18高尾山にカツカレー弁当で(1)
土曜日の早朝。
カナコは電車を乗り継いで、高尾山口駅に到着した。
(明日の決戦前に、気合い入れようと思って勢いで来ちゃったけど……大丈夫かな)
リュックを背負うたくさんの老若男女が、同じ駅で降りていく。
高尾山初心者のカナコから見れば、全員が熟練の登山経験者に見えるのだが……。
(い、いやいやいや、小学生だってたくさんいるじゃん。私は大人なんだから大丈夫よ)
カナコもリュックを背負って帽子を被り、動けるスタイルの服装で来た。一応、ネットで仕入れた情報も頭にたたき込んでいる。
――明日は決戦。
なんのことかと言えば、凪沙バーサス日吉……、美央の洋服を買いに行く日なのである。
今日、凪沙は個人的に応援しているお店の、ギアお披露目イベント会があるらしく、熱い思いを超長文のメッセージで送ってくれた。カナコも行く? と誘われたのだが、凪沙の邪魔はしたくないので遠慮していた。
とはいえ……、明日のことを考えるといてもたってもいられず、ひとりピクニックをするために高尾山を選んだのだ。
都心から気軽に行ける登山場所として大人気の高尾山は、初心者も楽しめる山だ。紅葉の時期になると必ずテレビで特集していたり、SNSでもよく見かけるので、昔から興味はあった。
そして天気予報で週末は秋晴れになると聞き、カナコは準備をして高尾山にやってきたのである。
「あ、日帰り温泉……!」
改札のすぐそばに、日帰り温泉の入口があった。
土曜日だから混んでいそうだが、帰りに覗いてみても良さそうだ。
駅を出て迷うことなく、カナコは歩き出した。
なぜなら、たくさんの人が同じ方向へ進んでいるからだ。そう、とにかく人が多い。道幅いっぱいに人がいて、ぞろぞろと歩いている。
(登山なんて中学生の林間学校以来だから不安だったけど、これだけたくさんの人がいるなら安心ね)
リュックの中に熊鈴を忍ばせてあるが、今のところはつける必要がなさそうだ。
しばらく行くと、ケーブルカーとリフトの乗り場に到着した。周辺はお土産や、ちょっとした食べ物が買えるショップが並んでいる。
カナコは徒歩で頂上を目指すので乗り場には行かず、登山道の入口へ。
そこで自撮りをし、舗装された1号路というコースを進んでいった。
頂上へ向かう道は1~6号路まであり、1号路は初心者でも歩きやすい道ということでこちらを選んだのだ。
カナコは足取り軽く、なだらかで広々とした道を、他の登山者たちとともに上っていった。
予報通り、空は真っ青な秋晴れ。都心よりも気温が低いせいか、ちらほら紅葉が始まっている。
とてつもなく高さのある木々の林を進むと、いつの間にか鬱蒼とした森の中に入っていた。鳥の鳴き声が響き渡り、澄んだ緑の空気が心地よい。
カナコは木々を見上げながら、胸いっぱいにその冷たい空気を吸った。
(本当に気持ちがいい。それに、ずっとゆるい坂道だから全然苦にならない。これなら山道のほうで登っても楽勝だったかも、なんてね)
カナコの前を高齢の夫婦がゆっくりゆっくり歩いている。
大きなリュックを背負っているグループも同じようにゆっくりなスピードで歩いており、軽装の若者たちは彼らを追い抜くスピードでズンズン進んでいた。
(たくさん人がいるし、もう少し早く歩きたいかな。私も追い抜かせてもらっちゃおう)
カナコは早足で前の夫婦を抜き、そのままのスピードで歩き続けた。
親切なことに、道の横にはベンチが設置されている。ここに来るまでいくつも見た。
きっと高齢者が休むためのベンチだろう、と思っていたのだが……。
二十五分ほど歩き続けた結果、カナコは立ち止まって前屈みになる。
「……はぁっ、はっ、は~……っ、はっ、は……っ」
息切れと動悸が激しく、苦しい。
どこまで登ったのかわからないが、つづら折りの場所まで来たようで、他にも休憩を取っている人たちが何人かいた。
(ということは、だいぶ上がってきたのよね? じゃあもう少しで頂上……?)
と、顔を上げて先へ進もうとしたカナコは、驚愕する。
突然、急な上り坂が出現していたのだ。
(こんなゆるゆるの坂道でもつらいのに、ここからこんなに急になるの……!? リサーチ不足だったわ……)
とにかくここで止まっていても仕方がない。カナコは肩で息をしながら、その急な坂道を一歩踏み出して上がっていく。
スピードを出したくてももう出ない。
ふと顔を上げると、先ほど自分が抜かした老夫婦がカナコの横を歩き、ゆっくりと追い抜いて行った。彼らの歩く速度は、ずっと同じだ。
さらにその先で、カナコと同じくスピードが落ちまくっている軽装の若者たちが、老夫婦に抜かされている。
(初心者にありがちなことだったんだわ。マラソンみたいに先に調子に乗って飛ばしてたら、後でバテるってやつよ。しかも、舐めてかかるから……、うう、愚か~~……)
ところどころに設置されているベンチに感謝し、二回ほど座って休憩を取り、階段や坂道を上りきって、どうにかケーブルカーの降車場所までたどり着いた。
(帰りは絶対にケーブルカーかリフトで帰る……っ!)
名物のお団子が焼ける匂いを嗅ぎながら、カナコは固く決心したのだった。




