14星影のしたで(4)
「俺のほうこそ、お礼を言いたいんだ。今日、気づかせてくれたことを」
すぐそばで聞こえる凪沙の声が、カナコの体に直接響いてくる。
なぜ抱きしめてくるのかと考えたいのに、自分の心臓の音がうるさくてそれどころではない。
「気づかせてくれた、って?」
「大切なこと。でもまだ、言わない」
「……気になる」
「ダメ、まだ」
耳元に届いた優しい声で、目の前がクラクラしてくる。
カナコと凪沙の間に、首からぶら下げているライトの明かりが押しつけられて、目の前は強い光で輝いていた。
長い時間に感じられたが、たぶん数秒間だったと思う。
小さく息を吐いた凪沙が、カナコの体から離れた。
手をつないで歩き、自分たちのサイトへ向かう。一分ほどで明かりが見えた。それほど離れていない場所だったことに驚く。
その後は、温かいコーヒーを作って飲みながら他愛もない話をして、寝る前の時間を過ごした。
焚き火周りを片付けた後はふたりで炊事場に行き、鍋などを洗う。
そのままトイレや歯磨きを済ませて、車に戻った。
凪沙は後部座席をフラットにして、行きの車の中で教えてくれたシンデレラフィットのマットレスを敷く。
「このピッタリさが、最高なんだよ」
「この車用に作られたものなの?」
「そう。だから寸分の狂いもない。寝心地も、車の中とは思えないほどいいんだ。マットレスの中身が――」
シーツを被せ、薄い掛け布団を用意しながら、彼の説明は続く。
本当にアウトドア周りの物が好きなんだなと、いつも通りの彼の様子を微笑ましく思いながらも、カナコは緊張していた。
(当たり前に準備してるけど、ここにふたりで寝ることに凪沙は抵抗ないのよね? 私だけが意識してるんだとしたら、逆に引かれそう)
カナコが悶々としている間に、寝る場所が整った。
外で使ったものより小さいLEDランプが置かれていて、車内は明るい。
「アノラックじゃ寝にくいから、俺のこれ貸してあげる。着なよ」
凪沙は布で出来た収納ケースから、グレーのスウェット上下を取りだした。
「ありがとう。凪沙は?」
「俺は半袖で大丈夫。下は短パンがあるから、それ穿く」
そう言って、彼はアノラックをガバッと脱ぎ、温泉の後に着替えたTシャツ姿になった。
「カナコも着替えたら。俺、後ろ向いてるから」
「あ、うん。じゃあこれ、着させてもらうね」
凪沙のようにアノラックを脱ぐと、半袖から出ている腕にひんやりした空気が触れる。換気のために窓を数センチ開けているからだろう。夏とは思えないほどの心地よい涼しさだ。
窓にメッシュネットを張っているので、虫が入ってこないのもいい。
スウェットを頭から被って、袖を通す。彼が使っている洗剤と彼自身の混じった香りが、優しくカナコを包んだ。
(凪沙の匂いがする。……平静に、平静に)
カナコは気づかれないように小さく深呼吸をし、下も素早く着替えた。彼も着替えたようだ。
「着替えたから、こっち向いて大丈夫よ」
「……じゃあ、寝ようか。あ、そうだ」
掛け布団を手にした凪沙が、カナコを見る。
「何?」
「トイレに行きたくなったら、絶対に俺を起こすこと。ひとりで行ったらダメだからね? 俺が寝てても遠慮しないように」
「さっき借りた小型のライトがあれば、ひとりでも行けるよ」
星を見るときに首元にぶら下げた小型ライト。あれなら足元も見えるし、トイレの中に入っても手が空いてるので便利だ。
「ダメ。クマが出ないとも限らないし、変な奴がいないとも限らない。木船さんのところに限ってと思いたいけど、わからないから」
「クマ!?」
「この夏に出たという報告はないけど、可能性はゼロじゃない」
「そ、そうよね……」
しかし、今日一日運転して、キャンプのことも教えてくれて、だいぶ疲れているだろうから、起こすのは気が引ける。
と思いながら返事をしたが、彼はすぐにカナコの気持ちを察した。
「俺がぐっすり寝てても遠慮したらダメだからね? 勝手に行ったら怒るよ? 俺、死ぬほど心配するから」
確かに凪沙の立場で考えてみれば、初心者のカナコが夜中にフラフラどこかへ行ったら心配になるだろう。
「わかった。もしそうなったら起こすね」
素直に従うと、凪沙は安堵のため息を吐いた。
寝支度を終えて、ふたりでマットレスの上に横になる。
凪沙は自分の体とカナコの体に、一枚の掛け布団を掛けた。




