第4章 歪められた存在
魔物の群れが退いた夜。
村には、久しぶりの安堵が広がっていた。
焚き火の周りで、村人たちが小さく笑い合っている。
「助かったよ、本当に」
「こんな魔術、初めて見た……」
そんな声が、あちこちから聞こえてくる。
ルクスは少し離れた場所で、それを眺めていた。
(評価が変わるだけで、こんなにも違うか)
王都では、誰も自分を必要としなかった。
だがここでは――違う。
「ルクスさん」
隣に、フィアが座った。
「さっきは本当にありがとうございました」
「礼を言われるほどのことじゃない」
「そんなことありません」
フィアは真剣な目で言う。
「ルクスさんがいなかったら、きっと……」
その先は言わなかった。
言わなくても分かる。
ルクスは小さく息を吐いた。
「……なあ、フィア」
「はい?」
「この辺り、昔からこんな感じなのか?」
フィアは首を横に振る。
「いいえ。こんなに魔物が出るようになったのは……ここ最近です」
「どれくらい前から?」
「一週間くらい前、です」
(やっぱりな)
偶然にしては出来すぎている。
「何かあったか?その頃」
フィアは少し考え――
「……森の奥で、変な光を見たって話がありました」
「光?」
「はい。夜なのに、赤く光ってたって」
ルクスの表情が、わずかに変わる。
(ビンゴ、か)
自然発生ではない。
明らかに――人為的な何か。
その時だった。
――ズンッ……
低い振動が、大地を揺らした。
焚き火の火が揺れる。
村人たちの顔から、一瞬で血の気が引いた。
「な、なんだ……?」
「また魔物か……?」
だが違う。
さっきの群れとは、比べものにならない“圧”がある。
ルクスは立ち上がった。
「来るな、これは」
「え……?」
フィアが不安げに見上げる。
次の瞬間――
――ドゴォンッ!!!
村の柵が、内側から弾け飛んだ。
「なっ……!?」
現れたのは、“それ”だった。
巨大な影。
人の背丈をはるかに超える体躯。
黒ずんだ毛並みと、異様に膨れ上がった筋肉。
そして――
赤く濁った瞳。
「……オーガ、か」
だが、普通じゃない。
体の一部が、不自然に歪んでいる。
まるで、無理やり作り変えられたように。
「嘘だろ……こんな化け物……」
「勝てるわけが……」
村人たちが後ずさる。
恐怖が、一気に広がる。
「ルクスさん……!」
フィアが震える声で呼ぶ。
ルクスは、ゆっくりと前に出た。
(対象:オーガ)
(状態:異常強化)
その瞬間、違和感が一気に押し寄せる。
(……これは)
さっきの魔物とは、比べものにならない。
改変の“量”が違う。
「無理やり……詰め込まれてるな」
力。耐久。攻撃性。
あらゆる数値が、限界以上に引き上げられている。
その代償として――
「自我が、ほぼ消えてる」
オーガは咆哮を上げた。
――ゴォォォォォッ!!!
地面が震える。
そのまま一直線に、ルクスへと突進してくる。
速い。
そして重い。
普通の魔術師なら、詠唱すら間に合わない。
だが――
ルクスは動かない。
(書き換え……できるか?)
対象が大きすぎる。
改変の規模が、桁違いだ。
(いや)
一瞬、迷いがよぎる。
だがすぐに、それを打ち消す。
(やるしかない)
ここで逃げれば、村は終わる。
フィアも――
「……守るって、決めたからな」
小さく呟く。
そして。
(対象:オーガ)
(改変項目:――)
「――書き換え」
その瞬間。
世界が、軋んだ。
見えない何かが、強引にねじ曲げられる感覚。
オーガの動きが、一瞬だけ止まる。
だが――
「……足りないか」
完全には、変えきれない。
力が強すぎる。
なら。
(全部を変える必要はない)
一点に絞る。
「――“強さの定義”を修正」
次の瞬間。
オーガの拳が振り下ろされる。
――だが。
ドンッ。
鈍い音と共に、地面が砕けた。
ルクスは、無傷で立っている。
「……え?」
誰かが呟いた。
ありえない光景。
直撃したはずの一撃が――
“効いていない”。
オーガが、戸惑うように動きを止める。
その間に、ルクスはさらに言葉を重ねる。
「お前の“強さ”は、もう意味を持たない」
再び。
「書き換え」
今度は、はっきりと。
何かが、切り替わった。
オーガの体が、ぐらりと揺れる。
膨れ上がっていた筋肉が、わずかに萎む。
赤い瞳の輝きが、薄れる。
そして――
ドサッ、と。
その巨体が、地面に崩れ落ちた。
静寂。
誰も、声を出せない。
「……終わりだ」
ルクスが静かに言う。
それが合図だったかのように、空気が一気に戻ってくる。
「た、倒した……?」
「いや、今の……何をした……?」
ざわめきが広がる。
だがフィアだけは、じっとルクスを見ていた。
その瞳には――
驚きと、確信と、そして少しの畏れ。
「ルクスさん……」
「ん?」
「その魔法……」
少しだけ言葉を選んで、続ける。
「世界そのものを……変えてませんか?」
ルクスは、一瞬だけ沈黙した。
そして、苦笑する。
「……まあ、そんなところだ」
その軽い言い方とは裏腹に。
その力は――
あまりにも規格外だった。
倒れたオーガを見下ろしながら、ルクスは思う。
(やっぱり、ただの魔物じゃない)
これは“作られた存在”だ。
そしてそれを作った何者かが、どこかにいる。
(面倒なことになりそうだな)
だが。
同時に――
「ちょうどいい」
この力を試すには、これ以上ない相手だ。
夜空を見上げる。
星が静かに瞬いている。
その裏で、何かが動いている気配を感じながら――
ルクスは、静かに笑った。
「――全部、書き換えてやるよ」




