13車中泊(12)
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
凪沙が、フタを開けた瓶の地ビールを渡してくれる。一本330ml入りのそれはよく冷えており、表面に少しだけ汗を掻いていた。
「じゃあ、乾杯!」
チェアに座った彼が、こちらに瓶を掲げる。
「乾杯……!」
カナコも同じように瓶を掲げ、ふたりで微笑み合った。そしてそれぞれ瓶を口につける。
コクのある甘みと少しの苦みが、舌の上を滑っていった。
「うまいな~……、最高だ」
「この地ビール、すごく美味しい……!」
飲みやすさから、ついゴクゴクと飲んでしまう。凪沙も同じようで、美味しそうに飲んでいた。
あっという間に日は落ちていき、森も林も山も、淡いオレンジ色に包まれる。温泉で火照った体に、山の冷たい空気と冷えたビールは、最高の贅沢だ。
「私、すぐにキャンプの準備を始めるのかと思ってた」
カナコは山を見つめながら言葉にする。
キャンプのイメージは、みんなでワイワイしながらテントや焚き火の準備をし、その後で飲んだり食べたりする、というものだった。
しかし今の状況は、アウトドアチェアに座り、ただビールを味わって自然を感じているだけだ。
「普通はそうかもね。俺は違うけど」
凪沙が口の端を上げて、ふふんと笑った。そんな表情にすら、ときめいてしまう。
「さすが、猛者の余裕ね……」
「だってさ、この素晴らしい景色を見ながら、まずはゆっくり飲みたいじゃん? 温泉入ってあったまって喉渇いたし……先にビールだよ、間違いない」
「うん、それは本当にそう」
ふふと笑い合って、またビールを飲んだ。あと少しでなくなりそうだ。
「時間はたっぷりあるから、ひとつひとつ時間を掛けて楽しもう。暗くなる前になんとなく準備が出来てれば大丈夫だよ」
「うん。師匠がそう言うなら、何も不安じゃないから大丈夫。信頼してるもの」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
うなずいた凪沙はビールを飲み干し、立ち上がった。再び車に戻り、荷物を取り出す。
「寒いよな? これ着て」
戻ってきた凪沙が上着を差し出した。ホームセンターに寄ったとき、「余分に車に積んでるから貸す」と彼が言ってくれていたのだ。
「ありがとう」
確かに冷え込んできたのでありがたいのだが……、凪沙の服を着る、というだけでドキドキしてくる。
(ダメよ、変なこと考えちゃ)
そう思って俯いたのに……。
「着せてあげるよ。瓶、ホルダーに置いて」
彼がとんでもないことを言ったので、持っていた瓶を落としそうになる。慌てて瓶を持ち直してホルダーに入れ、立ち上がろうとした時、彼の手に制された。
「座ったままでいい。髪……触るね」
「うん……」
アノラックというフード付きの上着は、上からスポッと被るタイプのものだ。
凪沙がアノラックをカナコの頭に被せ、髪がほどけないように押さえてくれた。すぐそばで彼の手に触れられるたびに、カナコの体がびくんと揺れてしまう。
(さっきまで手をつないでたクセに、こんな動作でいちいち反応するなんて……。私ってば凪沙のこと、どんどん好きになってない……?)
「ありがとう。これ、あったかいのね」
カナコはぶかぶかのアノラックを触りながら、凪沙にお礼を言う。
微かに香る彼の匂いに、体ごと包まれているみたいだ。
「この後どんどん冷えてくるから、ちょうどいいと思う。それ、焚き火のそばにいても燃えにくい素材でできてるんだ。カナコが穿いてる綿素材のパンツも穴が開きにくいはずだよ」
「そうなのね、なるほど……」
焚き火のそばにいれば、火の粉が飛んでくる。当然のことなのだが、焚き火に馴染みがないので気づかなかった。
ふと視線を感じて顔を上げると、目の前でこちらを見下ろしていた凪沙と目が合った。
カナコをじっと見つめながら、彼が口をひらく。
「俺の服だからデカいけど、うん……似合ってる。……かわ……」
何かを言いかけたところで、急に顔を逸らした。
「どうしたの?」
「いや、何でも。俺も着てくるわ。ついでにいろいろ出してくる」
「うん」
今日、何回目だろうか?
凪沙がこんなふうに急に口ごもったり、顔を逸らしてしまうのは。




