第7話 バイバイね…… 8 ―彼女に何があったのか―
8
「空が割れて、《王に選ばれし民》が現れたあの日……私は願ってしまったんだ」
「願った、何を?」
「このまま、輝ヶ丘ごと、みんなと一緒に死ねないかな……って」
「え……?」
「『何でそんな事を?』って……思うよね。私も、昔の私だったら、桃ちゃんと同じ風に疑問に思ってたと思う。だけどね、私、疲れちゃってたの……」
「……」
『疲れちゃってた』、アイシンはこの言葉に、萌音が抱えていた苦悩や悲しみが全て詰まっていると思った。
「お父さん……本当に何も相談してくれなかったんだ。でも、私、さっき桃ちゃんに言われて、やっと気が付いた。私はお父さんに似てるんだなって。私も同じ事してたんだなって。何も教えてくれないで、一人で悩んでたって知って、私も凄く悲しかったのに……後で知っても何も出来ないんだもんね。力になりたいなって思っても、全てが終わった後じゃ、後悔しか出来ないよね。私も、お父さんの力になりたかった……だから桃ちゃんごめん。弱音を吐きたくないとかじゃなくて、ちゃんと桃ちゃんに相談すれば良かったね」
「ううん、謝らないで下さい。これからだから、これから、力にならせて下さい」
「桃ちゃんは本当に優しいな。私は桃ちゃんに酷い事をしたのに……ごめんね」
萌音に謝られると、アイシンは「謝らないでよ」と返した。
嘘はない、アイシンは本心としてそう思っていた。
ごめんよりも、萌音に何があったのかを知りたかった。アイシンは萌音の力になりたいと思うから。
「どこから話せば良いだろ。話そうと思うと、何を話せば良いのか分からなくなる……」
萌音は頭痛を抑える様に頭を抱えた。
その姿を見て、アイシンは励ます様に言う。
「どこからでも良いです。全部話してほしいですけど、先輩が話しやすい順番で良いですよ」
「うん……そっか、分かった。でも、始めから話した方が良いよね」
そう言うと萌音は、深く息を吸った。
「ふぅ……」と吐き出すと、萌音は話し出す。
「えっと、お父さんの店は桃ちゃんも知ってるよね? あそこ……結構前から経営が厳しかったんだ」
萌音の父は輝ヶ丘の隣町で『洋食レストラン ボーノ』という飲食店を経営していた。
開店から三十年以上も続く老舗で、初代店主は萌音の祖父。萌音の父は二代目として引き継ぎ、細々と経営を続けていた。
「ここ数年で経営が厳しくなってるって事は、私もお母さんも知ってはいたの。でも、次の話は誰も知らなかった、お父さんが死ぬまでね……死んだ後に日記が出てきたんだ。それを読んで、私は驚いた。否、呆れたって方が正しいかな。ねぇ、桃ちゃん、未公開株って分かるかな?」
「あっ、はい……何となくは」
「うん、何となくで良いよ。その"未公開株"なんだけどね、それをね、お父さんに『買わないか?』って持ち掛けた人がいたみたいなの」
アイシンは驚いた。
高校生のアイシンでも怪しい話と思えたからだ。
「あの……でもそれって、私あんまり良いイメージ持ってないですけど」
「だよね……でも、お父さんはそうじゃなかった。人が良いと言うのか、嘘つきなんかこの世には居ないって感じの人だったから。日記を読んでると笑えてきちゃうくらい。あの人は、話を持ち掛けられた時から、ずっと相手を信用しきっていたんだ」
萌音は唇を歪めた。
本心からの笑みではない。自虐的な笑みだった。
「話を持ち掛けてきたのは、常連って程じゃない、何度か店に来たくらいの客だった。お父さんの日記には『店の経営の事まで心配してくれる良いお客さんだ』って書かれてた。そんな訳ないのに……口車に乗せられて、話を持ち掛けられてから数週間後には、もうお金を騙し取られてた。気付いた時には、既に詐欺師は逃げていて、取り返しがつかなかった。お父さんは……いや、真田家は、一文無しどころか、借金を抱えさせられていた」
それから萌音の父は、家族の誰にも言わずに店を売ったという。
「この頃は最悪だったよ。親は毎日喧嘩してるし、まだ今の方がマシなくらい。当然だよね、お父さんは詐欺に引っ掛かったって誰にも言わなかったし。店を売る理由も経営難からの先走った行動としか私もお母さんも思ってなかった。経営が厳しいにしても、まだ閉めるには早過ぎる位にはお客さんは来てたし、私とお母さんはお父さんを責めた。でも、一番悩んでいたのはあの人で、詐欺に引っ掛かった理由も私たちの為だった……瑠樹や大翔の学費はまだまだかかるし、私の大学の事もある。私は、元々奨学金を借りて通うつもりだったけど、日記を読んだら『子供に借金を抱えさせる親は最低だ』とか書かれてて。笑えるよね、自分は借金作ってるくせにさ、矛盾してるし、偏見と独断が過ぎるんだよ。兎に角、子供の為にお金が欲しかったみたい。そして、店を売っても借金は失くならなくて、家も売る事になった。誰も意味を分かってなかった。お母さんも私も混乱して、『何でそんな事になるの』って、またお父さんを責めた。それから暫くしてだよ――」
萌音は大きな溜め息を吐いた。
風が吹き、萌音の前髪が顔を隠す。
掻き上げる時、涙が見えた気がした。
「店と家を売って、それでも借金は半分残った。でね、ここからが本当に馬鹿なの。馬鹿なお父さん……自殺しても死亡保険は払われないんだよ。借金なんかあると、特にだって。そんなのも調べないで、あの人は勝手に……」
「先輩、ごめんなさい。やっぱり――」
「いや、話させて。話してると少し楽かも。話す事で少し苦しくなくなるってあるんだね」
萌音が本心で言っているのか、アイシンには分からない。無理をしている様にも見える。
アイシンは『全部話して』と頼んだ責任を感じていた。
「家族が死んで、私たちの生活は一変した。それでも、この頃の私はまだ希望を持てていたかも」
「希望、ですか?」
「そう……ちょっとしたものだけどね」
萌音は再び髪を掻き上げながら、コクリと頷いた。
「お父さんの葬儀の日に、私は決意したんだ。お父さんを騙した奴を、必ず見付け出して、私の記事で晒し上げてやるって。でも、決意してからが大変だった。私はまず、先輩記者の蛭間さんに、父の遺品の日記を使って記事を書いてはダメですかって相談した。でも、これは即答された。『ダメだ』って返答……」
「何でですか?」
「犯人が逮捕もされてない事件だし、日記の内容も詐欺の手口を事細かく書いている訳ではないから、記事にするには弱過ぎるんだって。人の父親の死が関わってる事で『弱過ぎる』って、めちゃくちゃムカついたけど、でも冷静に考えてみると、私もそんな気がした。私が記者をさせてもらってる『toR.NEWS』って、どんな記事を投稿するかは、結構記者に任されている所だから、蛭間先輩のアドバイスは無視して記事にしても良かったんだけど、日記の中にはお父さんを騙した奴の名前は書いてなかったし、下手な記事を書いたら、犯人が海外逃亡とかそんな感じの雲隠れをする可能性もあるなっても思った。だから、その時は書くのをやめた……でも、私は諦めた訳じゃない。手元にある情報が弱いなら、調査を重ねて強い物を得れば良いんだって考えた。でも、いまにして思えば、あの時に諦めた方が幸せだったのかもね」
萌音はまた自虐的に笑った。




