166:新しいタテハの子(1)
◇2041年2月@茨城県水戸市 <矢吹天音>
本来、大きな翅を持つタテハの「ムシ」は、アゲハに次いで希少であり、クイーンとして多くの「ムシ」達を従えるべき存在だ。ところが、黎明期においては何故か高確率でタテハの「ムシ」が生まれている。ファースト20と呼ばれる最初の二十人の「ムシ」達の中で、タテハの「ムシ」は実に五人もいるのだ。
その理由は、「ムシ」がピラミッド型の組織を形成して行く上において、先にリーダーを多く誕生させる必要があったからだと言われている。つまり、本能的な要因に依るという訳だ。
実際、新しい地域に「ムシ」の集団が形成される場合、最初の「ムシ」はタテハかアゲハのような大型の「ムシ」である事が多く、そうでなくとも三番目までに含まれているのがほとんどだ。
そして、茨城県の「ムシ」達の場合、三番目の「ムシ」がタテハであった訳だが、このタテハの少女は、少々癖のある子だったのである。
★★★
高校入試まで残り十日程となった二月の土曜日、父の矢吹正史が唐突に「天音、水戸にでも行くか?」と言い出した。
「あなた、今はそんな時期じゃないでしょう?」
「いや、天音の事だから、ほっといても入試は大丈夫だろう? むしろ、息抜きをした方が良いんだよ」
「あら、天音なら、今でも毎晩のように外で息抜きしてるじゃないですか」
そうなのだ。天音は、こんな時期でも夜空の散歩を欠かした日は無い。と言っても、最近は遠くへは行かなくて、一時間で部屋に戻って来てはいるんだけど……。
まあでも、今更じたばたしても仕方がないのは確かだ。所詮、公立高校の入試問題には標準的な問題しか出ないのだから、もう、あんまりやる事が無い。
「私、行っても良いよ。たまには親に付き合ってやるのも、一人娘の役目だもんね」
「なんだ、それ」
そう言いながらも、父の正史は嬉しそうである。
この時期に水戸へ行くとすれば、偕楽園の梅まつりの事だろう。
この日、天音が二つ返事で正史の提案を了承したのは、何となく予感じみたものがあったからだ。予感というのは、当然、新しい「ムシ」が生まれるという奴だ。
もっとも、それは「呼ばれてる」という感じを伴ってはいない。水戸は岩木からだと直線距離でも八十キロ以上あるから、当然と言えば当然だ。
天音は、樫村沙良と小室繭菜にメッセージを入れてみた。すると、直ぐに沙良から着信があった。
『天音さん、良く分かりましたね。『呼ばれてる』って感じが杏樹の時よりも弱いんですけど……。『シジミ』の子ですかね?』
「違うと思う。遠くだからじゃないかな?」
『なるほど……。あ、そうだ。繭菜にも連絡しなきゃ……」
小室繭菜は、沙良よりもハッキリと新しい「ムシ」が生まれる兆候を感じているようだった。でも、初めてなので、ちゃんと認識が出来なかったみたい。
それより先に、宇都宮の手塚真琴から連絡が来た。地図で確認すると宇都宮と水戸は意外と近いのだが、それでも六十キロ近く離れている。にもかかわらず真琴に新しい「ムシ」が生まれる兆候が感じられたのは、彼女の能力のお陰なんだろう。そう言えば彼女は、七十キロ離れた白河市の有我日和の時も、ちゃんと兆候を察して駆け付けたと言う。
いずれにせよ天音は、「夕方まで待ちましょう」というメッセージを三人に投げて、両親と一緒に車で水戸へと向かった。
★★★
茨城県の水戸が首都圏かと言うと、微妙だと思う。東京から百キロほど離れていて、JRの特急でも一時間ほど掛かる。父の正史によると、今は自宅勤務メインのサラリーマンが大勢いて、週に一回くらい東京のオフィースへ出社するような勤務形態であれば、水戸でも充分に通勤範囲だとの事。それを考えると、首都圏という事になるんだろうけど……。
その日は天気が良くて、二月だとは思えない程のポカポカ陽気だった。
何年かぶりに訪れた水戸の梅まつりは、思いの外に賑わっていた。満開の梅の花は想像以上に見応えがあって、天音は「夜も見たい」と思ってしまった。どのみち、この辺りで「ムシ」の子が生まれるとしたら、今夜も来られるかもしれない。別に地元の沙良や繭菜に任せても良いのだけど、この時点で天音は、『自分も立ち会いたい』と思い始めていたのだ。
ゆっくりと梅の花を見て回った後、天音は意を決して両親に「新しい『ムシ』の子が生まれるので、自分だけ残りたい」と伝えた。母の涼子が「仕方がないわね」と言ったので、正史も渋々ながら了承してくれた。
「今の天音なら大丈夫だとは思うけど、充分に気を付けるのよ。絶対に危険なことはしちゃ駄目だからね」
「分かってるよ」
それでも夕方までは時間があるので、母の涼子が寄りたいと言った手作りパンの店までは付き合った。そこで自分の分の夕食を買った天音は、先に帰る両親を見送った後、取り敢えず近くのショッピングモールで時間を潰すことにした。
翌月から高校生になる天音だが、相変わらず背は低めで痩せている。割と童顔な事もあって、見た目は中学生に見えるかどうか微妙な所。案の定、手頃な小物店を出た所で、誰かが通報したのか、駆け付けた警察官に補導されそうになった。その時に初めて気付いたのだが、そこはゲームセンターとは目と鼻の先の場所だったのだ。
最近は治安が悪い事もあって、小学生が一人でいたりすると直ぐに補導されてしまうようだ。つまり天音は小学生と間違えられた訳で、生徒手帳を見せて中学生だとかってもらえたのだが、それでもなかなか解放してくれない。
「だいたい、女の子が一人でぶらついてちゃダメだろうが」
「そうなんですか? 私、いつも一人ですけど」
「まあ、その髪の毛を見りゃ、だいたい想像できるけどな。あんまり遊んでばかりだと親が泣くぞ」
天音は、横柄な態度の警官二人の前で、これ見よがしに溜め息を吐いた。そして、こういう時の為に持ち歩いている紙切れを取り出して、彼らの前に差し出す。金髪が地毛だという証明書だ。
ところが……。
「あのなあ、そんなもん、幾らでも偽造できるんだ……。まったく、恥ずかしくないのかね」
「やっぱり、一度、署に来てもらおうかな」
天音は、真面目に相手をしているのが面倒になって来た。二人の警官は、天音を逃がさないようにと壁際に立たせている。まるで、事件の容疑者を相手にしているような態度だ。
若い方の警官が、おもむろに天音の手を掴んで来たので、薄っすらと身体に光を纏った。最近の天音は慣れてきて、明るい所だと相手に気付かれない微量の光で、身体の実体を失くす事が出来る。
それでも違和感はある訳で、警官二人が困惑の表情を浮かべた時には、既に天音は壁をすり抜けて外に出ていた。そこは三階だったけど、一瞬で翅を出現させたので問題は無い。そのまま人手の無い路地裏を見付けて、こっそりと地上へ舞い下りた。
ファーストフードのお店でも探そうと思って歩き出して直ぐに、運悪く柄の悪い男子高校生三人組に出くわしてしまった。咄嗟に身を隠そうと思ったけど、生憎と逃げ場所なんて無さそうだ。それに裏道なので道幅も狭くて、隅に寄る訳にも行かない。
案の定、次々と声を掛けてきた。
「あれ、君、一人なの?」
「迷子ちゃんかな?」
「こらこら、小学生にちょっかい出すとか、お前ら、相当にロリだな」
「俺は、単に心配してるだけだぜ。なあ、お嬢ちゃん?」
さすがの天音も、面と向かって小学生とか言われると傷つく。
「小学生じゃありません」
「おっと、中坊)だったか。わりいわりい」
「あのー、私、もうすぐ十五歳なんですけど」
ムッとして口を滑らせたのがマズかった。
「うわあ、合法ロリじゃん」
「いやいや、十五でも普通にロリだろ」
「てか、幾つだろうと、こんなとこに女子が一人で来ちゃ駄目なんじゃないかな?」
そんな会話を聞きながら表の通りに出て、ようやく気付いた。そこは、いわゆる歓楽街。スナックやバーの看板が並ぶだけじゃなく、あちこちにエッチなお店まであって、まだ夕方なのに客引きの男が道行く人に声を掛けている。
「良く見りゃ、お前って割と可愛い顔してんじゃん。ちょっと、そこのカラオケでも行かねえか?」
男子の一人が馴れ馴れしく話し掛けて来る。さっきはロりとか言ってたってのに、とんでもない手のひら返しだ。
三人とも背が高くて、顔を見るだけで首が痛くなっちゃう。頭は悪そうだけど、女子にはモテる勘違い男子なんだろう。彼らの髪の毛は、天音に似た淡い茶色。もちろん地毛じゃないだろうけど、そのせいで天音も同類だと思われたのかもしれない。
別の男子が急に天音の手を掴んだ。彼にグイグイと引っ張られて、天音はビルの中に押し込まれてしまう。そのままエレベーターに乗せられて、気が付くと個室の中にいた。
「お前ってさあ、意外と堂々としてんだな」
「最初は大人しそうに見えたけど、結構、遊び人だったりして」
好き勝手な事を言ってるけど、無視する事にした。天音は、男子の一人が持って来たコーラをごくごくと飲んだ。喉が渇いていたので、ちょうど良かった。
その間に一人がアニソンを歌い出す。一気飲みしたグラスをテーブルに置いた時、隣の男の手が太ももに伸びてきた。潮時だと思った天音は、瞬時に身体を光らせる。途端に三人が騒ぎ出したけど、その時、既に天音はビルの屋上にいた。
さっきの男の子達は、急に部屋の中が光で真っ白になって、随分と驚いた事だろう。光が消えた後に残ったのは、銀色の粒子とラベンダーの香り。天音の姿は何処にも無くて、きっと狐につままれた感じだったに違いない。
★★★
ビルの屋上で変異を解いた天音は、スマホで時刻を確認した。午後五時二十二分。まだ早いと思った天音は、さっき買ったパンをウエストポーチから取り出して食べ始める。今のうちに腹ごしらえだ。
食べながら、これまでの事を思い返す。以前の天音だったら、ビビりまくっていた事だろう。でも、最近の天音は、ちっとも怖いだなんて思わない。
「ムシ」になって、もうすぐで三年。自分でも随分と度胸が付いたと思う。
さあ、行きましょうか。
再び舞い上がった天音が目指したのは、郊外の丘の上にある住宅地だった。
だいぶ夕陽が傾き出していて、辺りは既に薄暗い。眼下に広がる水戸の街は、徐々に灯りが点き出している。
やがて、目的の一軒家を探し当てた天音は、サッと周囲を見渡した。どうやら、沙良と真琴と繭菜の三人は、まだ来ていないようだ。
『まあ、良いや』と思った天音は、徐々に高度を下げて行く。そして、その家の中へと飛び込んで行った。
END166
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
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