13車中泊(9)
(地雷踏んだと思ったけど、あれは気のせいだった……?)
怒ったようではないとわかり、カナコはホッとする。
廊下の角を曲がると、大きな赤と青の暖簾が現われた。温泉の入口だ。
「一時間後くらいで大丈夫?」
カナコの手を離した凪沙が尋ねてくる。
「うん、大丈夫。凪沙はそれでいいの?」
「たぶん俺は先に上がるけど、木船さんと話してるから大丈夫だよ。俺にかまわず、ゆっくりしてきて」
「ありがとう。そうするね」
相変わらず優しい気遣いをしてくれる凪沙に、カナコは笑顔を向けたのだが……。
「っ!」
また「うっ」という表情をして、顔を逸らしてしまう。さすがにこれは確認しなければならない。
「ねえ、さっきからどうしたの? 私、変なこと言っちゃった?」
「いや、全然そんなことない。俺の問題。……じゃあね、あとで」
凪沙はそう言って青色の暖簾を上げ、男風呂に入ってしまった。
腑に落ちないながらも、カナコもは赤い暖簾を上げ、女湯に入る。
木船が言った通り、脱衣所に人はいなかった。清潔感のある脱衣所で服を脱いだカナコは、ガラス戸を開けて洗い場へ。
「素敵……!」
誰もいないことを確認したカナコは、小さく声を上げた。
シャワーがついた洗い場は壁に沿って六つ並び、シャンプーやボディソープが置かれている。
正面の大きな折りたたみ窓は全開しており、中央にある大きな湯船は半露天風呂になっていた。
カナコは体を洗い、早速湯船の中に足を入れた。ちょうど良い温度がじんわりと体を温めてくれる。
お湯に体を沈めながら、一番外に近い場所まで移動してしゃがんだ。肩まで浸かり、ふう……と息を吐く。
「本当にいい気持ち。癒やされる……」
涼やかな心地よい風を感じながら、外の景色に目をやった。
「さっき駐車場から見えたのと同じ、綺麗な景色ね……」
連なる遠くの山は青く、てっぺんにうっすら雪が被っているところもある。上空に舞っていく鳥を目で追いながら、贅沢なひとときに身を任せた。
そして男湯にいる凪沙を思って、ぽつりと呟く。
「連れてきてくれて、本当にありがとう……」
その瞬間、体だけではなく心も温まっていくのを感じた。そろそろもう、この気持ちに否定できない自分がいることを、認めざるを得ない。だから……。
「カナコー! いるー?」
「うぇえっ!? い、いるよ~!」
まさかの凪沙の大声に驚き、変な声を上げてしまった。心臓がバクバクと激しい音を立てている。
「ほんとに誰もいないな~!」
「うん、いないね~!」
平静を装いながら返事をしたが、カナコは咄嗟に手で体を隠した。見られるわけでもないのに、裸で会話をしていることが恥ずかしくてたまらなくなったのだ。
当然なのだが、凪沙も裸で湯船に浸かっているわけで……。
(な、何考えてるのよ。当たり前のことを変に意識しないの……!)
湯船の中で小さく深呼吸しつつ、耳を澄ませた。鳥の鳴き声は聞こえるものの、凪沙の反応は届かない。カナコへの呼びかけもそれきりだった。
沈黙が訪れてから五分以上が経つ。真夏なのにのぼせないのは、日が傾きかけて空気が冷えてきたからだろう。
(もしかして、私が気づかなかっただけで、凪沙はとっくに上がってるのかも? 私もシャンプーしてこよう)
と、思った時だった。
「先に上がってるよ」
「えっ! あ、うん! ……い、いたのね」
「俺のことは気にせず、ゆっくりしていいから!」
「うん、ありがとー!」
返事をした後、微かに水音がし、その後は再び鳥の声くらいしか聞こえなくなった。




