第7話 バイバイね…… 12 ―ホムラギツネ究極体―
12
野獣の様な咆哮をあげて、萌音は姿を変えた。
その姿はこれまでのホムラギツネとは違っている。
二本足で立つ姿は"最初"の姿に近いが、見た目に人間らしさが無い。
目は吊り上がり、口は裂けていて、鼻は高く狐そのもの。腕もそうだ。四つ足で暴れていた時に近い。ただ、色が違う。現在の彼女は"黒い"。心が黒く染まるという萌音の言葉を表す様に、白かった筈の体毛が黒く染まっている。
そして、新たな姿に変わったホムラギツネは炎も纏っている。その炎もまた黒い。まるで墨で描いたかの様な漆黒の炎が彼女を包んでいる。
「先輩……嫌だよ……」
芸術家を止められなかったアイシンは涙を流した。
……が、この涙はすぐに止まる事になる。激しい衝撃がアイシンに襲い掛かるからだ。
「ギィーーーーーーェーーーーーーー!!!!」
ホムラギツネは体を仰け反らせて再び吠えた。この叫びは萌音の嘆きなのか。直後、ホムラギツネの炎は激しさを増して、一気に教室全体へと広がっていく。否、教室だけではない。炎は校舎全体へと広がった。まるで爆発だった。実際に爆風も起こった。この爆風に吹かれ、アイシンは校舎の外へと飛ばされてしまう。
「あっ――」
と声を発せられた時には既にアイシンは宙を舞っていた。
そして、空中でアイシンは見る。それは母校の崩壊だ。爆発的に広がったホムラギツネの炎は、輝ヶ丘高校を焼き尽くすどころか本当に爆発させた。二十年もの間、子供達を見守り、そして送り出してきた校舎は、たった一瞬で瓦礫へと変わってしまったのだ。
もしも吹き飛ばされずに校舎に居たままであったら、英雄といえどもアイシンは命を落としていただろう。
では、萌音はどうなったのだろうか。この疑問を抱いた時、アイシンは校庭へと落ちた。
輝ヶ丘高校の校舎は三階建てである。受け身を取れずに落ちれば英雄であれど痛みはある。あるが、アイシンは呻き声すら発しなかった。萌音の安否が知りたかったからだ。
「せ……先輩……」
顔を顰めて立ち上がると、アイシンは瓦礫となってしまった校舎を見た。
アイシンが落ちた場所は、空が割れるまでは勇気がいつも昼食を取っていた校庭の隅にあるベンチの近く。この場所からならば、顔を左右に動かすだけで輝ヶ丘高校全体を見渡せる。
「そんな……そんな……!!」
アイシンは焦った。校舎の残骸の所々からは黒い炎が見えるがホムラギツネの姿は見えない。萌音は学校と共に死んでしまったのか。
「そんな……嘘だ!! 嫌だよ!!」
アイシンは嘆いた。
だが、再びの涙を流す暇すら、アイシンには与えられない。
「ギィーーーーーーェーーーーーーー!!!!」
「あっ!!」
ホムラギツネの声が聞こえた。アイシンは萌音らしからぬ声なれど安堵を覚える。
けれど、これは感動の再会とはならないとすぐに理解した。
ホムラギツネは、瓦礫の山の頂上から己に覆い被さっていた瓦礫を弾き飛ばして現れると、「ギィ……ギィ……!!」と体を上下に動かして辺りを見回した。「何を探しているの?」とアイシンは疑問を抱くも、牙を剥き出しにしたホムラギツネと目が合った瞬間に、ホムラギツネの探し物が何かを知る。
「ギィ……ギィ……!!」
「先輩……」
英雄であるアイシンの視力は常人を超えている。
瓦礫の山に立つホムラギツネとの距離は遠い。こちらを向いていると分かりはしても、相手が瞳の中でどんな想いを抱いているかは確実に量れない距離だ。しかし、それは常人であればだ。普通の高校生であったならばだ。アイシンは英雄だ。遠く離れていてもアイシンには分かった。
ホムラギツネの瞳の中には殺意があった。それもアイシンを見付けた瞬間に光る様に、否、それとも沈む様に生まれた意思であった。
アイシンと目が合うと、ホムラギツネの呼吸は荒ぶり始めた。体を上下させ始めた。鋭い牙からは涎も垂れる。
「ギィェーーーーーー!!!!」
吠えると同時、ホムラギツネはアイシンに向かって走り出した。
二人の距離は遠い。二人が普通の高校生のままならば、アイシンが逃げ出せばぶつかり合わなくとも済んだであろう。
しかし、二人は英雄とバケモノだ。逃げたところで追い付かれると分かる。
「やっぱり私達は戦い合わなきゃいけないの……」
アイシンは自分自身に問い掛けた。人間へと戻った萌音と心を通わせた後なのだ、アイシンの決意は揺らいでいた。
揺らいでしまっているが、自分が成すべき事を見失うアイシンではない。
アイシンは、拳を握る。
萌音との掛け替えのない想い出をその胸に抱きながら……。




