13車中泊(6)
カナコが返事をする前に、大倉はそのまま続ける。
「話し方も、敬語は使わない今のしゃべり方がいい。今日以降もずっと。……いいかな?」
「もちろん、いいに決まってるよ。私もそのほうが話しやすいから」
「ありがとう。まだ数時間だけど、このほうが馴染んでたから嬉しい」
「私も嬉しい」
弟子として、師匠に敬語を使わないのもどうかとも思うが、素直な気持ちを伝えた。
カナコも「凪沙」呼びが思いのほか馴染んでいて、「カナコ」と呼ばれることも心地よかったのだ。
さっき言いかけたのは何だったのだろう? と思ったが、名前呼びと敬語の話だったのか、とカナコはホッとする。
途中のサービスエリアで軽く昼食を食べ、再び高速に乗った。インターチェンジを出てから、ホームセンターとスーパーに寄る。
「あ、暑いね……」
車を降りる度に強い日差しが照りつけ、むわっとした湿気に襲われた。
最高気温は33℃。明日はさらに上がって34℃の予報だ。
「今が一番暑い時間なんだろうな。キャンプ場は、ここよりも標高が高くて涼しいはずだから安心して」
「うん。楽しみ」
泊まりのキャンプではと焦った気持ちは落ち着き、今はワクワクのほうが勝っている。ただ、頭の片隅に透たちのことがこびりついているのは否めないが……。
(ついさっきのことだもの、忘れろと言われたって無理。そんな自分を責めれば病んでしまうから、今日は初めてのキャンプを楽しんで、自分を慰めてあげよう……)
カナコはひとりうなずき、凪沙とスーパーに入った。
「野菜は道の駅で買おう。あ、肉も俺が知ってる店で買うから、他の食材とお菓子はここで買って……」
「飲み物もここで買っていく?」
「そうだね。車にあとふたつクーラーボックス積んでるから、酒も冷やせるよ」
「さっき預けてきたクーラーボックスと合わせて三つも!?」
「車に住めるくらい、色々積んでるからね」
凪沙はニヤリと笑って、行きの車内での発言を繰り返した。
「なんか、楽しいね」
彼のドヤ顔を見たカナコもクスッと笑い、言葉がこぼれた。
「買い物段階で始まってるんだよな、キャンプは。いや、準備の段階から……違う、計画の段階から楽しいんだ」
「旅行と同じ気持ちなら、私にもわかるよ」
「そう、それ! というか俺……、キャンプ以外の旅行って久しくしてないかも」
「そういえば私も旅行……してないなぁ」
思い返せば、透とは同棲してから一度も旅行に行っていない。釣った魚に……の典型的な例だと、今さらながらに思う。
「今日はキャンプだけど、思いっきり楽しもう」
「そうね、楽しんじゃう」
笑いかけてくれる凪沙に笑顔で答えると、右手を掴まれ、ぎゅっと握られた。
「名前と敬語だけじゃなくて……、手もつないでいい?」
カナコから目を逸らした凪沙の顔は、少し赤くなっている。とたんにカナコの胸がキュンとして、こちらまで顔が熱くなった。
「……いいよ」
「朝の約束は撤回する」
「撤回?」
「今日一日は俺の彼女ってことで」
さらに強く手を握られて、どう返していいかわからずに戸惑う。
(でも、私を元気づけようとして言ってくれてるのなら、その気持ちに乗ってもいいか)
カナコは気楽に考えることにして、「うん」とうなずいて彼の手を握り返した。
凪沙が言った通り、車にはふたつのクーラーボックスが積んであったので、購入した食材を安心して入れられた。
ホームセンターで足りない道具も手に入れ、準備万端で「極上な和牛」を購入できる店に向かう。
無事に肉類を購入したふたりは、車を走らせてキャンプ場へ向かった。周りは畑から林が多くなっていき、目の前には低山がいくつも連なっている。
そしていつの間にか森の間を抜けていく道に入っていた。




