第7話 バイバイね…… 4 ―ガキアイシン対ホムラギツネ―
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ホムラギツネの破壊行為は、ヘンゼルとグレーテルが森に落としたパン屑と同じだった。それを辿れば、辿り着ける。
ガキアイシンをホムラギツネの居る場所へと連れて行ってくれる道しるべとなった。
「やっと見付けた……あんなに町を破壊して、何考えてんの! しかも、結局ここに来んのかい!」
アイシンがホムラギツネを見付けた場所は、奇しくも輝ヶ丘高校だった。山下商店に行く前に萌音を探しに来た場所だった。
「もう何処にも行かせない! 絶対に捕まえてやる!」
ホムラギツネは高校の屋上に居た。フェンスの上に立ち、空に向かって吠えている。
その光景を睨み付けながら、アイシンは校門を乗り越えた。
今日は空が割れた日の様によじ登る必要はない。地面を蹴って高く跳べば、簡単に乗り越えられた。
輝ヶ丘高校は現在休校中だ。何処の扉も鍵が閉まっている。だが、正面玄関の扉のガラスが割れている。ホムラギツネが突進でもして壊したのだろう。
アイシンはガラスの破片が散乱した正面玄関を、慎重にもならずに破片を踏んで更に砕いて通り抜け、玄関の先にある階段へと向かった。
輝ヶ丘高校は四階建てだ。最上階まで駆け上がれば、若い学生でも疲れてしまう。しかし、それは普通の人間ならばの話だ。《愛の英雄》になれた彼女は、息切れもせずに駆け上がっていく。
「また壊してるじゃん……」
階段を上がり切ると、右方向を向けば、屋上に繋がる扉がある。その扉も突進を受けたのだろう。壊されていた。
「もう……猪突猛進過ぎるでしょ! 山から降りてきた猪のつもり!」
アイシンは「逃しませんよ、先輩!」とホムラギツネを呼びながら、枠だけが残された扉を通った。
だが、しかし……
「あれ? 居ない! 嘘……もしかして逃がしちゃった?!」
アイシンは一瞬焦った。屋上に出てみると、最前まで居た場所にホムラギツネが居なかったからだ。
屋上は平坦、隠れる場所は殆ど無い筈だった。
否、殆どなのだから、有るには有った。
「ギィーーーーェーーーー!!!!」
それは、アイシンの背後だ。アイシンが通り抜けた枠だけが残された扉の上だ。
塔屋の上にホムラギツネは居た。鋭い爪を立てながらアイシンに向かって跳び掛かってくる。
「あッ!!」
背後から聞こえた奇声で後ろを振り向けたアイシンだったが、気付くのが少し遅かった。
アイシンが振り向いた時には、ホムラギツネの爪がすぐ顔前にあった。もう避けられない。
「うわッ!!!」
「ギィーーーーッ!!!!」
ホムラギツネの鋭い爪がアイシンの肩を切った。同時にアイシンは押し倒される。
「ギワァーーッ!!!」
アイシンに馬乗りになったホムラギツネの口が開く……尖った牙が並ぶ口の奥には揺蕩う炎が見えた。火の玉だ。ホムラギツネはアイシンに向かって火の玉を吐くつもりだ。
「やられるかぁーーー!!!」
だが、アイシンは負けない。
アイシンは頭を上げる、口を開いたホムラギツネに頭突きを喰らわせる。
「ギィェーーーッ!!」
アイシンの仮面は変身者を守る鎧だ。ダメージを与えるに十分な硬さを持っていた。
頭突き受けたホムラギツネは奇声を発して、顔を歪めた。
この隙をアイシンは逃さない。
「エイヤーーーーッ!!」
巴投げだ。アイシンはホムラギツネの両腕を掴むと、素早い動きで投げた。
ホムラギツネは宙を舞い、硬いコンクリートの上に叩きつけられた。全身に痛みが走ったのだろう。ホムラギツネは悶絶して、ゴロゴロと屋上を転がった。
「先輩……私はあなたを倒しにっていうか、叱りに来た、止めに来たんだ。絶対反省してもらうから、絶対に昔の先輩に戻ってもらうから! その為にも、まずは大人しくなってもらいます!」
アイシンは立ち上がり、拳を握った。
アイシンは武器を持っていない。ガキユウシャの様に腰にホルスターは無いし、腕時計を叩いてみても、ガキセイギの様に大剣は出てこなかった。ならば素手で戦うしかない。
けれど、アイシンは『それで良い』と思っていた。『先輩に自分の想いを伝える為には、武器を使うよりも体と体でぶつかり合った方が良い!』と思っていた。
「行きますよ……ッ!!」
アイシンはホムラギツネに向かって走り出した。
「ギィェーーーッ!!」
ホムラギツネもそうだ。アイシンが走り出すと、ホムラギツネも立ち上がって、四つの足で走り出した。
「フンッ!!」
対峙すると、先制攻撃を仕掛けたのはアイシンだった。
アイシンはホムラギツネとぶつかり合う直前に跳躍し、空中で前宙を決めた。そのままホムラギツネの背後に降り立つ。
それから狙うのは尾だ。九本もある尾だ。
アイシンはホムラギツネの尾を両腕で抱え込む様にして一纏めに掴むと、ホムラギツネを持ち上げ、ジャイアントスイングが如く回転を始めた。
「ギィッーーー!!」
グルグルと回されるホムラギツネはこの状況から逃れる為か、尾を伸ばした。普段のホムラギツネの尾は一メートル程だが、彼女の尾は伸縮自在なのだ。
しかし、これはアイシンにとって好都合だった。尾が伸びれば伸びる程、ホムラギツネを振り回す力が必要になるが、アイシンは力持ちである。苦ではなく、まだまだ余裕だ。尾が伸びれば伸びる程、アイシンがやろうと考えていた攻撃が容易になった。
「エイヤーーーッ!!」
アイシンがやろうとしていた事、それは金網デスマッチ……ではないが、ホムラギツネを屋上のフェンスに叩き付ける事だ。
アイシンは回転したままホムラギツネをフェンスに叩き付けた。でもここからだ。まだまだ尾からは手を離さない。
屋上はフェンスに囲まれている。次は叩き付けたフェンスの対面にあるフェンスに向かってホムラギツネを振り回す。
「エイヤーーーッッ!!」
「ギィーーーーェーーーッッ!!」
連続して叩きつけられたホムラギツネは吠える。
吠えるがアイシンは止まらない。続け様に、ドンッ……と今度はコンクリート敷きの足元に叩き付けた。
それも一回ではない。
ドンッ!!
ドンッ!!!
ドンッ!!!!
連続して四回だ。
しかし、五回連続を許すホムラギツネではなかった。
「ギィーーーェーーーー!!!!」
五回目を実行しようとアイシンがホムラギツネを持ち上げて、一番高い場所、自分の頭上にまで持っていった時だった。ホムラギツネが尾を縮めたのだ。勿論、アイシンはホムラギツネの尾を持っている。持っているのだから、アイシンは尾の縮まりに引っ張られて宙に浮いてしまった。
「ヤバイ!!」
……と思ってアイシンは尾から手を離した。しかし、既に遅かった。
アイシンが手を離した時には既に、ホムラギツネは体を翻して下を向いていた。アイシンに向かって鋭い爪を立てた手を振り下ろしていた。ホムラギツネの尾が伸縮するスピードは速い、既に爪が届く距離にアイシンはいた。
「……ッ!!」
今度のホムラギツネの爪はアイシンを切りはしなかった。代わりに殴打だ。アイシンは顔面を殴られて、今度は自分が屋上に叩き付けられてしまった。
「ギィーーーェーーーー!!!!」
「あっ!!」
鋭い痛みが体を貫くも、気を失う程ではなく、アイシンはすぐに立ち上がれた。だが、ホムラギツネの着地もほぼ同時だった。
ホムラギツネは前足を上げて襲ってくる。鋭い爪を光らせて、硬い肉球で殴ってくる。右、左、右、左……と殴ってくる。
「やッ!」
「めッ!」
「てッ!」
「ってッ!」
ホムラギツネが前足を振り下ろしてくる度に、アイシンは交互に手を上げて、ホムラギツネの攻撃を振り払う。
何とか防げてはいる。けれど防戦一方だ。ホムラギツネの攻撃を振り払った後に自分も攻撃を仕掛けようと考えてはいるが、矢継ぎ早に繰り出されるホムラギツネの攻撃はホムラギツネの防御にもなり、アイシンに攻撃の隙を与えようとはしてくれない。
それどころか、ホムラギツネの攻撃を振り払う度にアイシンの手や腕には痛みが残る。
人間的な雰囲気を僅かに残していた頃と比べるとホムラギツネの肉球は硬い物になっているのだ。アイシンの防戦は徐々にキレが無くなっていく。
「あっ!!」
そして遂に、ホムラギツネが振り下ろしてきた左手を右手を上げて振り払った瞬間、アイシンはフラついてしまった。
「ギィーーェーーー!!」
この隙をホムラギツネは逃さなかった。
ホムラギツネは素早い動作で右手を振り下ろしてくる。
「あッッ――」
「ギィーーェーーー!!」
アイシンは左肩を叩かれて、背中から倒れた。
ホムラギツネは止まらない。奇声を発しながら、アイシンの腹を蹴ってくる。
アイシンは転がった。否、転がされた。続けてホムラギツネはアイシンの背中を踏みつけてくる。
二度三度と踏みつけた後は、両手でアイシンの肩を掴んで立ち上がらせると、首に手を伸ばす。
「うッ!!」
アイシンは放り投げられた。十メートルは飛び、フェンスにぶつかる、アイシンは再び倒れてしまう。
「うぅ……ヤバい、このままじゃ負ける……」
全身をフェンスに叩きつけられてアイシンの目は眩んだ。立ちあがろうとするが足もフラつく。
しかし、ホムラギツネは走っている。四足歩行で走ってくる。
ホムラギツネの次の攻撃は目の前に迫っている。




