第7話 バイバイね…… 11 ―白と黒と赤と青、そして絶望―
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「なにそれ、どういう意味……」
「言ってませんよねぇ? もし言っていたとしたら、それは申し訳ない♪ 私の嘘ですぅ♪」
「先輩、騙されちゃダメです!」
芸術家は揶揄う様に頭を下げたが、アイシンは見ない。自分の体を支えてくれている萌音に向かって「コイツが今言っている事が嘘、惑わされちゃダメ!!」と自分の考えを伝えた。
「惑わそうとしてくる時点で、自分が不利だって暴露してるのと同じだよ、先輩、騙されちゃダメ!」
「ホホホォ♪ 英雄さん、私が嘘をついていると言える根拠がありますかぁ?」
「そんなの無いよ! でも分かる!!」
「ホホォ♪ 無いなら真田さんを惑わしているのはどっちですかぁ♪」
「煩い、嘘つくなって!!」
「ですからぁ♪ 嘘だと言える根拠は無いのでしょう? それでしたらですねぇ、私の話が嘘ではないという証拠を教えて差し上げましょうか……ではでは、私が指す場所をよぉく見ていて下さいね♪」
芸術家はそう言い、右手に持った筆で自分の顔を示した。
「私の顔は真っ白です♪ 白以外にありますか? 他の色は? いいえ♪ 白以外にはございません♪ では、ピエロさんの顔を思い出してみて♪ 彼の顔は何色ですか? そう♪ 白です♪ お鼻はちょっぴり灰色ですが♪ 彼の色も真っ白です♪」
「煩い!! アンタとピエロの顔色が何色なんてどうでも良いよ!!」
三角形が連なった高い鼻を筆で指した芸術家に向かってアイシンは吠えるが、芸術家は応じず、続けて自分が身に付けている白装束を筆で撫でた。
「魔女さんはどうでしたかぁ? 彼女のローブは私の服とは反対に真っ黒ですがぁ♪ お顔は私と同じく真っ白だ♪」
「だから、色なんてどうでも良い!! 《王に選ばれし民》には色が無い!! あっても白か黒か灰色、そのどれかだってそんなの私だって知ってるよ!!」
「ホホォ♪ 桃色の英雄さんは物知りだぁ♪ そうなんですぅ♪ 貴女たち英雄とは違って、私達には色が無いのです♪ 私達が作った物でもそれは同じなんですぅ♪ バケモノでも♪ 兵器でも♪ 《王に選ばれし民》が作った物は全てそうなのです♪ 一切の例外はございません♪」
「だから、それが何の関係があるっ――えっ!!」
アイシンは芸術家がどんな言葉を並べ立てようが全て言い返そうと決めていた。芸術家の発言は嘘でしかないと切り捨てたからだ。しかし、自分が言い返した言葉の中に"矛盾"を見付けてしまった。
「まさか……えっ、いや、そんなはず――」
「ではでは♪ 石の色はどうでしたか?」
「それは……えっと」
芸術家はアイシンに問い掛けながら筆の毛先を向けてきた。
アイシンは答えられない。萌音も同じだ。二人が言葉に詰まった理由は芸術家の質問の答えが分からないから……ではない。逆だった。分かってしまったから言葉に詰まったのだ。
「ほら、答えて♪ 分からないのですか? 答えはもう、私が何度も口にしていますよ♪」
「……」
「……」
「ほらほら、早く答えてぇ♪」
芸術家は筆をゆらゆらと揺らす。
アイシンと萌音は二人して唇を噛んだ。悔しかったからだ、認めたくなかったからだ。しかし、認めなければならないと先に観念したのは萌音だった。
萌音は唇を噛んだまま、芸術家の質問に答えた。
「赤と……青……でしょ?」
「そう♪ 大正解です♪ 流石、真田さんだぁ♪ 流石、輝ヶ丘焼失作戦の実行者ぁ~~♪ それではぁ♪ 何故、私達と違って石は色を持っているのか、その理由が分かりますかぁ♪♪」
これには萌音も答えられない。
代わりに答えられたのはアイシンだ。
「《王に選ばれし民》が作った物ではないから……とか……いや、でも、そんな筈ない!!」
「OH♪ 英雄さんも乗ってきてくれましたかぁ♪ 嬉しいですよぉ~~♪ そして、そしてぇ♪ 大正解でございますぅ~~♪」
芸術家は、パチパチと手を鳴らした。
「そう♪ 赤と青の石は私達が作った物ではないのですぅ〜〜♪ だから誰も止められない♪ 正直に申し上げますと、一度でもスイッチが入ってしまったら《王に選ばれし民》である私でも止められない物なのですよぉ♪」
「嘘つかないでよ! だったら、いったい誰があんな物を作れるの? 怒りや、愛を、感情を利用する兵器を作れるなんて《王に選ばれし民》以外に考えられない!!」
アイシンが叫ぶと、芸術家は「ふふん♪」と鼻を鳴らした。
「まぁ、"現代人"である貴女達の常識ではそうでしょうねぇ♪」
「現代人……何それ」
芸術家の発言に引っ掛かりを覚えたのは萌音だった。
「 流石ですねぇ、真田さんは目の付け所が良い♪ 頭が切れます♪ そうです♪ そうです♪ 貴女達は現代人♪ そして、私達は貴女達からすれば――」
芸術家はまた白毛の筆を自分に向けた。
「"未来人"なのですぅ~~♪♪♪」
芸術家は続けて「ホホホホホォ〜〜〜♪」と高笑う。
「驚いた表情をしていますねぇ、真田さん♪ 貴女との付き合いの中でも話してはいませんでしたからねぇ♪ ですが、本当の話なのですぅ♪ 私たち《王に選ばれし民》は未来から来た♪ そして、私達が作った物と勘違いしてしまう程の能力を持った赤と青の石もまた、未来からやってきた物なのです♪ 遠い遠い未来から遥々とぉ〜〜〜♪♪♪」
芸術家は自慢気に両手を広げる。
そんな芸術家に対して、アイシンも萌音も何も言い返す事が出来ない。ただ黙って唇を噛み続けて、悔しさを誤魔化すしか出来ない。
「赤と青の石はぁ、私達がやって来た未来でもとっくの昔に製造が禁止された兵器なのですがぁ♪ 私は愛を破壊に利用するという、とっても芸術的な発想に惹かれてぇ、この兵器がお気に入りなのですぅ♪ そして、そして♪ 私はこの時代に来る前に、こっそりと密輸業者から仕入れていましたのでぇ♪ 今回の輝ヶ丘焼失作戦に使用させていただきましたぁ~~♪」
芸術家は玩具を自慢する子供の様な表情を浮かべていた。
邪悪に歪む逆三角形の目は萌音に向けられている。
「だって、この兵器から発想を得たのですからぁ♪ 作戦に利用しない理由はないですぅ♪何の話だか、分かりますか? 分からないですよねぇ♪ 貴女達二人はホムラギツネの能力が赤と青の石だと勘違いしていたのですからぁ♪ 私のカモフラージュが見事に成功したという事だぁ~~♪♪」
「発想を得た……カモフラージュ?」
アイシンは芸術家の発言の意味が分からなかった。萌音も同じだ。二人は顔を見合わせるしかない。
「う~ん♪ お二人は本当に仲がよろしいですねぇ♪ 仲が良いからこそ、私の芸術は成功しましたぁ♪」
「ちょっと、マジでどういう意味!!」
「ホホホォ♪ あまり勿体つけると英雄さんに殴り掛かられそうですね♪ そろそろネタバラシをした方が良さそうですねぇ♪」
芸術家は筆を持った右手をゆっくりと頭の上にあげた。
「しかし♪ ただ話すだけでは面白くありません♪ では、ここで問題です♪」
「問題……?!」
「そうですよ、英雄さん♪ 真田さんもお分かりになれば答えていただきたい♪ 真田さんに関する問題なのですから♪ ではでは、第一問♪ 真田さん、貴女がいま人間らしくいられている理由は何故でしょう? この答えは簡単ですね♪ 私が貴女からホムラギツネの力を奪ったから♪ 」
芸術家は問題を出題しておきながらもアイシンと萌音に答える隙を与えなかった。
そして、続けての問題も出してくる。
「では、第二問♪ 私が真田さんからホムラギツネの力を奪わなければ、真田さんの運命はいったいどうなっていたのでしょうか? う~ん♪ この問題も簡単過ぎましたねぇ♪ 正解は、真田さんは死んでしまっていましたぁ~~♪ だから私は言ったのです、貴女方二人が最期を迎える前に和解のチャンスを与えたと♪ ではでは、第三問♪私がこの筆を一振りしたらどうなるでしょう? はい、これもまた簡単♪ 真田さんはまたホムラギツネとして邪悪に邪悪に破壊を始めるのですぅ♪」
「そんな筈ない! 私は桃ちゃんから愛を貰った、心の中に黒いものなんてもう無いし、邪悪になんてならない!!」
芸術家に対して萌音は言い返したが、芸術家は「真田さん、それは不正解ですよ♪」と返してきた。
「私はピエロさんと違って嘘つきではないのですからぁ♪ 出会った時と同じです♪ 私が筆を一振りすれば、ホムラギツネの力は貴女に戻り♪ 貴女はまた心を真っ黒に染めるのですぅ♪」
「ならない……ならないったらならない! アンタと出会った時に私がそうなったのは、私の心の中にあった染みくらいの黒い感情をアンタが増やしただけでしょ? 私が言っているのは、その小さな感情も、桃ちゃんがくれた愛のお陰で消えたって言ってるの! だから、もう私はバケモノになんて――」
「成らないと?」
「そう、成らない!!」
「先輩は成らないよ……バケモノになんて成らない!!」
萌音は断言し、アイシンもした。アイシンは萌音を信じている。アイシンは萌音を深く知っているからだ。
「先輩は最初からバケモノになんて成らない人間だったんだ! それをアンタが変えたんだ!」
「ホホホォ♪ 乙女の友情、そして愛情ですねぇ♪ 私も人間であれば貴女達の姿に感動し、涙を流した事でしょう♪ ですが、私は《王に選ばれし民》……そうはならない♪ 貴女達に最後の問題です♪ 私はさっき赤と青の石から発想を得たと話しました♪ それはどんな事に関しての発想でしょう?」
芸術家は『最後の問題』と言うが、最前と同じだった。
アイシンと萌音に答えさせる時間も、考えさせる時間も与えなかった。
「答えは簡単です♪ 新たなバケモノにどんな能力を与えるかという発想です♪ 真似たのは、赤い石の方ではございません♪ 愛を利用する青い石の方です♪ 青い石は愛を得ればその能力を発動させる♪ そうですよね? そして、この発想から誕生させたのがホムラギツネなのです♪ そうです、そうです♪ ホムラギツネもまた、愛を得れば得る程に、力を得るバケモノなのですぅ♪ 桃色の英雄さん、貴女が青い石に愛を注いでしまった時、ホムラギツネはどうなりましたか? 野獣の様な暴走を始めましたよね? そうなんです……あの瞬間、ホムラギツネの方にも貴女は意識せずに愛を注いでしまっていたのです♪ ホムラギツネは貴女の愛を得て、抑え切れぬ力を得たのですよ♪ 更に更に♪ 英雄さん♪ 貴女はこの場所でもまた、野獣と化してしまったホムラギツネの意識を取り戻させる程の愛を、真田さんに注いでしまった♪ その愛がどんな悲劇を生むのか理解出来ますか? もう終わりなんですよぉ♪ ホムラギツネの力は、もう……真田さんがどんなに善人だったとしても、逆らえない程に強くなってしまっているのですぅ♪ さよなら真田さん♪ ホムラギツネの力が貴女に戻った時、人間としての貴女は死ぬぅ〜〜♪」
「そんな……愛を得れば得るほどに」
仮面の中で桃井愛の顔が歪んだ。恐怖と、不安と、焦りに、震えてもいく。
「愛を得れば得る程にバケモノとしての力を増し、殺戮を繰り返す……それがホムラギツネなのですぅ〜〜♪」
「嘘……だよ……」
萌音は呟く。
「嘘じゃないですよ♪ 狐を化かす程、私は冒険者ではない、私は芸術家♪ 全ては芸術の為の実験でしたぁ♪ 楽しい♪ 楽しい♪ 実験♪ 私も様々なバケモノを作ってきましたがぁ♪ 愛を利用して強くなるバケモノなんて作った事はありませんでしたぁ~~♪ 何故ならばバケモノは、悪意や、心の闇から生まれるのですからぁ♪ でもでも♪ 青い石の様に愛を得れば得る程に強くなれるバケモノを誕生させられればぁ、それは《王に選ばれし民》にとっての革命になるぅ~~~♪ 私はそう考えたのですぅ♪ 考えたのならば、即行動です♪ 私は愛を力に変えるバケモノを生み出す為に、心の中に闇を抱えながらも、悪人に成っていない……且つ、愛を欲している人間を探しましたぁ~~~♪ 色々な人間にバケモノの力を与えてみて、トライアンドエラーです♪ ですが、やはり悪人に成っていない人間の闇など浅いもの♪ バケモノにならない人間ばかりでした♪ しかし、真田さんは違ったぁ〜〜♪ バケモノの力を与えた途端に心を黒く染めてくれたぁ~~♪ 私だって驚きです♪ 何故、私と出会うまで悪人に陥らなかったのかが不思議なくらいに濃くて深い闇でした♪ きっと真田さんは、自分自身を律し、制御出来る素晴らしい人間なのでしょうね♪ ですから悪人にはなっていなかった♪ でも、私が背中をポンッと押すと抑えていた分あっという間に――」
「やめて!! もう先輩を傷付けないで!!」
アイシンは吠えるが、芸術家は黙らない。
笑う、歌い続ける。
「傷付けているつもりはございませんよぉ〜〜♪ 私は真田さんを称賛しているのですからぁ〜〜♪ だってそうでしょう? バケモノになった後も、真田さんは素晴らしかったぁ♪ 真田さんの人生を考えてみて下さい♪ 普通の人間ならば、バケモノになって何をしますか? お父さんの復讐、または自分にトラウマを植え付けた男への復讐……そんな感じでしょう? それが真田さんは、愛する人達と一緒に死にたいと考えた♪ こんなバケモノ他にいませんよ♪」
「やめてって言ってんじゃん!! やめてって言ってんだよ!!」
アイシンは走った。拳を振り上げ、芸術家に向かって。
萌音の支えは既に無かった。萌音は震えていた。震え、頭を抱え、絶望に堕ちた瞳で虚空を見詰めていた。
「ホホホホホォ♪ やめては貴女に言いたい言葉ぁ♪」
芸術家はやはり嘲笑う。芸術家にとっては激昂するアイシンも、絶望する萌音も玩具でしかない。
アイシンの攻撃はやはり意味をなさなかった。
芸術家には当たらなかった。
筆を持った右手を頭上にあげたまま、芸術家はアイシンの攻撃を避け続ける。
「英雄さん、英雄さん、桃色の英雄さん♪ 私は貴女も素晴らしいと思っていますよ♪ 何故ならば、野獣と化したホムラギツネの意識を取り戻させる程の愛を貴女は持っているのですからぁ♪ だから、私は貴女達二人に想い出作りの時間をプレゼントしてあげたのですぅ♪ 死後の世界に行ったら二人で想い出を語り合ってください♪ あっ、でもでも真田さんは地獄行きかもしれませんから英雄さんと語り合う事は出来ないかもぉ〜〜〜♪♪」
「煩い!! 煩い!! 煩い!!」
アイシンは何度も何度も拳を振った。当たりはしないが、それでもアイシンは諦めない。
「ホホホォ♪ さぁさぁ……これからです♪ これから最後の実験を行いましょう♪ 野獣と化したホムラギツネの意識を取り戻させた英雄さんの愛は、真田さんをどんなバケモノに変えたのでしょうかぁ~~~~♪」
「やめて!!」
芸術家は右手を振り下ろそうとした。
筆が振られてしまえば、萌音にバケモノの力が戻ってしまう。アイシンは芸術家の動きを止めようと右手に手を伸ばす。
「やめて……」
萌音は奇跡を信じて目を瞑った。
しかし、奇跡は起きない。
「ホホホォ~~~♪」
芸術家は笑いながら筆を振った。
「ギィーーーーーーェーーーーーーー!!!!」




