19上高地でおやきを食す(10)
「このイノシシ、脂がのってて美味いなぁ」
「うん。味が濃くて美味しいお肉ね。お味噌の汁もすごく美味しい」
イノシシの肉とネギや根菜、豆腐などがたくさん入ったぼたん鍋。こちらも信州味噌がベースになっており、コクとうま味たっぷりの鍋だ。体の芯から温まりそうである。
焼いて、啜って、味わって……、山のご馳走を存分に楽しんだ後、デザートが運ばれた。
「お腹いっぱい……。このスイーツ美味しい……」
カナコは満ち足りた気持ちで、炭火で焼いたリンゴのスライスにバニラアイスが添えられたデザートを口にする。
「何もかも美味かったな……。これも美味すぎる」
彼もまたカナコと同じく、満足げな顔でリンゴを頬張っていた。
囲炉裏料理を楽しんだあと、部屋に戻ってくつろぐ。
食事の間に敷かれていた布団に横たわり、ゴロゴロしながら会話を楽しんだ。
「――結婚したらカナコはどこに住みたい? っていうか、本当はもう一緒に住みたいんだけど……」
いつの間にか、ふたりのこれからについての話題になっていた。
「お隣同士だし、慌てて一緒に住まなくても、結婚するまでは行き来すればいいんじゃない?」
「……じゃあ早く結婚したい」
天井を仰ぎながら、凪沙が拗ねたように呟く。
早く一緒に住みたいという彼の気持ちが嬉しくて、カナコの胸がキュンとした。
「俺、近いうちにカナコのご両親に挨拶に行くよ」
「ありがとう」
「俺の両親にも会ってくれるよね?」
「もちろんよ。きちんとご挨拶させてね」
カナコが返事をすると、凪沙が手をギュッと握ってくる。カナコは彼のほうへゴロンと体勢を変えた。
「あー……ドキドキしてきた」
「私も。なんかいろいろ実感してきちゃった」
凪沙もこちらへ横向きになり、カナコに微笑む。
笑みを返すカナコのそばに来た凪沙は、優しく唇を重ねた――。
十一月中旬の土曜日。
日に日に秋が深まっていき、街の木々も紅葉を始めている。
「綺麗だねぇ……」
金色に輝くイチョウを見つめながら幸江が言った。
「ちょうどイチョウが一番綺麗に見える時で良かった」
カナコもイチョウを見上げる。
深くなっていく秋の爽やかな風に吹かれたイチョウの葉が、さわさわと揺れるのを、ふたりでしばらく見つめた。
今日は都内の公園に幸江とふたりで来ている。
いつ頃ピクニックする? と彼女のほうから尋ねてくれたので、晴れの予報だった土曜を選んで訪れたのだ。
イチョウ並木を楽しんでから、芝生のエリアに到着する。ちょうどいい気候もあって、そこは結構な人で賑わっていた。
「あ、あそこどう?」
「いいね! いこいこ」
空いている場所を見つけて、そちらへ移動する。
カナコはふたり分座れる大きさのシートを広げ、芝生の上に敷いた。
「どうぞ座って~」
「お邪魔しまーす! ピクニック楽しいね~!」
幸江は目をキラキラさせながら、シートの上に正座をした。
「まだ何も出してないのに?」
カナコがクスクスと笑うと、幸江もあははと笑った。
「だって久しぶりなんだもん。高校の遠足の時以来……かも? こういうふうにシート敷いてさ、靴を脱いでさ」
「わかるわかる! 私もソロピクニックを始めた時はそうだったよ。シートに座るだけでワクワクするの」
「だよね~!」
ふたりで笑いながら、それぞれ用意したお弁当をシートの上に出していく。並べ終わったところで、顔を見合わせたカナコと幸江はまた笑ってしまった。
「ねぇねぇ、ふたり分じゃないでしょ、これ~!」
「あははっ! すごい量になっちゃったね~!」
まぁなんとかなるかーと、ふたりはお弁当の写真を撮り始めた。
カナコは栗と秋鮭のおにぎり、カボチャのコロッケ、レンコンとニンジンといんげんのきんぴら。
幸江はサツマイモのサラダ、ハムとチーズのバゲット、きのこのクリームスープだ。
「美味しそう~、食べよう食べよう」
「うん、お腹空いた……!」
ふたりで手を合わせて、いただきますをする。
まず、お互いのお弁当に手を伸ばした。
「サツマイモのサラダ、美味しい~! 塩味がちょうどいいね」
「ありがとう。栗と秋鮭のおにぎりも、すごく美味しいよ!」
お互いの手料理を食べるのは初めてで、それもまた新鮮だ。
離れたところで遊び始める親子を見つめながら、ふたりは秋の味覚たっぷりのお弁当を味わった。
「――なんだかんだいって、全部食べられそうね」
「うん。外にいると、いつもより美味しく感じてたくさん食べちゃうのよね」
「わかる! それって不思議だよねぇ」
残り少なくなったお弁当の前で、また笑い合った。
大人の友人とこういう場所で一緒に過ごすのも、その楽しさを共感できるのも、なかなか貴重なことではないかと思う。
「あ、幸江に報告があるんだけど……、聞いてくれる?」
「もちろん! なんでも話してよ」
食後のお茶を飲みながら、幸江は大きくうなずいた。
「実は……婚約したの」
「えっ! あの年下の彼だよね!?」
「うん、そうなんだ」
改めて言葉にして聞いてもらうのは、面映ゆいものがあったが、幸江とふたりきりの時にゆっくり報告したかった。
「カナコおめでとう~! やったじゃん! 私も嬉しい!!」
「ありがとう、幸江」
うんうん、としばらく満面の笑みでうなずいていた幸江は、急に眉をしかめて尋ねてくる。
「そういえば、日吉は何か言ってきてる?」
「無事に結婚決まったよって報告したら、『ああ、そう。おめでとう』だって」
「何それ? カナコに言い寄ってたクセに」
「というかね、彼と日吉って知り合いだったの。ずいぶん前から」
「え……ええっ!? どういうこと!?」
目を丸くした幸江がさらに身を乗り出してくる。簡単に説明すると、「そんな偶然ってあるんだね……」と驚き、彼女も自分のことを話し始めた。
「実は私も……新しい彼氏できたのよね」
「えっ、そうだったの!? おめでとう~!! どんな人!?」
今度はカナコが身を乗り出す番だ。
「ありがとう。とってもいい人なんだ」
幸江がスマホで彼の写真を見せてくれる。とても優しそうで頼りがいのありそうなイケメンだった。
「お互いにおめでたいね」
「そうだね。幸せだなぁ……」
「私も幸せだよ。幸江、ピクニックに来てくれてありがとうね」
「こちらこそ連れてきてくれてありがとうだよ。こんなに気持ち良くて楽しいだなんて知らなかった。また誘ってね、絶対」
「もちろん! 今度は少なめのお弁当でね」
カナコが笑うと、幸江はおどけたような表情をしてお弁当を指さした。
「いや~、ちょうど良かったかもよ? ほとんど残ってないもん」
「あ、ほんとだ」
また顔を見合わせて、ふたり同時に吹き出して笑う。
食後はまったりとくつろいだ。
今頃凪沙は日吉とキャンプ場に着いている頃かな、と心の中で思いながら、カナコは秋の空に浮かぶ雲を見つめた。




