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028:露天風呂(3)

◇2038年12月@福島県二本松市《玉根凜華》


大学生がいなくなったばかりの時は、すっかり湯あたりした状態だった玉根凜華たまねりんかだが、今日の夕方に知り合ったばかりの大切な仲間、安斎真凛あんざいまりんとお湯を掛け合ってふざけているうちに、体調が戻ってきていた。逆に、今度は寒くなり出してしまい、そろそろ脱衣所に戻ろうかと考え出した時だった。

突然、すぐ後ろに人の気配を感じたと思ったら、次の瞬間には誰かに背中から抱き着かれていた。片方の手が腰に回されていて、もう片方で口を塞がれる。


〈キャー、止めてよー!〉


どうやら、真凛も襲われているようだ。こういう時は口で騒ぐべきなのに、それすら気付けていないみたい……。いや、違うな。真凛も口を塞がれて、声が出せないんだ。

身体からだを捻って真凛を見ると、脂ぎった中年オヤジに片手で胸を揉まれていた。もちろん、さっき一緒にいたオジサン達とは違う。凜華に抱き着いてる奴もそうだけど、明らかに酔っ払いだ。


ううっ、後ろの奴も、すっごくお酒くさーい!

凜華は、〈真凛、変異しなよ!〉と心話を飛ばしたけど、真凛は焦ってばかりで光を纏えない様子。それは凜華も同じで、さっきから何度試しても、ちっとも変異できないでいた。

凜華の場合、まだ「光のチョウ」になるのを覚えたばかりだから仕方がないけど、真凛も変異できないってのは想定外だ。せめて、『強い光を出して、驚かせちゃえ!』って思ったんだけど……。


背中のオヤジが、胸に手を伸ばしてきた。思わずカッとなった凜華は、口元の男の手が緩んだ隙に、「止めてよっ!」と叫んでいた。

それでも、オヤジの手は止まらない。それにあらがおうと必死で身を捩ってみるのだが、小学生の力で敵うはずもなく、しつこく胸を撫で回されてしまう。更に、男の手が股間にまで伸びてきた時、遂に凜華はブチ切れた。

一瞬で怒りのオーラが全身を包み込み、髪の毛が逆立って、それがシュルシュルと伸びて行く。そして、その髪はオヤジの首に巻き付いて、きつく締め付ける。それを掴み取ろうとしたオヤジが身体から両手を放した瞬間、凜華はサッと飛び退いて、それと同時に髪も元に戻った。


その時、パッと周囲が明るくなった。ようやく真凛が変異したのだ。


「うわあ、何だ何だ?」

「分からねえ」

「ヤバいな。逃げるぞ」

「おう」


オヤジ達が逃げて行く。いや、オヤジだと思い込んでたけど、思ったより若くて、まだ二十代だったみたい。でも、お腹は出てたかも。いや、間違いなく出てた……。

そいつらを見送った所で、真凛の光りがパッと消えた。



★★★



その後、凜華と真凛は、無事に脱衣所に戻って来ていた。彼女達二人は棚に積まれてあったバスタオルを拝借して身体からだを拭くと、ハダカのままウォータークーラーで冷水をゴクゴクと飲んだ。

それから、ゆっくりと着替えて、据え付けのドライヤーで髪の毛を乾かす。

脱衣所には割と人がいたけど、もはや関係ない。二人とも堂々と宿泊客として振舞っていた。


壁のデジタル時計を見ると、二十時四十七分。今、凜華の頭の中は、〈お腹空いたなあ〉だった。彼女は夕食を食べずに飛び出して来たので、お腹が空いているのだ。

だから、〈カップ麺だったら、御馳走しよっか?〉という真凛の提案に、一も二もなく飛び付いてしまった。


二人は「女湯」の暖簾をくぐって脱衣所を出ると、女子トイレに向かった。そして、自分達以外に人がいないのを確認してから、それぞれに個室へ入って、素早く変異する。凜華も今度は、すんなりと光を纏う事が出来た。

それから光の翅を出すまでに五秒。そこまで行けば、自然と身体が動いた。瞬く間に壁をすり抜けて、ひとまずホテルから離れる。


〈凜華、遅い!〉

〈えっ、今度は早かったじゃない〉

〈一瞬で光を纏って飛び出すんだよ。じゃないと、騒ぎになっちゃうでしょうが……。うーん、やっぱ、練習あるのみかなあ〉


どうやら、「光の翅を出すのに五秒も掛かるのは、遅すぎ!」という事らしい。


〈しょうがないじゃない。私、今日が初めてなんだよ〉

〈そういや、そうだったね。忘れてたわ〉

〈もう、忘れないでよね〉

〈だったら、カップ麺でお祝いだね〉

〈カップ麺でお祝いって、なんか、しょぼ過ぎるんですけどー〉

〈もう、贅沢は言わないの。ほら、着いたよ〉


心話でそう言い残して、真凛は四階建てのアパートに飛び込んで行く。凛かは、部屋を間違えないようにして、真凛の後に続いて行った。



★★★



真凛の両親は、前もって「夜のお仕事」と聞かされていた通りに不在だった。

それで、真凛が自分でお湯を沸かして、約束通りにカップ麺を御馳走してくれた。缶入りのコーラも付けてくれて、二人で乾杯した。


〈でもさあ、今日はビックリしたよね〉

〈ビックリも何もないでしょうが。なんで、あんな所に連れて行ったのよ〉

〈だって、知らなかったんだもん。今日は凜華が一緒だから、あそこに初めて行ったんだ〉

〈呆れた〉


一応、真凛は真凛なりに、考えがあっての行動だったらしい。

凜華は、話題を変える事にした。


〈しかし、壁抜けが出来るってのは、ひょっとして……〉

〈「ひょっとして」って、何?〉

〈ひょっとして、万引きとかやり放題って事なんじゃない?〉

〈もう、アタシ、そんな事しないよ。こんなアタシでも、「人が嫌がる事はしない」って決めてるんだ〉

〈その割には、人を驚かせたりするのは、大好きなんじゃない?〉

〈悪戯は別だよ。だって、面白いんだもん〉

〈それだって、ほどほどにしなきゃ駄目だよ。急に人の前に現れたりしたら、キャーってなって、転んでケガとかさせちゃうかもしれないでしょう?〉

〈そだね……。分かった。気を付ける〉


真凛が急にしょんぼりしてしまった。それで凜華は、再度、話題を変えた。


〈そういや、真凛って、壁やドアの向こうが見えるんじゃない?〉


それは真凛が、全く躊躇ためらわずに壁の中へ飛び込んで行く事で得た思い付きだったのだが……。


〈うん、見えるよ〉


まさかの肯定だった。


〈それって、もし男子だったら、パンツ見放題なんじゃない? あ、女湯だって覗き放題なんじゃ……〉

〈あはは。アタシは女だから、そんな事しないよ〉

〈そ、そうだね〉

〈あ、でも、凜華だって、さっきは凄かったじゃん。ほら、髪の毛がビューンって伸びて、オヤジの首にシュルシュルって巻き付いた奴〉


確かに、そうだった。あんな事が自分に出来るなんて、全然、思わなかった。


〈あ、別に悪い事じゃないと思うよ。自分を守ったりするのに、絶対に役立つと思うもん〉

〈でも、人に見られたら、化け物だって思われちゃう〉

〈使うのは、本当に危ない時だけにすれば良いんじゃない?〉

〈うん、そうする〉


そんな話をしていたら、思いの外に時間が経ってしまっていた。

凜華は、そろそろ帰る事にした。帰宅した両親が部屋に来る事は滅多に無いけど、全く無い訳じゃない。

凜華が、《じゃあ、私、帰るね》と言ったら、真凛が心配そうに《一人で郡山まで帰れる?》と訊いてきた。


『うん、たぶん大丈夫だと思う』


あっさりと答えたのは、そう思える確信が凜華にはあったからだ。

良く分からないけど、本能みたいなものかもしれない。もしかしたら、帰趨本能ってやつ?

でも、すぐに真凛が頷いた事からすると、彼女にも思い当たる節があるんだろう。


〈じゃあ、また会おうね〉

〈うん〉


真凛とは、手じゃなく、翅を振って別れた。


別れた後で、『しまった』と思った。スマホのアドレス交換、忘れてた。もっとも、スマホは家に置いてきちゃったから、交換しようがなかったんだけど……。


まあいっか。


たぶん、真凛とはすぐに会える。これも考えてみれば不思議なんだけど、凜華にはちゃんと分かるのだ。


今までの私の毎日は、嫌な事の方が多かった。だけど明日からは、きっと全部が変わる。

いや、今の私だったら、自分のちからで変えられるんだ!


こんなにも私が前向きになれるなんて、今までは考えもしなかった。

ふふっ。こんな私だったら、自分が好きになれるかも。生まれて初めて、自分に「大好き」だって言える気がする……。


そんな事を思いながら、真凛は巨大な蛇の目(ジャノメ)の翅を優雅に羽ばたかせながら、国道四号線の上空を南へと飛んで行った。




END028


ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。


次話は、「凜華の幼馴染」です。

できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。


また、ログインは必要になりますが、ブクマや評価等をして頂けましたら励みになりますので、宜しくお願いします。


★★★


本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。

(ジャンル:パニック)


ハッピーアイランドへようこそ

https://ncode.syosetu.com/n0842lg/


また、ご興味ありましたら、以下の作品も宜しくお願いします。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

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