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168:新しいタテハの子(3)

◇2041年2月@茨城県水戸市 <石井めぐみ>


石井めぐみの目の前にある巨大な光の塊から現れたのは、見た感じ普通の女の子だった。それも、めぐみよりも綺麗な金髪な上に、色白で華奢な子。でも、少し年上かもしんない。


〈……誰、なの?〉


めぐみは思わず呟いていた。いや、本当は声を発していない。


〈初めまして。私は矢吹天音やぶきあまねって言います〉


意外と丁寧な言葉が返ってきた。日本語だ。金髪で薄い茶色の瞳なのに、日本語だ。

そんなどうでも良い事だけが、頭の中に浮かんでくる。


〈あなただって、日本人でしょう?〉


まるで、めぐみの心の中が分かっているような口ぶりだった。


〈ふふっ、私と同じだよ。私達、同じ「ムシ」なんだから〉

〈えっ、「ムシ」?〉


聞き慣れない言葉だった。もちろん「虫」だったら分かるんだけど、この文脈だと違う意味だろう。


〈「ムシ」っていうのはね、私達みたいに「光のチョウ」になって、お空を自由に飛び回れる女の子のことだよ〉

〈お空が、飛べる、の?〉

〈そうよ。ほら、あなたの背中、見てごらんよ〉


天音って人に促されて首を捻ってみると、そこには巨大な金色の光の壁があった。その先は天井を突き抜けていて、「光のチョウ」と言われても良く分からない。


〈えっと、あなたの名前は?〉


突然、名前を訊かれて、〈石井めぐみ〉と反射的に答える。その後、ちょっと思ったのは、『知らない人に本名を名乗るってどうなの?』って事。だけど、この人だって名乗ってくれたんだから、言わなきゃ失礼だよね。と、そこまで考えて、ようやく気付いた。


あれっ? あたし、さっきから口とか動かしてないじゃん。それなのに、何で会話になってんの?


〈心話よ〉


天音って人が、教えてくれた。


〈心話?〉

〈そう、心話。心で思うだけで、相手に伝わるの〉

〈ええーっ? あたしが考えてる事が分かっちゃうの?〉

〈ううん。ちょっと違うかな。心で思っただけの事は伝わらないけど、独り言みたいに明確な言葉で思った事は伝わるって感じかな。慣れないと、そこら辺の加減が分からなかったりするかもだけど、みんな、直ぐに覚えるよ〉


うわあ、最悪。あたし、独り言してたんだ。


〈そんなことより、そろそろ行くよ〉

〈えっ……、うわあ、何?〉


その時、またもや部屋の中に光が溢れて、それが少し収まると、そこには別の光の少女が立っていたのだった。



★★★



〈良かったです。ギリで間に合いましたね〉

〈でも、真琴まことちゃん。遠くから来たばかりで悪いんだけど、直ぐに行くわよ〉

〈了解です〉


そこで天音さんは、めぐみに言葉を投げてきた。


〈さあ、めぐみちゃん。「飛びたい」って願ってみて〉

〈えっ?〉

〈ほら、早く!〉


だけど、めぐみには分かっていたんだ。既に全ての準備は出来ていて、後はほんのちょっとだけで飛べる!

それを意識した途端、ゆっくりと身体からだが浮き始めた。それと同時に、目の前の天音の身体もまた一気に光を帯びる。そして背中に薄紫の巨大な何かが現れたかと思うと、めぐみと一緒に上昇し始めた。新しく現れた少女も同じだ。

次の瞬間、めぐみは『天井にぶつかるぅ!』と思ったけど、何も起こらない。てか、天井をすり抜けて、気が付くと屋根の上に出ていた。その辺りからグングンと勢いを付けて身体が上昇して行く。もう、目なんか開けていられない。気が付くと〈うわああああ……〉と叫んでいた。


やがて、唐突に『止まった!』と思った。恐る恐る目を開けると、目の前に巨大な二匹、いや、二人の「光のチョウ」が浮かんでいた。

一人は薄紫で、もう一人は黄緑色。てことは……。


めぐみは、思いっ切り首を後ろに捻ってみた。すると、そこには薄い黄金色の翅があった。めぐみの背中から外縁部へ向けて、放射状の茶色い翅脈が見える。目の前の二人の翅も綺麗だけど、自分のも負けないくらいに綺麗だ。

めぐみの身体が喜びで満たされる。それは、彼女が生まれて初めて感じる心からの歓喜だった。

めぐみは、ふと下に視線を落とした。その途端、今度こそ彼女は〈うわあ、綺麗!〉と歓声を挙げた。そこにあったのは、水戸市の夜景。特に市の中心部の方には、大きな光の塊がある。

つまり、めぐみは今、空中に浮かんでいたのだ。


〈凄い……〉

〈ふふっ、いつも通りの反応ね〉

〈……〉


何となく天音が微笑む様子が伝わってくる。ちょっと悔しい気もするけど、嬉しい気持ちの方がずっと強い。


〈あ、あの、天音さん。あたし、十二年とちょっと生きて来て、今が一番幸せかも〉

〈ふふっ、その気持ち、凄く良く分かるよ。私も最初の時はそうだったから〉

〈そういや、真琴ちゃんが「ムシ」になって、もう少しで一年だね〉

〈実は、そうなんです……。あ、私、手塚真琴って言うの。来月から中学二年生です〉

〈石井めぐみです。来月から中学生です〉

〈めぐみちゃん。彼女、栃木の宇都宮から飛んで来てくれたんだよ〉

〈えっ、そんなに遠くから?〉

〈それでね、私は、福島の岩木市に住んでるんだ〉

〈へえ、そうなんですね……。あれっ?〉


その時、遠くに二つの光の塊が見えた。それらは見る見るうちに大きくなって行って、次第に「光のチョウ」の形を取り始める。そうかと思うと、突然、心話が飛んで来たのだ。


★★★



〈もう、天音さんったら、ずるいです。そうでしょう、繭菜まゆな?〉

〈あ、はい。そう思います〉

〈うちらを待機させといて、気が付いたら、もう「ムシ」になってたなんて、いったい何なんですか?〉


やがて、目の前に現れたのは、白とピンクの翅を持つ「光のチョウ」だった。その二人の翅は、天音や真琴よりも少し小さい。


〈ごめん、ごめん。めぐみちゃんが「ムシ」になるの、思ったよりも早くって……〉

〈ふーん。この子、めぐみちゃんって言うんだあ〉


二人のうちの一人、さっきからプンプンと怒っている真っ白な翅の子が言った。


〈あ、挨拶しなきゃ〉


めぐみが慌てて名乗ろうとすると、ピンクの翅の子に笑われた。いや、胴体部分が光ってて実際の顔は見えないんだけど、何故か笑ったのが分かる。


〈もう、ダダ漏れだよ、独り言〉


あ、そういうことか……。うっ、恥ずかしい。


〈大丈夫。そのうち慣れるから。私、小室繭菜こむろまゆな。めぐみちゃんと一緒でこの春から中学生なの。それに、「ムシ」になったのは去年の八月で、まだまだ新人だよ。仲良くしようね……。あ、それと、私の家は日立市だから、めぐみちゃんの大きな翅だったら、ひとっ飛びだよ〉


繭菜と名乗った少女の翅はピンクだけど、良く見るとモンシロチョウみたいに翅の上端と下端が黒くなていて、とっても可愛い。


〈あ、あたし、石井めぐみです。宜しくお願いします〉


改めて挨拶すると、今度は白い翅の子が話し掛けてくれた。


〈私は、樫村沙羅かしむらさらだよ。真琴と同じで四月から中学二年生。「ムシ」になったのは、一昨年おととしの七月。家は高萩なんだけど、めぐみちゃんの翅だと、四十分とかじゃないかな。私の場合は、一時間近く掛かっちゃうんだけど……〉

〈一時間ですか?〉

〈まあ、頑張れば、もう少し早く飛べるけど……。まあでも、水戸で集まるってのは、毎日だとしんどいかも。やっぱ、集まるとしたら日立かなあ〉


そこで、天音が口を挟んできた。


〈うーん、杏樹あんじゅは大丈夫だと思うけど、美優みゆちゃんには、日立でも難しいんじゃないかな〉

〈美優は、高萩だってしんどいと思いますよ……。あ、杏樹も美優も、岩木の子だよ。美優の翅はね、凄く小さいの〉

〈そうなんですか?〉

〈うん、でも、可愛いんだよ〉


繭菜が美優の説明を始めた。普段、繭菜は無口な子なんだけど、やっぱり近くの後輩が出来て嬉しいのか、今日は口数が多い。

色んな人の名前が飛び交ってるけど、「光のチョウ」になれる子は割といるらしい。『そういう子のみんなと仲良くなりたいな』と、めぐみは思ったのだが……。


〈大丈夫だよ、めぐみちゃん。「ムシ」の子はみんな、仲良しだから〉

〈「ムシ」はね、みんなが家族みたいなもんなの。ねっ、天音さん〉


どうやら、「ムシ」達の結束は、家族のように強いという事らしい。


〈それより、ちょっと休もうか。えーと、あそこが良いかな?〉


天音さんが示したのは、水戸芸術館のシンボルタワー。高さは、百メートルあるらしい。

めぐみ達五人の「ムシ」は、そこの天辺に腰を下ろして、足をぶらぶらさせていた。その間、身体には薄っすらと光を纏っている。

今は二月。本来、塔の上となると凄く寒い筈。でも、こうしていると寒さも感じなくて済むらしい。それに、いつでも翅を出せるから安心なのだとか。

めぐみは、そこで「ムシ」の様々な能力だとか、組織の事だとか、守るべき事だとか、カミングアウトの事だとか、「保護者会」の事だとか、色んな事を教えてもらった。


だけど、めぐみの一番の関心毎は、仲間の「ムシ」達の事だった。会話の中に様々な「ムシ」の名前が出て来て、その都度、どういう子か教えてくれたけど、とても一度で覚え切れない。

めぐみには、宮本和馬みやもとかずま以外に友達がいない。特に女の子の友達は、今までずっとずーっと欲しかった。それが、一度にたくさん得られたのだから、有頂天になるに決まってる。


〈やっぱ、実際に会ってみるのが一番だと思うよ。みんなが違う翅だから、それだけ見ただけでも楽しいかも〉

〈あ、でも、めぐみちゃんの翅って、郁代いくよちゃんと似てない?〉

〈言われてみれば、そうね。さっきも、ジャスミン茶の匂いがしてたし〉

〈えっ、そうなんですか? うーん、サイズは、めぐみちゃんの方が大きいよね〉

〈「癒し」の能力とかあんのかな?〉

〈「癒し」ですか? あたしには、似合わないかも〉

〈そんな事ないと思うけど……。まあ、おいおい確認して行くとして、せっかくだから、偕楽園の梅の花でも見に行きましょう〉

〈あれ、天音さん、昼間に見たんじゃ……〉

〈夜は夜の良さがあるのよ〉


という訳で、五人の「ムシ」達は水戸シンボルタワーから一斉に飛び立って、夜の梅の花を見る為、偕楽園へと向けて飛んで行った。


当然、この夜の出来事は多くの「ムシ」ウォッチャー達に目撃されており、小さな想像を引き起こしたのだが、それはまた別の話である。



END168


ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。

第一部は、これにて完結となります。


第二部は、メインの舞台を東京に移し、別の話として投稿させて頂く予定です。

引き続き「銀の翅」シリーズを宜しくお願いします。


また、評価をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。


★★★


以下の作品もぜひ覗いてみて下さい。


ハッピーアイランドへようこそ

※福島原発事故の話。完結済です。

https://ncode.syosetu.com/n0842lg/


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

※別途、番外編を予定しています。

https://ncode.syosetu.com/n6201ht/


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