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第四話 Please Please Me

 ワルツ当日。ヴィヴィアンは苛立っていた。

コクピットに響くリアクターの反響。

スラスターの甲高い噴射音。

電装系の低音。

そして駆動系とフレームの共鳴。

……掛けられる圧力には、もう慣れたけれど。

それらすべてがヴィヴィアンを苛立たせる。

そして、それよりもなによりも、目の前の敵が、ヴィヴィアンを苛立たせた。

大気上層、ワルツのスタート位置についたヴィヴィアンの乗機「アウローラⅡ」もまた、数百キロ離れた先を見据えていた。そのセンサーアイが捉えるのは、バトルドレスを運搬するためのキャリッジである。


キャリッジの内部、整備ベッドには、白いバトルドレスがうつ伏せに眠っていた。そこに乗り込んだお嬢様……マルグリットは、いくつかのチェックを済ませ、エアロックを挟んだ先にある管制室にハンドサインを送る。

ガラス越しにそれを認めて、セバスチャンがコンソールを操作する。


 「ケージ開放。天蓋を開きます」


がこん、と鈍い衝撃が走り、キャリッジの天井が大きく開け放たれる。薄い大気ごしに、濃い宇宙の色が頭上に広がった。ベッドがせり上がり、起き上がってゆく。ゆっくりと垂直になり、拘束具が取り払われた。「スノウホワイト」の胸元で、仁王立ちのマルグリットは、ほぼ酸素の含まれていない大気を一呼吸した。


 「――目覚めなさい、スノウホワイト」


快音を立て、ジェネレータに火が入る。フライホイールの高調波、循環系の駆動音が精神を高揚させた。

せり出して開放されたコクピットをスノウホワイトの胴体に引き込んで閉鎖し、コクピットの諸電源を投入する。HUDに続いて、センサーがマルグリットと同調して、視界が広がる感覚。


 「「スノウホワイト」、起動を確認しました。モニタリング正常。グリーンでございます」


 「セバス、念を押しますわ。プリフライトチェックを」


 「了解いたしました」


カメラアイの絞り、体中の人工筋肉、スラスターノズルが順に動作していく。FCSとセンサー類を模擬動作させ、最後にパタパタとスカートがはためき、チェックが完了した。


 「問題ございません。オールグリーンでございます」


 「往きますわ。ロック解除」


 「最終ロック……解除。フリーでございます、お嬢様」


バトルドレスを固定していたロックが外れ、手足が自由になる。「スノウホワイト」を屈ませ、足元の巨大なランスと、同じくバトルドレスを覆うほどの大きなタワーシールドを取りだした。

ぶん、と軽く大槍を振るうと、その分厚く扁平な穂先が空を斬る音が響いた。この時代の多くのお嬢様は、もはやこの手の大型の質量武器は扱わないそうだが、マルグリットにとっては、手に馴染んだ感触だ。


 「マルグリット様!」


通信機越しに、カトリーヌの声がコクピットに響く。


 「よろしくお願いします……ご武運を!」


深刻な声音だったが、そこに迷いは感じられなかった。

なによりもその事実に嬉しくなったマルグリットは、出撃前から引き絞っていた表情を綻ばせ、笑った。


 「おかげさまで、楽しいワルツになりそうですわ!往って参ります!」


直立の姿勢から、スラスターを軽く吹かしてキャリッジから離脱する。ふわりと重力を断ち切り、推力バランスに従って後方から倒立、そこから背面スラスターを起動して正姿勢に戻す。ほんの短い、単純な機動だったが、マルグリットは惑星の重力と大気の抵抗を感じ取り、感覚として得たそれらの情報をセンサー情報と統合してOSのバランサー変数に入力した。

深呼吸して、数秒飛んでから、ワルツの定位置へと機体を移動させる。オートで定速定高度飛行へと移り、準備完了のシグナルを出す。

マルグリットも、敵の姿を捉えた。これで、ワルツの準備がすべて整ったわけである。


 「……やる気なのね」


オープンチャンネルで、ヴィヴィアンが問う。


 「当然!楽しみましょうね?」


あっけらかんと返すマルグリットには、平常を装っても抑えきれない昂りが滲んでいた。

ヴィヴィアンは、苦々しい表情を隠そうともせず、吐き捨てるように言った。


 「前世紀らしい野蛮な考えね。暴力で優劣を決めるこんな催しが、楽しいなんて」


マルグリットは、驚きを隠せなかった。200年前は、戦争に代わる人道的で素晴らしいシステム、宇宙貴族の理性の象徴と持て囃されたものだったし、その記憶が、自分の中に眠っていたことにも驚いた。


 「……このワルツがどんな意味を持つのかは、この先のわたくしたちが決めることですわ」


そして、ヴィヴィアンの悲しみをも、晴らしてあげたいと思った。それが傲慢であるとも。

ヴィヴィアンには、その憐憫が解った。カトリーヌにそうしたように、自分にも情けをかけるのか。

それがわかるから、許せなかった。なぜかは解らなかった。


 「そうかもね。寝覚めに、キツいのをあげるわ」


ぐおん、と音を立てて、フライホイールが回る。リアクターが戦闘出力に引き上げられる。機体背面から、光に変換された廃熱が吹き上がり、陽炎が立ち上る。


 「お気遣いはありがたいですが、遠慮させていただきますわ。どうしてもというなら――」


それに呼応するように、「スノウホワイト」からも光が漏れ始める。


 「全力でいらっしゃい。お相手、務めさせていただきますわ」


 「……!」


ワルツ開始のゴングが鳴った。両者とも、一瞬の遅れもなく同時に前方へと駆ける。

光の筋がふたつ、空に走った。


ヴィヴィアンが得意とするのは、中近距離での距離を保った射撃戦である。機動力を活かして間合いをコントロールしつつ、回避と射撃でじりじりと優位を築く戦いが得意だった。

ゆえに、相対速度の高さから一瞬で射程へと入った「スノウホワイト」を躱すようにして旋回、進行方向へと牽制射撃しながら今度は距離を開くように機動する。


キャリッジの中で、カトリーヌがつぶやく。


反航戦カウンター・プロムナード……いえ、左回り(リバース・ターン)での旋回戦!」


速力だけでなく、機動力がモノを言う、メティス・モデルの独壇場。ヴィヴィアンの十八番だ。完璧なタイミングで旋回へと移ったことにより、間合いの不利を背負うことなく、優雅にポジションを確保したのだ。

「アウローラ」の両手のビームカノンが火を噴く。旋回のために背を向けた「スノウホワイト」へと降り注ぐ光の矢が、きらきらと輝いて見えた。


 「やはり素敵な踊り方ですのね?そうこなくては」


マルグリットは、強引にスラスターを吹かして、機体姿勢を起こした。急減速をさらに推力でねじ伏せながら、くるりと回るように姿勢をねじり、ビームの檻をすり抜けて見せる。


「……!?」


 ヴィヴィアンは驚愕した。本来、加減速で射界から外れたり、装甲で受けるしかないはずの攻撃を、いとも簡単にすり抜けられた。それどころか、推力方向をこちらに向けて、カッ飛んで来る!

応射を警戒して、旋回しながら距離を取るヴィヴィアン。さらに数発のビームで釘を刺せば、何度でも先ほどのムーヴをトライできる。躱されたとて、あんな姿勢からまともに反撃は無理だ。こちらの優位は揺るがない。

そのはずだった。

突撃槍のスラスターを起動して、さらに推力全開にした「スノウホワイト」は、大盾で直接ビーム砲弾をいなしながらアウローラに肉薄してきたのだ。

急激に間合いを詰められたヴィヴィアンは、咄嗟に姿勢を横に倒して直撃を躱す。鋭く突き出された穂先が胸元を掠め、装甲と幾つかの外装部品が吹き飛んでいった。勢いそのまま飛んでいくかと思いきや、制動を掛けてさらに追いすがる「スノウホワイト」。

ヴィヴィアンは、恐怖していた。なんだ、この機体は。なんなのだ、このお嬢様は。


ヴィヴィアンが直面した異常性のひとつは、「スノウホワイト」の機体構成である。

通常、この時代のワルツとは、言ってしまえば「互いの電力リソースの削り合い」である。バトルドレスは、機動にも、防御にも、攻撃にすらも電力を消費する。回避よりも攻撃に、そしてそれよりも防御に消費される電力が大きくなり、自然、戦法は「いかに相手に攻撃するか」に収束される。すなわち、より長い射程、より速い弾速を持つかわりに電力消費の大きくなる光学兵器を、軽量化して機動負荷を減らした機体に搭載して、あとは火力と機動力、防御力の配分、といった具合である。「スペルド」はこの点の調整が上手くいかず、重装甲と当たれば大きい実弾兵器の高火力によって機動力の差を埋めようというコンセプトだった。

「スノウホワイト」は、そのどちらでもない。というか、まともな火器が搭載されていない。レギュレーションの許す限りの出力すべてを推力と電磁装甲に割り振り、相手の攻撃を受け止めながら大推力で距離を詰めるのが、おそらくその戦法のすべてなのだ。


 「……い、猪武者……!?」


それを見ていたカトリーヌでさえ、その戦いぶりを見てそう評さざるを得なかった。大盾の表面のコーティングが蒸散して生まれた爆炎と、霧散したビームの粒子を浴びながら突進する「スノウホワイト」は、言い知れぬ圧力を感じさせる。

「アウローラ」は、崩れた姿勢のままスラスターを吹かして離脱を試みた。しかし、そこにぴったりと張り付くように追随してきた「スノウホワイト」が、もう一撃を加える。左肩のシールド・ブースターが千切れ飛び、衝撃がコクピットを揺らす。


 「――――ッ!このっ!」


大きな槍をブン回し、その当然の結果として慣性に振り回される「スノウホワイト」に、僅かな間合いで右手のビーム砲を連続で叩き込むヴィヴィアン。しかしそのどれもが、ただ振り回されているかに見えた「スノウホワイト」の脇を掠めて飛んだ。慣性を活かし、わずかなスラスター操作でくるくるとターンして砲弾を躱しているのだ。さらにもう一撃が、右大腿部を強かに打った。


 「なんなのよ、あんた……!」


ビームカノンを連射しながら、推力を全開にして、後ろへ飛ぶ。電力の消耗も、気にしていられなかった。

それを咎めるように、大盾を用いたシールドバッシュが叩きつけられる。自身の推力と大盾に押されて、しかし「アウローラ」は大きく距離を取ることができた。

一瞬の攻防の後、またひりひりとした膠着が訪れる。互いに位置を取るため加速と旋回を繰り返し、徐々に高度が落ちてゆく。


 「……?」


おちょくられているのか、とも思った。

せっかく一度は詰めた距離を、一息に畳んでしまうのではなく、冷静に一呼吸置いてしまうのは悪手にも思えたからだ。

だが、それなら最初の一撃があんなに鋭いものであるはずもなかった。あれは、確かに勝負を決めようとした一撃だった。


であれば、なんだ?そんな思いを、振り払うようにしてトリガーを引く。今度は、牽制などとぬるい弾ではない。

集中して、十数発の光弾を送り込む。直撃すれば損傷を免れない決め弾、その雨の中へと「スノウホワイト」を叩き込む。躱すことのできない密度、当たれば痛手の、こんどこそ二択。

だが――もちろん、そうはいかない。ひらりと躱し、大盾で受け、また躱す。今度はゆっくりと、だが確実に間合いを詰めてくる。互いに高速で旋回し合っているのだから、容易い筈もない。全方位から、時間差でやってくるビームのむしろの中にあって、優雅に躱しながら、何度も切り返してこちらに近付いてくる。こんな動きをするお嬢様を、見たことがなかった。

 ヴィヴィアンは、苛立っていた。こんな強敵と、技術を尽くして戦うことが、楽しいと思ってしまったから。相手の攻撃を必死で躱しても、距離を保てるのは、相手の連撃を凌いだその一瞬だけ。その瞬間々々にすべてを注いで、ギリギリでチャンスを奪い合う。それがたまらなく、楽しかった。


 「……ふざけるな」


つまり、これは。

マルグリットが、意図的に作った状況だったのだろう。私が、ワルツを楽しめるように。


 「……」


ばつの悪そうに、沈黙に甘んじる気配があった。


 「聖人気取りってわけ⁉どんだけ徳の高いお嬢様だったか知らないけどねぇ!」


カノンの出力が一段階上がる。戦闘出力ギリギリ手前の、高威力モード。

ひときわ強くなった光の槍が、空気を破裂させる快音を響かせながら「スノウホワイト」に迫る。


 「ズケズケ寄ってくンじゃないわよ!」


脛部が展開し、片脚16門、全32門のレーザー砲が露出した。レンズがぐりんと目を剥いて、光が集まる。

さらに、肩部装甲もスライドして展開、片側8門の砲口が露わになる。両腕部ビームカノンも併せ全48門の光学兵器を、至近距離で一斉に連射。

これには、マルグリットも驚愕した。まだ、こんな隠し玉があったのか。


 「おやりになりますの、ねッ!」


マルグリットは、いつの間にか近付いていた地面を、大盾で抉るように打った。地表が削れ、砂礫と土煙が一瞬で広がる。砂の粒子と瓦礫で、ビームを減衰しようというのだ。

直後、ぎぃぃぃんと耳障りな高音と共に、超高速でビームとレーザーの雨が振り注ぐ。破壊を伴った光の雨は、数秒続いて、止んだ。


「アウローラ」は、全身から白煙をあげて放熱を始めた。そのコクピットに、警報音が響く。電力を使いすぎた。冷静さを欠いていたかと、チッと舌打ちをして、しかしヴィヴィアンはそこで止まらなかった。土煙の向こうで、耐えているかもしれない相手を想像した。


 「ダメ押しィッ!」


さらにもう一連射。ジェネレータ出力を大きく上回るエネルギー消費に、コンデンサ容量はほとんど空になっていた。着地して、スラスターを休める。先ほどの連射で大気と地表が熱され、センサーが上手く働かない。目の前に広がる熱源の海の向こうで、パッシブソナーが何かを捉えた。これは……足音か?


ぶおん、と空を斬る音が響く。煙幕を切り裂いて、ヘビィランスの穂先が姿を表す。

地面を揺らしながら、優雅に歩いて「スノウホワイト」が姿を表した。


 「……随分しぶといのね。200年も寝て元気いっぱいって感じ?」


 「しっかり寝ていなければ、危なかったですわね」


黒焦げの、穴だらけになった大盾を傍らに投げ捨て、大槍を構え直す。着弾の瞬間、機体本体の防御に全電力を振り分けて、光線の雨を耐えたのだ。


対するヴィヴィアンも、「アウローラ」の前腕からビーム・トーチを抜き放った。大気を灼きながら、光の刃が伸びる。


 「あんたは優しいけど、私の為に負けてはくれないのね」


 「そうしたいのは山々ですけれど……ええ、これはわたくしのエゴですわね。きっと強いあなたよりも、カトリーヌ様を助けたかった」



 「……そう」



結局のところ。負けるために戦うわけはない。勝つための、戦いなのだ。このまま2人が切り結べば、きっと私が負けるだろう。ヴィヴィアンはそう思った。だが――


 「私だって………!」


おもむろにもう1本のビーム・トーチを抜き、地表を滑走する「アウローラ」。もはや、次の攻撃を考える余裕はない。ここに懸ける!


間合いに入るまで、長い時間が流れたようだった。スローモーションの意識の中で、突き出されるランスをギリギリで受け流し、空いた1本のトーチで胴を狙う。


 (殺った!!)


しかし、プラズマの刃が走ることは無かった。マルグリットは、穂先を受け流されたランスを回し、柄で腕を抑えて見せたのだ。


しかし。ヴィヴィアンには、秘策があった。

今までで1度、昨年の生徒会総選挙でしか見せていない、とっておき。

ニヤリと笑う。この密着状態で、右腕を引き、身体を開いた姿勢の「スノウホワイト」には、回避されようがない。両手のプラズマ・トーチを手放し、右手で「スノウホワイト」の腕を掴む。


 「これが、アタシの本当の十八番(スペシャリテ)!!あんたの……負けよ!!!」


それと同時に、全身のレーザー砲が一斉に見やるのは、「スノウホワイト」の胴体。一気に熱量が集中し、装甲が蒸発――――

しなかった。代わりに視界に映るのは、右手を振りぬこうとする「スノウホワイト」の姿。その拳に弾かれるようにして、光線がほどけていく。


 「――楽しい……本当に楽しい、ワルツでしたわ。終わってしまうのが、本当に惜しいくらいに」


その右腕で光るのは、オーバーロードされたフィールド・ブースター。内蔵式の、電磁シールド発生装置である。その力場で押されるようにして、レーザーが拡散してゆく。


 「なんッ……」


さらに輝きを増す右手を、ヴィヴィアンが引き延ばされた体感時間で見つめ続けた。美しいと、思った。


 「クー・ド……!」


時間にして、コンマ一秒ほどの時間。それだけの間に、二人のお嬢差は幾度にも渡る感情のやり取りをした。そして……それが、終わる。


 「グラーーース!!!!!」


ひときわ強い光を放ち、拳が突き出される。二基のフィールド・ブースターが発生させる力場、その衝突と離脱を示すように、地面と、「アウローラⅡ」の胸部装甲には大きなハート型のクレーターが残った。


 「……あーあ。この時代が、あんたみたいだったら良かったのにね」


 「……。光栄ですわ。いいワルツでしたわね!」


何度か、瞬きをするように光ってから、「アウローラ」の目に灯った光が消える。


ワルツが、決着した。


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