13車中泊(11)
「そうでしたか……ありがとうございます! 妻の意見を優先していろいろ揃えたんですが、それが良かったんですね」
心からホッとした表情をして、木船が言った。
「奥様のアドバイスが素晴らしいから、快適だったんだと思います。女性の立場で考えてくださっているのが伝わりました」
「妻が聞いたら喜びます。話してもいいですか?」
「ええ、もちろんです」
「もし気になることが出て来たら教えてください。凪沙くんに伝えてもらっても構いませんので」
「わかりました」
凪沙を振り向くと、彼はサムズアップして力強くうなずいた。
その後、凪沙と一緒に売店で買い物をし、管理棟を後にする。購入したのは、気になっていた地ビールと鹿肉のジビエ、薪と着火剤などのキャンプ用品だ。
車に荷物を積んで、サイトへ向かう。いよいよ、凪沙とふたりきりのキャンプが始まろうとしていた。
車は、管理棟の前から続くなだらかな坂道を上がっていく。
「俺たちのサイトはオートキャンプサイトと言って、車を横付けできる場所になるんだ。荷物の積み下ろしもラクだし、車中泊もできる」
車中泊、の言葉にカナコの心臓がドキッと音を立てる。
今夜はテントではなく、この車に泊まるということで合っているのだろうか。今さらすぎるが、この空間にふたりで寝る……。
悶々としているカナコの隣で、凪沙が続けた。
「……なんかさー、木船さんさー、俺の話より、カナコの話を真剣に聞いててさー、なんかさー、カナコもさー……」
彼は口を尖らせ、ぶつぶつと言い始めた。車中泊のことが気になりつつ、先ほどの木船との会話を思い出す。
「私は初対面だし、凪沙の彼女ということになってるから、気を遣ってくれたからじゃない?」
「まぁそうかもしれないけどさー……」
凪沙はまだ不満げな表情だ。
拗ねている顔が可愛いと言ったら怒られそうなので、心の中だけで密かに思うことにする。
カナコはニヤけそうになるのを我慢し、話を続けた。
「キャンプ場に限らず、女性目線のマーケティングが成功につながるというのを、木船さんがしっかり理解されているから、とも思うけど……」
木船に妻がいるなら尚更、そこは気を付けているだろう。
「うん、それはそう。俺が勝手に子どもっぽく妬いてただけなんだ、ごめん」
「え?」
「ここだな。着いたよ」
彼の言葉と同時に車が左折する。
そこは数本の大きな木がほどよい木陰を作る、広々と整備された敷地のサイトだった。
カナコは凪沙の発言を頭の中で反芻しながら、彼とともに車を降りる。管理棟の前よりも、さらに気温が低く感じられた。
(子どもっぽく妬いたって、どういうことだろう? 私と木船さんが話をしていたから? 木船さんと仲がいいのは凪沙なのに、私が割り込んだから? それとも私に……? ってそれはないか……)
凪沙を好きかもしれないと気づいてから、都合の良い解釈をしようとする自分がいることに悲しくなる。
「ではまず……、椅子に座ろうか。カナコはこれ」
バックドアに積んだ荷物の中から、細長い収納袋に入ったチェアを渡された。
「前に使ったチェアと違うんだけど、自分で組み立てられる?」
「うん、頑張る」
うなずくカナコに、凪沙が目を細めて「俺が教えるから」と笑った。瞬間、カナコの胸がきゅーんと痛む。
(笑いかけられただけなんだから、しっかりして……!)
カナコは自分を励ましながら、椅子を組み立て始めた。
「できたー! この椅子、肘掛けもあるのね」
「ドリンクホルダーとスマホも入れも付いてるよ」
「あ、本当だ。これは便利ね!」
カナコが購入したチェアよりも大きく、肘掛けのところにドリンクホルダーとスマホの収納場所がある。さらに、座面の下にも物が入れられるようになっていた。
「早速そこに飲み物入れるかー。俺はさっき買った地ビール飲むけど、カナコは何がいい?」
「私も同じのが飲みたいな」
「わかった。座って待ってて」
チェアから立ち上がった凪沙は、すぐそこに停めてある車に戻った。
真夏とは思えない涼やかな風が吹いている。日はだいぶ傾き、山の端にかかりそうだった。




