第7章 再開と、少しのズレ
「――断る」
ルクスの一言で、空気が凍りついた。
村の入り口。
王都の騎士たちと、ルクスが対峙している。
「……もう一度言う。これは王都の命令だ」
先頭の騎士が低く告げる。
「従わない場合――実力行使に移る」
「そうか」
ルクスはあっさり頷いた。
「じゃあ、そっちで頼む」
「は?」
一瞬、騎士が間の抜けた声を出す。
その隙を逃さず、ルクスは軽く肩を回した。
「いや、正直ちょっと試したかったんだよな」
「何をだ!」
「王都の騎士って、どれくらい強いのか」
その言葉に、騎士の眉がぴくりと動く。
「……舐めるなよ、小僧」
一斉に、剣が抜かれた。
フィアが思わず叫ぶ。
「ルクスさん……!」
「下がってていい」
ルクスは軽く手を振る。
まるで、これから始まるのが危険な戦いではなく――
ちょっとした実験のように。
「行くぞ!」
騎士たちが一斉に踏み込む。
連携された動き。無駄のない剣筋。
さすがは王都の精鋭。
だが。
「遅いな」
ルクスは一歩も動かない。
剣が振り下ろされる――直前。
「書き換え」
カキンッ。
妙な音が響いた。
「……は?」
騎士の剣が、ルクスの肩に触れた瞬間――
まるで木の棒のように弾かれた。
「な、なんだこれは!?」
「んー……」
ルクスは自分の肩を軽く叩く。
「“切れる”って定義、消しといた」
「はあ!?」
意味が分からない、という顔が並ぶ。
フィアも同じだった。
「ルクスさん、それズルくないですか……?」
「ズルいって言われてもな」
肩をすくめる。
「魔法ってそういうもんだろ?」
いや違う。
少なくとも普通の魔法は、そんな自由じゃない。
騎士の一人が叫ぶ。
「魔術障壁か!?」
「いや、多分違うぞ!詠唱がない!」
「そもそも理屈が分からん!」
完全に混乱していた。
ルクスは少し考えてから、
「じゃあ分かりやすくするか」
と呟いた。
「次はそっちな」
「なっ――」
「書き換え」
その瞬間。
騎士たちの動きが、ぴたりと止まった。
「う、動かん……!?」
「体が……!」
ルクスは腕を組みながら説明する。
「“戦闘中は冷静である”って定義を、“戦闘中は混乱する”に変えた」
「そんな無茶苦茶な……!」
「結構便利だぞ?」
軽く言う。
フィアがぽつりと呟いた。
「やっぱりズルいです……」
「褒め言葉だと思っとく」
そんなやり取りの中。
騎士の隊長が、歯を食いしばる。
「……化け物め」
その一言に、場が少し静まる。
だがルクスは、少しだけ首を傾げた。
「そうか?」
本気で不思議そうに。
「俺からしたら、そっちの方がよっぽど理不尽だけどな」
「何……?」
「“剣で斬れば勝てる”って前提」
当たり前のように使われている、そのルール。
「それを押し付けてるだけだろ」
静かな声だった。
けれど、その言葉は重かった。
騎士は、何も言い返せない。
その時だった。
「――やめてください!」
澄んだ声が、空気を切り裂いた。
その瞬間。
ルクスの動きが、ぴたりと止まる。
ゆっくりと、振り返る。
そこにいたのは――
「……エリシア」
白銀の髪を揺らしながら、彼女は立っていた。
息を切らし、必死にここまで来たのだろう。
その瞳には――
はっきりと涙が浮かんでいた。
「ルクス……!」
その声は、震えていた。
嬉しさと、後悔と、いろんな感情が混ざっている。
ルクスは、しばらく何も言わなかった。
ただ、静かに彼女を見つめる。
そして――
「久しぶりだな」
それだけを、淡々と告げた。
その距離感が。
あまりにも、遠くて。
「……っ」
エリシアの胸が、強く締めつけられる。
「私……あなたに……」
言葉が、うまく出てこない。
謝りたい。
伝えたい。
でも――
何から言えばいいのか分からない。
そんな彼女を見て。
ルクスは、少しだけ息を吐いた。
「……とりあえず」
視線を騎士たちに戻す。
「これ、どうする?」
緊張感ぶち壊しの一言だった。
「えっ?」
エリシアが一瞬固まる。
騎士たちも同じだった。
ルクスは普通に続ける。
「まだやる?それとも帰る?」
まるで雑談のような軽さ。
だが、状況は完全に彼が握っている。
騎士隊長は、悔しそうに歯を噛みしめた。
「……撤退だ」
その一言で、勝負は決まった。
騎士たちが引いていく中。
エリシアだけが、その場に残った。
「ルクス……」
一歩、近づく。
だがその距離は、簡単には縮まらない。
ルクスは、静かに彼女を見た。
「何しに来た?」
その言葉は、冷たくはない。
けれど――優しくもなかった。
エリシアは、震える声で答える。
「あなたに……会いに来ました」
その一言に、すべてを込めて。
ルクスは、少しだけ目を細めた。
「……そうか」
それだけ。
それ以上は、何も言わない。
その沈黙が、何よりも重かった。




