029:凜華の幼馴染
本日の二話目です。
◇2038年12月@福島県郡山市《玉根凜華》
「光のチョウ」になって夜空を舞う事を覚えてからの玉根凜華は、自分が過去とは違う自分に生まれ変わった事を自覚していた。つまり、彼女は未だ小学生でありながら、自分に起こった変化を正しく理解できる程に優秀だったのだ。
当然、その変化は、学校にいる時の凜華の意識を大きく変えた。彼女は、もはや地味で目立たない女子として振舞う必要など無かった。もちろん、「光のチョウ」への変異は「化け物」と呼ばれる危険性を孕んでおり、むやみに使うものではない。だけど、イザという時に身を守れる手段があるのと無いのとでは、心の持ちようが異なってくるのだ。
凜華の場合、元々は気の強い性格の女子だったので、イジメを恐れて自分に課した「縛り」が不要となった事の意味は大きい。これからは、前よりもずっと自由に行動しても大丈夫。そう思うだけで、随分と清々しい気分になることができる。
とはいえ、この時は既に年末が近付いており、一週間も登校しないうちに冬休みになってしまう。その為、「地味で目立たない女子」といった彼女の教室内でのポジションを、未だ変えるに至ってはいない。というか、誰もが冬休みの前で浮かれていて、大半のクラスメイトが凜華の変化には気付いておらず、残りは元から凜華に無関心な連中なのだった。
でも、たった一人だけ、凜華の変化に気が付いた奴がいた。
学校で終業式があったクリスマスイブの日の事だ。
「なあ、凜華。お前、何か良いことあっただろ?」
勝手に人の家へ上がり込んで、そんな風に訊いてくる失礼な奴は、凜華の周りに一人しかいない。
大谷知行。玉根家の隣に住む凜華と同じ歳の幼馴染だ。
背の高さは、小柄な凜華とあまり変わらない。つまり、奴も小学六年生にしてはチビだっていう事。だけど、冬なのに肌が浅黒い所は、色白の凜華とは正反対だ。それに、何よりも凜華と違うのは、相手がどう思うかなんてお構いなしに、思った事を何でも平気で喋っちゃうデリカシーの無さだろうか?
「お前さあ、もうすぐ中学生なんだから、もっと皆と喋ろよな。じゃねえと、中学でもオレ以外の友達できねえぞ」
大きなお世話だ。だいたい、こいつは友達なんかじゃないし。
「別に、良いもん。友達なら、ちゃんといるもん」
「オレだろ」
「違うから」
「えっ、誰だよ?」
「二本松の子だけど」
「二本松って、お前、いったいどうやって知り合ったんだ……って、そんなの、ネットしかねえわな」
「違うよ」
「んな訳ねえだろ。お前ん家、オジサンもオバサンも、ずっと仕事で、二本松なんて行ってねえだろうが」
「ちゃんと行ったんだもん」
「夢の中でだろ? お前ん家にオレの知らねえ奴が来たって訳でもねえだろうから、まあ、ネットで知り合ったって所が妥当だろうな」
「もう、勝手に決め付けないでよ。てか、だいたい何で知行なんかに、私の友達のこと言わなきゃなんないわけ?」
「それは、まあ……」
「『まあ』って何よ? 人の事、根掘り葉掘り聞かないでくれる?」
「……っ」
凜華が珍しく怒鳴ったのに驚いてか、それっきり知行は黙ってくれた。幼馴染だから分かるのだが、こいつ、意外と気が小さい所もあるのだ。
★★★
言い争いの後で一度は知行を隣家に帰らせたものの、結局、知行の母親の大谷真希さんに、「夕食、一緒に食べましょう」と言われて、今度は大谷家にお邪魔する事になってしまった。たぶん、今日がクリスマスイブだって事もあるんだろう。つまり、真希さんにしても、凜華がイブに一人だって事はお見通しという訳だ。
凜華も自分の両親に対して、「クリスマスイブくらい、一緒にいてくれても良いのに」と思わなくもない。でも、その一方で、もう諦めてもいるのだ。なにせ、小さい頃からずっとこうなのだから、そうなって当たり前だ。
ちなみに凜華は、物心がつく前から、こうして半分は真希さんに面倒を見てもらっている。凜華も知行も一人っ子なので、本当は幼馴染とはいえ、実質、姉弟みたいなもんなのだ。
隣の大谷家には早めに行って、真希さんのお手伝いをする。知行は自室に籠っていて、たぶん、ギリギリまで下りては来ないだろう。凜華もそうだが、さっきの口喧嘩で奴も気まずいだろうからだ。
だけど、真希さんは容赦がなかった。
「だいたい準備が出来たから、凜華ちゃん、知行を呼んできてくれる?」
「えっ? あ、はい」
仕方がないので、二階の知行の部屋のドアをトントンと叩いて、「ご飯だよ」と声を掛ける。奴の「分かった」という声を聞いた凜華は、さっさと一階へ戻った。
「えーと、オジサンは?」
「なんか、急患があったみたいで遅くなるらしいの。せっかくイブなのに、お仕事じゃしょうがないわね」
知行の父親の大谷知己は、労災病院で働く内科の勤務医だ。看護師の真希さんも同じ病院で働いていて、割と忙しいみたい。昨夜も夜勤だったそうで、今も少し眠たげだ。
「うちの人を待ってると何時になるか分からないから、先に始めちゃいましょう」
そう言って真希さんは、ホットプレートの上にお肉をドンドンと並べて行く。凜華は、横の方に野菜を置く係だ。
今夜は焼き肉。大谷家は、何かあると良く焼き肉をやる。ちなみに、玉根家の定番は、お鍋。と言っても、冬限定ではあるんだけど……。
「凜華ちゃんも、お肉、どんどん食べてね。いっぱい買ってあるから……。知行は、ちゃんと野菜も食べなさいよ」
「ちぇっ、何で凜華は肉で、オレは野菜なんだよ?」
「凜華ちゃんは、放っとくと遠慮して野菜ばっかり食べてるからよ」
「凜華、ちっちゃいもんな」
確かに凜華の身長は、クラスの女子の中でも低い方だ。だけど……。
「そういう知行だって、身長は私と同じくらいじゃないの」
「アホ。お前よりも二センチは高いわ。それに、男子の背が伸びるのはこれからなんだから、今は低くても良いの」
「あのね。そんなの、分かんないでしょうが。てか、人それぞれなんだから、あんただって、それ以上は伸びないって可能性だってあるんだからね」
「あはは。その言葉、お前にだって言える事だよね」
「な、何を言ってんの? 私の成長は、これからに決まってるじゃない!」
「そうかなあ?」
「むぅ」
そう言う知行の視線は、凜華の平らな胸に向いている。ムカついた凜華は、奴のお皿に焦げたお肉を載っけてやった。
★★★
大谷家でデザートのケーキを頂いて自室に戻った時、時刻は午後八時半を少し過ぎていた。凛かは軽くシャワーを浴びてから、部屋魏の上にダッフルコートを羽織り、最近になって自作した「就寝中」の木札をドアノブに引っ掛けると、サッと変異して夜空に飛び出した。
最初に「光のチョウ」への変異を覚えてから練習を重ねた結果、今では瞬時に光の翅を出せるようになっている。
そして十分後、凜華は郡山市中心部の上空にいた。隣には、今夜も安斎真凛がいる。真凛の水色の翅は小さい分、小回りが利くから、凜華の周りをちょこまかと飛び回る。そんな真凛とは対照的に、巨大な「蛇の目」の翅をゆっくりと動かしながら、凜華は優雅にビル群の上を舞う。
郡山市の駅前には、十五年ほど前に再開発されて、車両の乗り入れが禁止された。そして、その一帯に大量の監視カメラが設置された事で治安が良く、夜中でもカップルや家族連れが安心して街歩きが楽しめるエリアへと、大きく変貌を遂げている。特に今夜はクリスマスイブだけあって、そこら中が大勢の人達でごった返していた。
「光のチョウ」に変異するようになってからの凜華は、不思議と目が良く見えるようになった。最近は近視で時々眼鏡を掛けたりしていたのだが、今では裸眼のままでも遠くの看板の文字まで嘘のように読めてしまう。それに、暗くても昼間と同様に見えるのだ。そのせいで、上空からでも街歩きの人達の様子が手に取るように分かる。
クリスマスイブの今夜は、さすがに若い男女のカップルが多い。女性が男性の腕を取ったり、二人で仲良く手を繋いだりする姿は、凜華からすると何とも羨ましい限りだ。
さっきから雪がちらほらと舞ってるにも関わらず、寒そうな感じは微塵も感じられ無い。むしろアツアツって感じで道端の全部の雪が溶けちゃいそう。まさに、『リア充、爆発しろ!』って感じ……。
そんな凜華の思いは真凛にも通じているようで、さっきからしきりに〈あいつら、死ねばいいのに〉等と呪詛の言葉を投げ掛けている。
〈真凛だって、中学生になれば彼氏とか出来るんじゃないの?〉
〈何よ、その投げやりな言い方。なんか、ムカつくんだけど〉
〈だって、うちら、まだ小学生じゃない。誰かを好きになったり、付き合ったりってのは早いと思うんだけど……〉
〈もう、何を呆けたこと言ってんの。そんなこと言ってると、すぐにオバサンになっちゃうんだからね〉
〈そっかなあ?〉
〈そうなの……。凜華は、隣に幼馴染の男の子がいるから、余裕でいられるんだよ。アタシのアパートなんか、ジジババばっかり。ああ、もうムカつく〉
〈えーと、その幼馴染って、ひょっとして知行のこと?〉
〈名前は忘れちゃったけど、凜華が良く口にする男の子だよ。そういや、さっきも言ってたじゃん。今日も独りぼっちの凜華を心配して、様子を見に来てくれたんでしょう?〉
〈えっ、そんなことないよ。あいつ、私に意地悪なことばっか言うんだもん〉
〈だからあ、それは、凜華が心配だからじゃん〉
〈いやいや、あいつはただ……〉
〈あのさあ、凜華。その男の子、えーと知行くんだっけ? その彼氏って、ぜったいに凜華のこと好きなんだと思うよ〉
凜華は、真凛の思いがけない言葉に、しばらく何も言えないでいた。
〈ほら、動揺してるじゃん。てことは、凜華の方もまんざらじゃないってことかあ〉
〈んなわきゃないでしょうがっ!〉
〈あはは。そうやってムキになるってのが、証拠だよ。まっ、認めたくないならそれでもいっけどさ……。あれっ? あそこで、女の子達が変なのに絡まれてるじゃん〉
〈あ、ちょっと待ちなさい、真凛……〉
凜華の制止を聞かずに、真凛は飛び出して行ってしまった。
END029
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、「凜華の悩み」です。
できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。
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(ジャンル:パニック)
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