17しみっしみのおでん(5)
(私は今日のことを、堂々と凪沙に報告できる。うん、大丈夫)
バッグの中にペットボトルを入れ、肩に掛ける。
鬼ごっこをしていた子どもたちは、お母さんたちと一緒に水筒を手に、おやつを食べ始めていた。
(美央ちゃんのお洋服の買い物は……そうだ、幸江を誘ってみよう。別に日吉とふたりじゃなくてもいいんだし、構わないわよね)
ベンチから離れたカナコは、心地よい公園の中を颯爽と歩き出した。
――二日後の火曜日。仕事終わりの十九時前。
ピンポンとインターフォンを鳴らすと、すぐに玄関ドアが開いた。
「どうぞ~」
「お邪魔します……!」
凪沙の笑顔を見たカナコの心が、一瞬でぽわぽわと温かくなる。
「コート、そこに掛けていいよ」
「うん、ありがとう」
ピクニックに行った日曜の夜。仕事でイベントに行っていた凪沙から、代休の火曜日に家に来ないかと誘われたのだ。夕飯を用意して、カナコが帰ってくるのを待っているというので、もちろん喜んでお邪魔することにした。
その時のメッセージで「私も話したいことがある」と伝えてある。もちろん日吉と会ってしまった件についてだ。
カナコはコートを脱ぎながら、凪沙の部屋を見回した。
「凪沙のお部屋、久しぶり。誘ってくれて嬉しかっ……んむっ」
突然、ぎゅっと抱きしめられて、手にしていたコートが落ちてしまう。
「リ、リップついちゃうってば」
「カナコのならなんでもいいよ。たくさん付けて」
「もう~……」
と言いつつも嬉しくて、カナコは凪沙の腕の中でしばし彼の匂いと体温を堪能した。
荷物を置いてから手を洗いに行き、部屋に戻ると、湯気を立てている鍋がテーブルに置かれている。
「わっ、おでん!?」
「そう。初めて作ってみたんだ。コンビニでたまに買ってたんだけど、作るのは躊躇しちゃって。どうぞ座って」
彼の正面に座って、お鍋を見つめる。冷やされたグラスも用意されていた。
「すごい上手ね、美味しそう~! そして私たちってすごい!」
「ん? 私たち?? って何?」
缶ビールを開けながら、凪沙が首を捻る。その仕草が可愛くて、カナコは満面の笑みで答えた。
「実はね、私も土曜日におでん作って、日曜日に食べたんだ」
「えっ、ごめん! うわ……、聞いておけば良かったな」
「あ、ううん、違うの! 凪沙と同じものが食べたくなったなんて嬉しくって、黙っていられなかった。私、おでんが大好きで冬は毎日食べたいくらいだから、全然大丈夫よ。凪沙が作ってくれたおでん、すごく楽しみ! 味の違いも楽しんじゃう!」
「ありがとう、カナコ」
そう言って、はにかむ顔も可愛いくて愛おしい。
「どうぞ召し上がれ。あ、取り箸いらないよね?」
「もちろんよ。じゃあ、いただきます」
大好物の大根を取り皿に移す。箸を入れるとほろりと割れて、じわっと汁が染み出した。熱々のそれを口の中へそっと入れる。
「しみっしみだ~……最高に美味しい……。この感じは……一晩お鍋の中に置かれた具材たちが、深まる秋の気温とともにゆっくりと冷やされて……、できた味ね!?」
カナコが身を乗り出して言うと、凪沙があははと笑った。
「その通りだよ。昨夜仕事から帰って死ぬほど眠かったけど根性で作った。その後、今まで放置したから十分染みてるんだよ。俺も食おうっと」
凪沙もカナコと同じく、大根を取って口に入れた。
「うま~……。我慢した甲斐があるな」
「我慢してくれたの?」
「味見はしたけど、ちゃんと食べるのはカナコと一緒がいいから」
凪沙の一言一言に、いちいち感動してしまう。
カナコはグラスを片手に凪沙を見つめて、その気持ちを言葉にした。
「私、本当に幸せよ……。仕事の後の手作りおでんとビール、凪沙がそばにいて……はぁ……最高……」
そして冷たいビールを口に入れた時、凪沙が問いかけてくる。
「で、カナコの話って何? 早速だけど聞かせてくれる?」
「んっ、そ、そうね」
急な切り返しにビールを吹きそうになったが、カナコは先日のことを淡々と説明した。
同期会の男性と偶然会ってしまったこと。カナコには彼の言葉は何も響かなかったこと、美央のために買い物だけは付き合うこと、その買い物は同期の女性に同行をお願いしようとしていること……。
そこまで話すと、じっと聞いていた凪沙が、突然言った。
「じゃあ、俺が行くわ、その買い物」
「へ?」
「カナコの気持ちは揺るぎないってわかって、俺、すごく嬉しいよ。信頼もしてる。でも、はっきり言ってやらないとね、ハヤトさんに」
「……え?」
「日吉隼人、でしょ? カナコに言い寄ってる男って」




