咲の家まで、あと少し。


 だが、その先で待っているものが希望なのか、それとも絶望なのか。


 まだ誰にも分からなかった。

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