024:三人目の少女(2)
◇2038年12月@福島県郡山市《玉根凜華》
玉根凜華は、郡山市郊外にある団地の一軒家に住む小学六年生。両親が共に地方銀行勤務の為、割と裕福な家庭に育った彼女だが、矢吹天音や安斎真凛と同様に、幾つかの身体的な特徴を持って生まれている。
その凜華の特徴とは、生まれ付きの淡い茶髪と薄茶色の瞳。決して汚くはないが、目立つのでイジメられる。
更に、左の小指が極端に短くて、左手を隠すのが癖になっている。それでも隠し通すのは難しく、たいてい誰かにバレて、最後は噂を広められてしまう。そうして、「前世で悪事を働いた報い」だの、「魔王の末裔」だのと言い囃される訳だ。
凜華は、天音のように大人しくもないし、真凛のように能天気でもない。むしろ気が強くて、ムカつく相手には容赦なく突っ掛かって行こうとする。そのくせ、淋しがり屋で気の弱い所もあるといった、何とも面倒な性格の少女である。
彼女は一人っ子なのだが、隣に同じ歳の幼馴染がいる。彼の名は、大谷知行。凜華の向こう見ずな性格を常に諫めてくれるという、この年代にしては出来た男子だ。実を言うと、凜華がいつも強気でいられるのは、この知行がいてくれるからだったりする。
彼の父親は市内の大病院に勤める勤務医で、母親は同じ病院の看護師。大谷家と玉根家は、家族ぐるみの付き合いだ。
さて、そんな凜華だが、その日は彼女も身体に妙な違和感があった。
身体の奥が何となくムズムズする。生理でもないのに、何かおかしい。
それで、学校が終わるとすぐに帰って、二階の自室で大人しくしていたんだけど……。
なんか、朝から感じていた身体の違和感が、どんどん強くなってく感じがするぅ! ううっ……な、何なの、この変な感じ?
気が付くと凜華は、心の中で思いっ切り叫んでいた。
だけど現実は厳しくて、その直後、更に驚くべき異変が彼女を襲う。
うわあ、手が光ってる!
なんと自分の両手が、薄っすらと光り出していたのだ。
一瞬、『病気かも』って思ったけど、そんなの絶対に有り得ない。そんな病気なんて、ある筈ないじゃない!
もう、いったい何なのよ、この変な感じ? てか、何で光ってんのよおおおお!
混乱してパニック状態になった凜華は、いっそう激しく叫んでしまったのだった。
★★★
そいつが現れたのは、突然だった。急に天井が光ったと思ったら、全身が銀色に光る女の子のような化け物が立っていたのだ。
それを見て失神したり、狂ったように叫び出さなかった私は、自慢して良いと思う。てか、本当は怖すぎて声が出なかっただけなんだけど……。
そんな状態の凜華が必死に喉から絞り出した声は、〈誰?〉という短い問い掛けだった。
〈真凛だよー。アタシ、安斎真凛っていうのー〉
それは、心の中に直接入り込んでくる不思議な声だった。
それで、またもや気を失い掛けた凜華が、必死に気を静めて放ったのは、〈そうじゃなくて、あんた、いったい何者なの?〉という質問だった。
実は、凜華の問い掛けもまた、直に相手の心に伝わっているのだが、その事にまだ彼女は気付かない。
〈えっ?、アタシ? 普通の小学生だけど-。今は小学六年生だよー〉
〈全然、普通じゃないじゃない。普通だったら、いきなり天井から出て来たりしないでしょうがっ!〉
凜華は、思わず反射的に叫んでしまっていた。
すると目の前の光る少女は、〈うーん、言われてみれば、そうかもー〉と肯定してくれたと思ったら、突然、光らなくなった。そして現れたのは、凜華と良く似た少女だったのだ。
「ほらあ、アタシも普通の女の子でしょう?」
凜華は、彼女の淡い茶髪をじっと見た。
〈あの、あなたの髪……〉
「そだよー。うちら、一緒だね。ふふっ、これ、生まれつきなんだよー。あんたもでしょう?」
〈うん〉
彼女が生まれ付き自分と同じ髪色だと知って、初めて凜華は親近感を持った。その彼女の髪は、凜華よりもクルックルで、それはそれですっごくカワイイ。
そんな彼女の手がすーっと伸びてきて、髪に触れる寸前に、「綺麗……」と呟くのが聞こえた。その瞬間、凜華の心に不思議な感情が芽生えた。
〈……そう、なの? 私、そんな事を言われたの、初めてなんだけど〉
「綺麗だよ-」
その言葉に感動した凜華は、思わず口走っていた。
〈えーと、あなたも、綺麗、だよ〉
それで急に照れくさくなった凜華は、つい余計な言葉を足してしまった。
〈……髪、だよ〉
「髪?」
〈うん、クルクルで、とても素敵……〉
それは本心だったのだけど、その後、彼女の口から思い掛けない言葉が出た。そして、それが始まりの合図のようだった。
「もうすぐだよ-」
〈えっ、もうすぐって、何の事?」
「あんたも、さっきのアタシみたいになるの-」
〈えっ、それって、どういう事?〉
「だから、あんたも……、ほらね-」
その時に凜華は、ようやく自分の身体の異常に気が付いた。さっきは手だけだと思ってたのに、今度は全身が光り出したのだ。それも、どんどんと強く輝いて行く……。
次の瞬間、遂に凜華は絶叫した。
「うわああああああああ……」
★★★
〈うわあ、大きい翅!〉
突然、強い光を纏った凜華に、その子が発した言葉がそれだった。しかも、さっきと同じで直接に心へ響いてくる声。それを不審に思いながらも、凜華は首を捻って後ろを見た。
〈な、な、何なの、これっ!〉
〈ほらあ、もうすぐだよ-〉
〈だから、もうすぐって、何なのよおおおおおおおお!〉
凜華の何度目かの絶叫が響く。いや、本当を言うと、彼女もまた声を発していないのだが、未だに彼女は、その事に気付いていない。
彼女の背中にあった物、それは巨大な光の翅だった。どれくらい巨大化と言うと、上の方は天井を突き抜けてしまっている。だけど、それでも分かる二対の翅は、淡い茶色。彼女の髪の毛と同じような色だ。
その翅には薄い鱗状の翅脈があって、それぞれの翅の中央に巨大な丸い文様が見て取れる。縁取りが焦げ茶で中は赤。確か、これは「蛇の目」だったかな……。
目の前の子が〈凄―い!〉と呟いた。それを心の中で受け取った凜華は、咄嗟に〈凄いって、何なのよお!〉とツッコミを入れる。
凜華は、すっかり涙目になっていた。
だけど、次の瞬間、そんな涙も一瞬で引っ込んでしまうような衝撃的な出来事が起きた。自分の身体がふんわりと浮いたのだ。
凜華が、もう何度目か分からない心の中での絶叫を上げる中、身体はどんどんと浮き上がって行って、そのまま天井をすり抜けてしまう。
頭の中の何処かで『天井をすり抜けるなんて、絶対おかしい!』という声が上がっていたけど、訳が分からない事の連続で、もうツッコミを入れる気力も失せた。
そして、凜華は夕暮れ時の空へと上って行く。
さっきの子が再び「光のチョウ」になって、後ろを付いて来てくれているのが、ただ唯一の気休めになっていたのだった。
★★★
〈うわあ、凄い凄い!〉
もう何度目かの感激の声。ついさっきまで恐怖に慄いていた彼女は、今では打って変わって、この状況を楽しんでいた。
だけど、さっきから〈うわあ!〉とか〈凄い!〉しか言わないのって、ボキャブラリー無さ過ぎじゃないかなー?
そんな心の声が漏れ聞えてきたけど、凜華は聞かなかった事にしておく。
まあでも、実際に郡山の夜景は、言葉では言い表せないくらいに綺麗だったのだ。
それなのに……。
〈ねえねえ、そろそろ戻らない?〉
〈ええーっ、あともう少しだけ飛んでいようよ〉
さっきから、ずっとこの調子のやり取りが、二人の「光のチョウ」の間で交わされている。
〈でもさあ、もうかれこれ一時間以上になるよ。アタシは、もういい加減に疲れて来たんだけど〉
〈そうなの? 私は、まだ全然へーきなんだけど〉
〈でも、親とかは、大丈夫なの?〉
〈大丈夫だと思うよ。うちの親、いつも帰り遅いし〉
〈えっ、そうなの?〉
〈うん〉
凜華の両親は、銀行員。どちらも中間管理職で多忙らしく、平日の帰宅は深夜が当たり前。時々、お隣の大谷家に呼ばれて夕食を御馳走してもらう時を除くと、ベッドに入るまで一人が普通なのだ。
〈ねえ、あなたは?〉
〈えっ、アタシ? うちの両親は、二人とも夜のお仕事だからさ〉
〈ふーん、そうなんだ〉
凜華は「夜のお仕事」というのが何なのか気になったけど、適当に相槌を打っておいた。
〈それよりも、あんた、まだ疲れないの?〉
〈うーん、全然〉
〈本当? あのね、疲れてヘトヘトになると、変異が解けて空から落っこちちゃう事だってあるんだよ〉
〈ふーん、イカロスの翼だね〉
〈何、それ?〉
〈別に。それより、なんか経験した事があるみたいな口ぶりじゃない?〉
〈うっ〉
〈ふーん、あるんだ。良く無事でいられたね〉
〈まあ、それは、神様のご加護っていうか……〉
〈えっ、神様? 意外と信心深い人なの?〉
〈気を失って横たわってたのが、神社の境内だったんだ〉
〈へえ、それで神様が助けてくれたって思ったんだ?〉
〈まあね。次の日、なけなしの小遣い持って、お参りに行っちゃった〉
〈あはは。なんか、おっかしい〉
〈むぅ。そこ、笑うとこじゃないでしょう〉
〈ごめんごめん。で、あなたの名前は?〉
〈えっ? アタシ、最初に名乗ったよ〉
〈そうだっけ?〉
凜華は、最初に変異した時の事をハッキリと覚えていない。だって、それどころじゃなかったんだもん。
〈もう、仕方ないなあ。アタシは、真凛。安斎真凛だよ〉
〈真凛かあ。てことは、海の方から来てんの?〉
〈違うよ。家は、二本松のアパートなんだ〉
〈でも、マリーンって、英語で「海の」って意味じゃなかった?〉
〈あ、それはね。昔、うちの親父がサーファーだったんだ。だから、海にちなんだ名前を付けたみたい……。そんで、あんたの名前は?〉
〈えっ、私? 言ってなかったっけ?〉
〈聞いてなーい〉
〈私は、凜華。玉根凜華っていうの?〉
〈凜華かあ。なんか、アタシの名前と似てるかも。ほら、二人とも「リン」があるじゃん〉
〈まあ、そうだけど……〉
〈あ、それと、リンカリンカリンカリン……ってやってると、「カリン」になっちゃうかも〉
〈もう、何バカなこと言ってんの……てか、あんたって、結構バカっぽいとこあるよね?〉
〈ひっどーい! でもまあ、正解ではあるんだけどね〉
〈えっ? 認めるんだ〉
〈希美がさあ……あ、希美って、アタシの母親なんだけど、希美が「女の子は、バカの子の方がモテるんだよ」って言うんだ〉
〈それ、ぜーったいに嘘だから。バカな子は騙し易いから、男子が寄って来るんだからね〉
〈あ、それ、当たってるかも。うちの希美も親父に散々騙されたって言ってるし……〉
それからも、そんな取り留めのない会話をダラダラと続けながら、二人の「光のチョウ」は深夜になるまで、郡山の上空を飛び回っていたのだった。
END024
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、「夜間飛行」です。
できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。
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(ジャンル:パニック)
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