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第3話:片翼

「マイナ!マイナ!オキロ!」

「もう起きてるよぉ、おはよーピーチ君」

「チッ」

「舌打ちされた」


 いつもなら布団から出てこないマイナの頭に乗り、もっさりボサボサの髪の毛を突くのを日課にしている小鳥のピーチは、やる事を無くし、所在なげに部屋を旋回した後、自分のケージに入り大人しくなる。

 オジェロがマイナの家に通うようになって少しの時が過ぎ、毎日太陽が昇り切るまで起床することはなかった引きこもりのマイナが自発的に起床し、身だしなみをある程度整えるようになっていた。

 もっさりと跳ねた白黒の自分の頭を手で撫で付けるが、ピョンと癖毛が跳ね上がる。撫で付ける。跳ね上がる。をしばらく繰り返し、そんな不毛な反復を、彼女は自分でも理由が分からぬまま、しばらく繰り返した。どうにもならない自分の髪の毛にマイナはため息を吐いて家の扉に手をかける。

 マイナは自らの変化に明確な答えを持たないまま、オジェロとの約束の期限は近づいている。


「おはよーオジェロ君」

「おはようマイナ。今日も一段と麗しいな。結婚してくれ」

「いつもと変わらないよお。まったくもうそんな事ばっかり」


 透き通るような青髪を持ち女性と間違えるような端正な顔をした美少年、オジェロの挨拶と変わらぬ軽やかさで放たれる求婚にも動揺することもなく、家の前に置かれたオジェロによって用意された椅子に腰掛ける。マイナの大柄な体躯に耐えられるような、頑丈な大きな木製の椅子をマイナは気に入っていた。

 

「それは、剣の訓練?」


 オジェロの手に握られた直剣は普段から腰に下げられている物ではあるが、マイナの前で振られるのは出逢った時、オジェロが獣と戦っていた以来である。今はそれが少しだけ懐かしい。


「あぁ。悪いが僕の剣を少し見ててくれないか?君との貴重な逢瀬の時間を使ってすまないと思うが」


 オジェロが剣を構え、横薙ぎに振る。オジェロの小柄で細い体躯から振られた剣は、ヒュンヒュンと静かな旋律がマイナの耳をくすぐり、心地の良い風が流れる。ひと目でわかる洗練された剣筋がオジェロの育ちの良さを表していた。


「私は剣を習ったわけじゃないし、見ても何も言う事はないと思うよ。でもどうしたの?急にこんな事始めて」

「うん。ちょっとね……」


 オジェロの表情はほんの少しだけ影を落とすが、首を傾げるマイナに対して、すぐさま普段の明るいオジェロに戻った。

 ただマイナにそれを気づくだけの機微は備わっていなかった。


「いや何、実は僕も立場上難しく、ちゃんと剣を教わった事は無くてね。本当は父上にしっかりと教わりたかったのだが、十年前の統一戦争で亡くなってしまったから。幼い頃の記憶と流派を辿り見よう見真似さ。母上は真面目にしていた父上とそっくりだと言ってたが、どうしても、ね」

「そう……なんだ……」


 オジェロの父はあの戦争での戦死者だったと知らされる。突然の話にかける言葉が見つからず、マイナは俯いた。


「クレイトル王国の五将軍」

「白戦姫。凶鳥。血纏。幽麗。破修羅。統一戦争時に一将一国に匹敵すると称された偉大なる五将達。君の国の話だ。マイナも聞いた事はないか?」

「そう呼ばれているのは知ってるけど……」

 

 今日はなぜか統一戦争の話が出てくる。戦争の話はマイナにとって、あまり気持ちの良い話ではない。

 統一戦争。

 十年前に終結した、一年間の大戦争の名称である。この大陸はかつて六国に別れ、常に大小の争いが何代もの間続く疲弊した大地であった。そんな中、この世界を平和にするためにあえて五国を相手に同時に戦端を開き、全ての国を滅ぼし併合したのが初代統一王であり、マイナの国の王であった。五人の一騎当千の将軍を従えた、マイナの国の王。そしてオジェロは滅ぼされた側の国の人間である。


「ほとんどの将軍はあれ以来姿を見せなくなったので、どんな人物であったか僕にはわからないが、僕も憧れを抱いたものだ」


「もちろんそこまで強くなる……というのは今の僕には難しいとは思うが、力が必要になる時はきっと来る、かもしれない。なにより僕は、マイナ、君を守れるようになりたいからね」


 守られる。という事がマイナにはいまいち想像ができなかった。各地で争いが起き、六カ国での火種を抱えたままの時代は、統一戦争により終わり。平和になったこの国で、人里を離れ奥地に引きこもっている自分に、そのような事態が起こるはずがない。起きなくていい。


「そんな日は来なくていいよぉ」


 頬杖を付きながらため息をつく。何も無いこの場所で、人と関わらず静かに暮らすのが一番だ。


「待ってくれ。今僕に君を守るのは無理だと思ったな?確かに僕は小柄で華奢だという自覚はある。君からすれば頼りのない男だろうが、これからきっと成長する余地はあるし、僕を信じてほしい」

「そうじゃなくて……えっと……うーんどう言ったらいいんだろ……」


 オジェロが剣を持って戦うなんて日は、来ないでいい。

 争いはごめんこうむりたいし、戦争はもっと嫌だ。あの時の苦痛をオジェロに味わってほしくない。これから強くなろうとしている少年に対して、そう思うのは傲慢なのだろうか。


「くっ……これも君から与えられる試験ということか……なら君を抱き上げさせてくれ。そのくらいの力はあることを証明したい」

「私を担いだらオジェロ君がぺしゃんこになっちゃうよ!?」


 マイナの二メートルを越す巨体に加え、正確な数値を覚えているわけではないが、頑強な軍馬が必要なくらいの体重だ。オジェロの折れそうなほど細い腕が、その質量に耐えられるとは思えない。

 何より他人に抱きかかえられるなんて……ありえない話だ。マイナはそれでも少しだけ、オジェロにただの女の子のように抱き上げられる想像をしてしまった自分の姿を、ブンブンと頭を振って追い出す。体が少しだけ、熱い。

 胸に手を当て、その熱を追い出すように深い呼吸を繰り返すマイナを、オジェロは特に気にせず剣を振る作業に戻る。

 オジェロの剣が風を斬る音で、次第に冷静を取り戻していくマイナは、この突然訪れる体の不調の原因が理解できずにいた。最近はどうにも調子がおかしい。事あるごとにオジェロが思考の中に入り込んでくる。再びブンブンと頭を振って追い出す。もう何度繰り返したかわからない。剣を振り続けるオジェロの汗の滴る真剣な横顔に、マイナは目が離せなくなる。


「オジェロ君の剣はさ、すごく綺麗だよ。人を殺すために作られた剣とは違う。オジェロ君の剣筋からは穢れを知らない、平和の音がするんだ。こんな事を言われても不快に思うかもしれないけど、それはとっても良い事で、そんなオジェロ君の形が私は……」


 私は……何だというのか。オジェロとしばらく過ごし、オジェロを見ると膨らんでくる気持ちに名前を付けられず、自分の形すら理解できていない。人として大事な物が欠けている事はとっくに知っている。人の姿をしているだけの、人間未満のマイナ。


「ありがとうマイナ。ますます君の事が好きになったぞ。あぁ……やはり君以外は考えられないな。結婚しよう」



「二人で一緒に幸せになろう」


 そう言ったオジェロの表情が頭から離れない。


 幸せとはなんなのか?自分が幸せになってもいいのか。そんな価値があるのだろうか、許されるのだろうか。

 かつては考えることから逃げ出した幸せという言葉と向き合う。使ったことのない脳の領域が悲鳴を上げ熱を持つ。毛布にくるまり頭を抱えるが、その頭からは何も答えが出てこない。何も成長していない。

 この十年、思い出すのは憎しみ、恐怖、怯え、恨み。そんな顔ばかりだった。それがオジェロで上書きされていくことに気がついて、胸がぎゅっとなる。

 頭と胸のどちらを押さえればいいのかも分からず、布団の中で悶えながら眠れぬ夜を過ごした。

 オジェロに会いたい。オジェロの顔を見ている時だけは、きっとこの苦しみと痛みを忘れる事ができるかもしれないと、なぜかマイナは思ってしまった。


 雨が降りそうな曇天の早朝。よく眠れていないマイナは、普段ならありえないほど早い時間に起床し、ふらつく頭を抑え、水を頭から思い切り被り、体を拭き身支度を整える。

 今日はオジェロの来る日だ。

 オジェロは昼過ぎまで寝ているマイナのために、早い時間に訪れるのを避けている。その気遣いが今はもどかしく、ソワソワと座ったり立ったり歩いたりを繰り返す。

 マイナは自らの行動が何の意味を持つかも考える事はなく、ただ時間が来るのを落ち着かずに過ごす。

 だがオジェロは現れない。

 こんな日もあるかもしれないと外に出てしばらく待つが、次第に天気も傾き、ポツポツと雨が降り出したので、濡れたままの姿で出迎えたくはないと家の中に入る。もしかしたら、今日は何か用事があって来れなくなったのかもしれない。


「うんきっとそうだ。そうだよ、大丈夫大丈夫、そんな日もある、ぜんぜん」


 マイナの胸に、風が通る。なんだろうと胸を見るも、見た目に特に変わった様子はない。首を傾げると、ふと、木箱が目に入った。


「確かオジェロ君が、助けたお礼にって持ってきた物だっけ?開けてなかったなぁ」


 懐かしいな……とオジェロとの出会いを思い出し、随分昔だったような昨日の出来事だったような、ふふっとあの時のオジェロの顔を思い出しながら、おそるおそる箱に手を触れ、慎重に、丁寧に蓋を取る。中に入っていた布らしき物を持ち、拡げる。ブワッと広がったそれは、純白のワンピースだった


「キレイ……」


 それは裾に小さめのプリーツ、要所に小さなリボンをあつらえてあり、派手すぎず主張しないスタイルが、着る服になんの興味もないマイナですら、目を見張ってしまった。体に当ててみると、サイズもおそらくぴったりで、オジェロがあの短い時間でこれだけの想いをマイナに伝えようとしていたのだと、マイナは急に胸が苦しくなり膝をついた。苦しさを埋めるように、そのワンピースを両手で抱きしめた。


「うう…うぅぅぅ…」


 ようやく気づいた。この胸の苦しみは、胸を通った風は、オジェロがマイナの胸に作った空間だったのだ。ポッカリと空いた、その穴を埋めるすべを持たず、嗚咽を漏らしうずくまるマイナ。


「オジェロ君……あいたいよぉ……あいにきてよぉ」


 虚空に呟くも答えはなく、苦しさは増す一方で、何も解決はしない。

 しとしとと振る雨音とマイナの呻く声の間に、パタパタとピーチと呼んでいる小鳥の羽音が混ざり、「マイナ!マイナ!」と甲高く叫び、マイナの目の前に着地し、青い目を輝かせる。


「マイナ。オジェロ殿が拐われた」


そのクチバシから発せられるこれまでの甲高い鳴き声とは似ても似つかぬ、低く響く声を聞くと同時に、マイナは跳ねるように駆け出した。

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