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第8章 書き換える者

夜。


村の外れ。


焚き火の小さな灯りだけが、二人を照らしていた。


ルクスと、エリシア。


向かい合って座っているが――


距離は、遠いままだった。


しばらく、沈黙が続く。


風の音だけが、静かに流れていく。


「……元気そうで、よかった」


先に口を開いたのは、エリシアだった。


ぎこちない笑顔。


ルクスは少しだけ視線を逸らす。


「まあ、それなりに」


短い返事。


会話が、続かない。


かつては、こんな沈黙はなかったのに。


「ルクス……私、あの時――」


「いい」


言葉を遮る。


エリシアが息を呑む。


ルクスは焚き火を見つめたまま、静かに言った。


「謝りに来たんだろ」


「……っ」


図星だった。


「別に、責める気はない」


淡々と続ける。


「お前は、あの世界の“普通”を選んだだけだ」


“結果がすべて”。


それが、この世界のルール。


「間違ってないよ」


その言葉は、優しかった。


けれど同時に――


決定的な距離を感じさせた。


「……違う」


エリシアは、首を横に振る。


「間違ってた」


強く、はっきりと。


「私は……あなたを信じなかった」


その声は、震えていた。


「ずっと隣にいたのに……一番大事なところを、見ようとしなかった」


涙が、ぽろりと落ちる。


「ルクスの魔法、分からなかったから……怖くて……」


理解できないものを、拒絶した。


その結果が――あの日だ。


「……今なら分かるのか?」


ルクスの問い。


エリシアは、少しだけ迷ってから答える。


「全部は、分かりません」


正直な言葉だった。


「でも……」


顔を上げる。


涙で濡れた瞳で、まっすぐに彼を見る。


「すごい力だってことは、分かる」


その言葉に、ルクスは小さく笑った。


「ざっくりしてるな」


「だって本当に……規格外すぎて……」


少しだけ、空気が緩む。


けれどすぐに、ルクスは真顔に戻った。


「……じゃあ、教えてやるよ」


「え……?」


「俺の魔法」


焚き火の火が、ぱちりと弾ける。


「正確には、魔法じゃない」


エリシアの表情が変わる。


「違うんですか……?」


「ああ」


ルクスは、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「これは、“魔術式”じゃない」


詠唱も、魔力回路も関係ない。


もっと根本的なもの。


「世界の“定義”そのものに触れてる」


エリシアが息を呑む。


「定義……?」


「例えば、“火は熱い”とか、“剣は切れる”とか」


当たり前の前提。


誰も疑わないルール。


「それを――書き換える」


静かな声。


だが、その意味はあまりにも重い。


「そんなの……神様みたいな……」


「似たようなもんかもな」


あっさりと言う。


だが、その目にはどこか影があった。


「でもな」


少しだけ、視線を落とす。


「万能じゃない」


「え……?」


「書き換えるには、“理解”が必要だ」


対象が何で、どういう構造で、どんな意味を持っているのか。


それを“定義”として把握できなければ――


「触れない」


エリシアは、はっとする。


「だから……学院では……」


「ああ」


ルクスは頷く。


「誰も理解しようとしなかったからな」


教えられることもなかった。


評価されることもなかった。


ただ――“無能”と決めつけられた。


「……でも」


エリシアは、震える声で言う。


「それでも、あなたは諦めなかった」


その言葉に、ルクスは少しだけ驚いた顔をした。


「毎日、遅くまで残ってたの……知ってる」


「……見てたのか」


「うん」


小さく頷く。


「誰もいない教室で、一人で……ずっと何かを書いてた」


それは、魔術の練習ではなかった。


“世界の定義”を、理解しようとする試みだった。


「……あの時」


エリシアの声が、少しだけ掠れる。


「声、かけようと思ったの」


ルクスが顔を上げる。


「でも……」


その先が、言えない。


「……やめたんだな」


代わりに、ルクスが言った。


エリシアは、静かに頷く。


「怖かった」


その一言に、すべてが詰まっていた。


理解できないもの。


近づけば、自分の“普通”が壊れてしまいそうで。


「……そっか」


ルクスは、それ以上何も言わなかった。


責めることも、否定することもなく。


ただ受け止める。


その優しさが、逆に苦しかった。


「……ルクス」


エリシアが、震える声で呼ぶ。


「もう一度……」


言いかけて、止まる。


“やり直したい”。


その言葉が、喉まで出かかって――


消えた。


(言えない……)


そんな簡単な話じゃない。


あの日、自分は彼を見捨てた。


その事実は、消えない。


ルクスは、そんな彼女を見て――


静かに口を開いた。


「……エリシア」


「……はい」


「お前、今でも“結果がすべて”だと思うか?」


その問いは、まっすぐだった。


エリシアは、迷わなかった。


「思いません」


はっきりと答える。


「人の価値は、それだけじゃない」


その言葉に、嘘はなかった。


ルクスは、少しだけ目を細める。


「……なら」


ゆっくりと立ち上がる。


夜風が、二人の間を通り抜ける。


「見せてやるよ」


「え……?」


「“結果”を」


その声には、強い意志が宿っていた。


「この世界そのものを、どう変えられるか」


エリシアの瞳が、大きく揺れる。


それは、希望か。


それとも――


新たな恐れか。


ルクスは、夜の森の方へ視線を向けた。


「原因、潰しに行くぞ」


赤い光の正体。


すべての元凶。


「そこで、全部分かる」


そして小さく、呟いた。


「――俺が何なのかもな」

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