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第三話 Stuck On You

沈黙を破ったのは、マルグリットのセバスチャンだった。


 「畏れながら、差し出がましくも口を開くことをお許しくださいませ」


マルグリットが促す。


 「ティーガーデン家では、200年前に星間紛争に巻き込まれて行方不明となっていたマルグリット様を、今日まで捜索し続けておりました。数日前、「スノウホワイト」の起動シグナルらしき信号をキャッチいたしましたため、近隣の惑星を探査しておりましたところ、偶然カトリーヌ様、ヴィヴィアン様お二方のワルツの余波が、マルグリット様をコールドスリープから緊急復帰させたものかと愚考いたします」


ふむ、と少し考え込んでから、ヴィヴィアンが尋ねた。


「まあ……そうでしょうね。でも、なぜワルツを中止にして捜索しなかったの?観覧席は特別設けなかったけれど、事前に申請した正式なワルツなのだから、範囲は通告されていたはずよ」


 「仰る通りでございます。返す言葉もございません。今回のように起動シグナルと思しき信号をキャッチしたことは幾度となくございましたが、そのどれもが惑星や恒星の活動によるものでして、わたくし共の、お二方のお邪魔をするべきでないとの身勝手な判断によるものです。結果として、ワルツの中断という事態を招いたことに関しましても、お詫びの申し上げようもございません」


頭を下げたまま、そこまで言ったところで、マルグリットが片手を上げて制した。


 「わたくしからも、お詫び申し上げますわ。正式な謝罪は、後日家を通してさせていただきますわね。お詫びの品に、お好きな鉱物資源をお持ちいたしますわ。この場では簡易な謝罪で済ませること、お許しくださいまし」


 「それはいいわ。それより、ワルツよ。中止されたワルツは、特に理由のない限り、後日再スケジュールされるものだけど……申し訳ないけど、私は忙しくてね。明日、明後日でできないかしら?」


急に矢面に立たされたカトリーヌは、びくりと肩を縮こまらせた。そんな日程では、コンディションどころではない。修理すらもままならない!


 「え、ええっと……!」


狼狽えるカトリーヌを見て、マルグリットがにこりと笑む。控えめに片目を閉じて見せてから、助け船を出した。


 「わたくしが口を挟むべきではありませんけれど……カトリーヌ様のバトルドレスは、数日では仕立て直せませんわ。踊れるようになるまで、しばらくかかるでしょうね。貴女も、ご覧になったでしょう?」


 「そんなことはわかってるわよ。とにかく、早くケリつけて帰りたいわけ、こっちは。私の「アウローラ」も見た?何回やったって私が勝つんだから、待ったってムダよ」


苛立ちを隠そうともせず、マルグリットを睨み付ける。


 「あら、そうかしら?見せて頂きましたけれど、たしか、バイタルに数発直撃の跡が残ってましたわね。不意打ちか、イイのを連続でもらってシールドを突破されたのではなくて?カトリーヌ様の一本ですわね。お二人とも万全なら、きっと、見応えのある素敵なワルツになると思うわ。意図せずとはいえ、わたくしが邪魔してしまった続きを、今度こそ見たいと思うのはわがままかしら?」


そんなことは、ヴィヴィアンも解っていた。解っているからこそ、癇に障った。

優雅に紅茶を啜りながら返すマルグリットは、ヴィヴィアンの眉根の皺に気づいていないかのようにさらりと続けた。


 「それに、ほつれたドレスを嬲るというのは――優雅じゃないわね」


煽る煽る。カトリーヌは、気が気ではなかった。私を差し置いて、勝手に喧嘩しないでほしい。心の底からそう思っていた。当然、このコンディションのままワルツにもつれ込んでも敗色濃厚、時間を稼ぐことができないとなると、自分が口を挟むべきでないことがわかっていたので、黙っていた。


 「……ほんとうにやかましいわね。そんなに言うなら――わかったわ。アンタが相手しなさいよ。まあ、本来私が勝ってたワルツなのだから、条件は見直してもらうけどね?」


マルグリットは、わざとらしく驚いた顔をしてから……にやりと、挑発的に笑った。


「わたくしと、踊って頂けるのですわね?」




そこからはとんとん拍子に話が進み、明日にでもワルツを行う運びとなった。


 「寝起きだからって、容赦しないわよ」


とは、ヴィヴィアンの談である。完全にバチ切れて瞳孔が開ききっていたし、今にも牙を剥きそうにすらなっていた。

マルグリットは、カトリーヌとともにハンガーへ向かって廊下を歩く。


 「とは言っても、わたくしの「スノウホワイト」は動くんですわよね、セバス?」


 「は。全体的に申しますと、全性能の40%は発揮可能です。実際には、現代のレギュレーションに準拠して、さらに性能にリミッターを設けますので、あとは武器さえあれば、ワルツには問題ございません」


 「あら、そうなの?ま、追従性と推力がまともならいいわ」


楽しそうに話を続けるマルグリットを、カトリーヌが遮った。


 「……い、いやいや!助けてくれたのはありがたいんですけど!」


 「?」


マルグリットが立ち止まり、カトリーヌを振り返る。


 「ヴィヴィアン様って、さっき調べたら生徒会庶務長だ、って……!選挙に出て、勝てるくらいの実力者なんです!」


マルグリットは、深刻そうな顔をして、応えた。


 「……ちょっと、その制度について説明してくださる……?」


 それはそうだった。今や銀河の常識となっている事柄を、当然のように説明なしで通そうとしていた自分を恥じた。相手は、200年眠っていたのだ。あまりに不親切だった。


 「ええと、まず、聖天の川女学園というのがあって……」


 聖天の川女学園。全お嬢様の憧れ。そこでは、お嬢様として社会に羽ばたくための勉学と、社交界で文字通り”闘う”ためのワルツの術を学ぶことができる。

在学年数は重視されず、講義や授業をお嬢様自身が選択して受講、目当ての資格や内定を得たお嬢様から、卒業して巣立ってゆく。そんな自由な校風が特徴だ。

受けられる授業や校内の設備はどれも超一流、複数の星系にまたがるほどの広いキャンパスや、入学者に希望の邸宅を新設する学生寮(?)制度など、至れり尽くせりの学習環境。

もちろん、学費も生半な貴族の資産では一年と在籍できない額が要求されるため、在学そのものが莫大な付加価値をもつステータスとして認識されている。


  そんな聖天の川女学園では、最低限の学園運営を行う理事会が存在し、徴収した学費の一部によって教師への報酬や、その他健全な学園生活への働きかけを行っている。が、その権力を遥かに越えて、宇宙貴族たちからの寄付や積立金を用いて学園運営を直接的に行う、生徒会が存在している。

重要な事項は生徒たちからの全体投票を行うこともあるが、そのほか学園を運営する上で重要な、各部活動や委員会への予算の割り振りや、イベントの開催などは、基本的には生徒会執行部内で決定されることとなる。

 生徒会執行部には、役職を持つ役員と、各役職をまとめ上げる役職長が存在する。

庶務長はそのひとつで、生徒会の、いわゆる雑務や実務を担当する庶務たちの長である。一般生徒たちと生徒会執行部との橋渡しとしての役割を持っていて、最も多い定員数を誇る庶務たちを通して、生徒たちの要望やら学園の改善案やらを吸い上げ、執行部議会に提出することでその役割を果たしている。

 その特権は、他の生徒会執行部役員と比べるとやや限定的だが、一般生徒と比べると雲泥の差があるのだ。

ゆえに、そのポストを狙うお嬢様も(他の役員と比べると少ないが)とても多く、高い倍率の中でワルツのトーナメントを勝ち抜き、その後の総当たり戦を制した勝ち組お嬢様にのみ許される称号、そのひとつ。


 要するに、凡百のお嬢様を相手にしても頭一つ抜けたワルツの実力者にのみ許される役職についているのが、ヴィヴィアン・グルームブリッジというお嬢様なのである、ということである。


そこまで聞いたマルグリットは、ステーションのエントランス、その壁に掲げられた大きなバトルドレス用の儀礼槍を見遣って、嬉しそうに笑って言った。


 「あら、よかったわ!あるじゃない、ヘビィランス。セバス、あれを使うわ。手続きはすぐに済みそうかしら?」


 「はい、あれは現代ではほぼ使われておりませんので、すぐにでも――」


 「マルグリット様!聞いてましたか!?」


半ば悲鳴のような、カトリーヌの悲痛な叫び。もちろん、マルグリットは気にしていないかのように、いや実際にまったく気にせずに笑顔で振り返った。


 「まァ、なんとかなりますわよ!見た感じ!」


 「…………」


おほほ、と笑うマルグリットに、カトリーヌは何も言えなかった。



しかし、カトリーヌの心配とは裏腹に、ワルツの準備はすべて順調に、着々と進んでいった。カトリーヌの心の準備以外は。


 「リアクター出力は最大の10%ほどとなりますので、推力も最大26%まで低下致します。配分次第では、機動中は電磁装甲が機能しないとお考え下さい」


 「最近の方はずいぶん大人しいワルツをなさるのね……。わかったわ。レギュレーションをもう一度確認させて」


 「……」


こうなると、手持無沙汰な分、そわそわと落ち着かなくなってしまうものである。そもそも、自分の家の未来を地面から出てきた謎のお嬢様に託すというのが、なにやら間違っているような気もしてきた。


 「あのっ……」


マルグリットが、ぱちりと開いた目を向けた。巻いた金色のツインテールが揺れる。

いざ、面と向かってみると、これから話す内容は失礼に当たるのではないかという、話す前に何度も反芻した不安が再び興ってきた。せっかく助けてくれるというのに、心変わりをさせてしまうのではないかと。

それでも、聞かなければならない。ことが終わった後で、無茶な要求をされないとも限らない。そうなれば、ここで一度助かったとしてもまた別の危機が訪れるだけだ。意を決するために、一度呼吸をしてから、尋ねた。


 「どうして、助けてくれたんですか?いえ、本当に感謝しているんですけど、マルグリット様には、そんな義理とか、メリットとか、無いように思えるんです……だから、どうしてなのかなって」


マルグリットは、大きな丸い目をさらに大きくしてから、ころころと笑いながら答えた。


 「そんなもの!一目でわかりますわ。その泣きはらした目と、「シンデレラ」を見ればね。可愛らしい乙女が、涙を流しながら必死で戦って、なにか守るべきものがあるのでしょう?」


ぐっとこみ上げる羞恥と涙をこらえるカトリーヌ。自分は、そんなに情けなくも少女の顔をしていただろうか。お嬢様になるときに捨て去ったはずのそれらの貌を、未練がましく持っていたのか。


 「であれば!助けるのがお嬢様というものですわ!愛ゆえに!」


高らかに、歌い上げるように宣言したマルグリットが、カトリーヌには輝いて見えた。


 「……」


 「まあ、どうしても気になると仰るのなら、ワルツの後で「スノウホワイト」の整備を手伝ってくださらない?どうにも、消耗部品が結構やられてるようですの……今後の為にも、一度綺麗にしておきたいですわ」


 「も……もちろんです!お約束します!」


カトリーヌは、つっかえながらも即答した。そうしなければと思ったから、そうした。彼女の心に、誇りの火が再び灯った瞬間だった。

それを感じ取ったマルグリットも、満足げに笑った。


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