167:新しいタテハの子(2)
◇2041年2月@茨城県水戸市 <石井めぐみ>
石井めぐみは、来月から公立の中学校に通う十二歳の少女だ。最近は東京の私立学校に進む子が増えてきたけど、めぐみの家はそこまで裕福ではない。それに、羨ましいとも思わない。むしろ、『ご苦労なことで』と考えてしまう。だって、親戚の家か寮住まいだろうから、どうせ窮屈な生活を強いられるに決まってる。
最近、公立の中学は荒れているといったニュースを良く見るけど、めぐみが行く中学は、それほどでもないらしい。
めぐみにその話をしたのは、隣の家の宮本和馬だ。彼は、ひとつ上の幼馴染。ひとつ上とは言っても、彼は早生まれ。そのせいで、めぐみはいつも和馬を呼び捨てにする。
「あのな、めぐみ。中学に行ったら、ちゃんとオレの事、『先輩』って言って敬うんだぞ」
「えっ、何でえ? 別に良いじゃん。同じ年に生まれたんだからさ」
「お前とオレは学年が違うんだから、そういう決まりなの。だいたい同じ年ったって、オレは二月でお前は十二月だろうが」
「そんでも同じ年は同じ年じゃん。そんなのに、和馬の方が年上ってのは、納得できないんだけどー」
「しょうがねえだろ。学校ってのは、四月に始まるんだ」
「アメリカは九月じゃん」
つまり、日本もアメリカみたいに学校が九月に始まっていれば、めぐみと和馬は同じ学年だった訳だ。それなのに、それを和馬は屁理屈と言う。それでも納得できないから、めぐみは和馬の事は常に呼び捨てなのだ。
今日は土曜日だけど、めぐみの家には誰もいなかった。父はゴルフ。母は「友達に会いに行く」と言って出て行ったままだ。「夕食は適当に作って食べておいて」と言われたけど、なんか、やる気がしない。
「めぐみも来月から中学生なんだから、もう一人でも大丈夫でしょう?」
最近、よく母に言われる言葉だ。でも、めぐみに言わせると、そんなのは前からじゃないか。
めぐみは一人っ子。小さい頃から一人には慣れっこなのだ。と言っても、隣の和馬も一人っ子で、何かと一緒にいる事が多いのだけれど……。
とにかく、めぐみの母は前々から家を開けてばかりいる。ずっと共働きだから平日はいないし、土曜日も休出が当たり前。日曜日の場合、父はゴルフの事が多くて、そうじゃない時はだいたい寝ている。母は午前中だけ掃除や洗濯で家に居て、午後は買い物。その後は友人とかと会って遅く帰って来る事が多かった。
母の口癖は、「女は男の二倍は働かなきゃね」というもの。昔と違って男女差別が減っているとはいえ、本質的な所では変わっていないのだそうだ。
そんな風に両親は一生懸命に働いてばかりいるけど、めぐみの家は裕福じゃないし、父も母も全く楽しそうじゃない。
その事を父に訊いたら、「大人は、大変なんだよ」という返事。母は、「少しでも楽したいんだったら、勉強して良い学校に行って良い会社に入るのよ」と言うけど、めぐみの両親だって、そこそこ良い大学を出ている。つまり、母の言う事は間違いって訳だ。だから、めぐみは、あんまり勉強する気にはなれないんだけど、そうかと言って、他にやりたい事がある訳じゃない。
めぐみには、ほとんど友達がいない。それは、めぐみの髪の毛が淡い茶髪だからだ。小学校に入った当初、担任の先生は両親に無理やり染められたと思ったそうだ。ところが、めぐみの両親は、そこそこ有名な企業に勤めており、とても非常識な人物とは思えない。それに証明書もあったので納得したのだが、他の保護者や子供達は違っていた。
つまり、めぐみの事は、誰もが問題のある子として扱ったのだ。
その上、めぐみは、生まれつき耳が良く聞こえなかった。特に右はほとんど聞こえない。それでも、今の学校はタブレット端末を使ってのEラーニング主体だから、多少耳が聞こえなくても支障が無い。その為、めぐみも普通のクラスに所属していた。
だけど、喋り掛けても気付かないことが多いめぐみは、クラスメイト達に「無視された」と思われてしまい、どうしても評判が悪くなる。最近の担任教師は子供同士のトラブルにあまり口を挟みたがらない傾向にあって、めぐみが耳が悪い事ですら、知らない子が大半だった。そうして、めぐみは、知らない内に「あいつ、生意気だ」となって、気が付くと仲間外れにされていて、イジメのターゲットにすらなってしまっていた。
もっとも、めぐみは、「ムシ」の子には珍しく気の強い子だった。だから、暴力には暴力で返したし、理不尽な言い掛かりには即座に言い返す。それに、一学年上には幼馴染の宮本和馬がいて何かと彼女を庇った為に、深刻な事態は回避できていた。
だけど、そのせいで、余計に彼女は孤立して行ったのだった。
★★★
めぐみは、今朝からずっと変な感覚に襲われていた。身体の奥が何か熱を持っていて、そこから何かが生まれるような不思議な感じ……。
めぐみは、それを紛らわせようと、ネットの動画を観たりゲームに興じたりしたけど、一向に収まる気配がない。しかも、夜が近づくにつれて、その感覚は強まる一方だった。
そんな時だった。
ピンポーン!
玄関のチャイムが鳴った。めぐみは、溜め息を吐いて重い腰を上げる。玄関に行って監視カメラで確認すると、隣の宮本和馬だった。
「めぐみ、夕食まだだろ。ほら、これ。母さんが、お前んとこ、持って行けってさ」
彼に差し出されたのは、ボンゴレのスパゲッティ。何故か二人分ある。
「あ、オレも一緒に食ってやるからさ」
そう言って和馬は、ずかずかと家に上がり込んで来る。そして、ダイニングテーブルの上に二人分の皿を置くと、食器棚からフォークを二本、グラス二個を取り出して素早くテーブルに並べる。更に、勝手に冷蔵庫を開けて麦茶を出してグラスに注ぎ、それらもテーブルに置くと、ドカッといつもの席に腰掛けた。
その和馬が偉そうに「お前も早く座れよ」と促すので、めぐみは何となく納得できないままに、彼の正面の席に座る。
「何でいつもあんたは、女の子一人の家に勝手に上がり込んで来るわけ?」
「女の子って、めぐみだろ?」
「そうよ。あたしだって、来月から中学生なんだからね」
「だからって、何だよ? オレら、兄妹みたいなもんじゃん」
ああもう、わけ分かんない!
めぐみは、またも盛大な溜め息を吐くと、ぬるくなり掛けたボンゴレのスパゲッティをフォークに巻き付けて食べ出した。
★★★
食事が終わると、和馬は「宿題があるから」と言って帰って行った。
めぐみはと言うと、所定のカリキュラムは全て終わっており、中学校の先取りも一年生の分は完了している。正直、学校に行っても、卒業式まで一切やる事が無い状態だ。
自室に戻っためぐみは、ベッドの端に腰を下ろした。
今も変な感覚は続いている。そのせいで、何にもやる気が起きない。
あれ? さっきよりも身体が軽くなった気がする。
ふと手を見ると、ぼんやりと光ってる感じ……。
えっ、何これ?
不安になっためぐみは、AIエージェントに言って、部屋の電気を消してもらった。すると、めぐみの手が、暗闇の中にクッキリと浮かんで見える。
怖くなっためぐみは、直ぐに電気を点けた。
それでも手は光って見える。てことは、さっきよりも光が強くなったって事かもしんない。
な、何なの、これ?
思わず立ち上がっためぐみは、全身を見て唖然とした。今や身体全体が光を纏っていたからだ。
その時だった。
突然、目の前の壁から大きな光の塊が飛び出して来たのだ。
めぐみは頭の中が真っ白になって、ただ呆然と立ち尽くしていた。
頭の片隅で『逃げなきゃ』と焦ってはいるけど、身体が全く動きそうにない。
そうこうするうちに、光が次第に形を取り始める。
そうして、めぐみの前に現れたのは、見た感じ普通の女の子だった。
END167
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。
また、ブックマークや評価等をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。
★★★
以下の作品もぜひ覗いてみて下さい。
ハッピーアイランドへようこそ
※完結しました!
https://ncode.syosetu.com/n0842lg/
【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~
※別途、番外編を予定しています。
https://ncode.syosetu.com/n6201ht/




