第6話 剥がれた化けの皮 11 ―悪の計画―
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「ターゲットって何……?」
「聞かれなくても答えるよ、その必要があるからね」
威圧する様に萌音の力は強まった。萌音の爪が愛の肉に突き刺さる。
愛が痛みに顔を顰めると、萌音は「お前にはターゲット……いや、もっと正確に言えば"協力者"になってもらうんだ」と不敵な笑みを浮かべた。
「ねぇ、覚えてる? 私と桃ちゃんと果穂の三人で、昔々の映画を見た時の事。確かあれは、私が高一で桃ちゃん達が中三だったかな? 私の家でホラー映画見たじゃん? 確か『スクリーム』ってタイトルの? あの映画のラストって、事件の犯人が自分の目的とこれまでの悪行を主人公に語るよね? 主人公を犯人に仕立て上げる為にさ、あのラストを見てた時の私は『こんな事しゃべってないで、本物の殺人犯だったらさっさと主人公を殺しちゃうよね、ご都合主義が過ぎる」って生意気な感想を言ったけど、今の私はあの映画の犯人と同じだ。映画の中の犯人は観客に説明する為に語り、現実の私は桃ちゃんの為に話す……でも、映画の犯人と違って、私は桃ちゃんを犯人に仕立て上げようとは考えていない、逆に"協力者"にしようって考えてる」
昔話を話している内に萌音の表情は再び虚ろになった。魂が抜けてしまったかの様な無表情に。
「……」
そんな萌音を不思議に思って、腕の痛みに顔を顰めながらも、愛は萌音の様子を観察した。
腕を引かれる前にも萌音の表情の変化はあった。一瞬だけであったから見間違えと捉えてしまったが、いまの無表情を見れば見間違えではなかったのだろうと思われる。
では、萌音の表情は何故変転し続けるのか。『バケモノになってしまったのだから、情緒不安定なのだろう』としてしまえばそれまでだが、正義や勇気から聞いたデカギライの特徴には激昂はあっても"無"はなかったのだから、愛は『この"無"はバケモノ特有のものとは違う』と結論付けた。
『だったら、この"無"は何だろう?』とも愛は考える。態度は"無"になっても、言動や、愛の腕を引く行動はバケモノになる前の萌音とも違っている。『まるで中途半端……』、愛はそう捉えた。現在の萌音はバケモノとも人間とも違う"中途半端な場所にいる"と。そして、この考察が正しかったと教える様に、萌音の表情は再び変貌する。
「ねぇ……話し掛けてるんだからさぁ、黙ってないで何か返事したらどうなの? つかしろって、私は説明するのに手いっぱいなんだよ、面倒なのに説明してやってんだからお前も何か答えろよぉ!!!」
萌音は早口でそう言うと、突如激昂した。驚いた愛が返答出来ないでいると、萌音は髪の毛を振り乱しながら後ろを振り向き、牙を剥いた獣の様な表情を愛に向けてくる。
「おい、説明してやってるんだよ、何か言えよ……」
「な……何かって、何を?」
「何でも良いだろ、お前に話し掛けているのに私だけが話してるのは可笑しいだろ……例えば、赤い石はいったい何の為に存在しているのか、とか聞きたい事はないの?」
萌音の表情は再び虚ろになった。
しかし、すぐにまた元に戻る。
「聞きたい事はないのかって聞いてんだよ!! サッサと答えろ!!」
萌音は金切り声で怒鳴り、帳場へと踏み込んだ。
山下佳代がいつも寛いでいる帳場には、一脚の椅子が置かれている。その椅子のすぐ後ろには暖簾が下がっている。店舗エリアと佳代の住居エリアを仕切る形で下げられている物だ。
萌音は暖簾をくぐり、佳代の住居エリアへと愛を進ませた。
「あ、赤い石が何の為に存在してるのかって、アレは発火装置じゃないの……そう思ってるけど」
「あぁそう……まぁ、そうだよね、私の記事を読めばそう思うよね」
暖簾をくぐると逆だった。暖簾をくぐった途端、萌音はまた"無"に戻った。
「違うんですか?」
「いや……違くはないよ。でも、それだとまだ言葉が足りないかな。赤い石が火をおこすには赤い石だけだと足りないの、他にも必要な物があるの」
萌音はそう言うと制服のジャケットをまさぐった。
「それってもしかして……青い石ですか?」
「おっと、知ってたんだ」
ジャケットのポケットから青い石を取り出した萌音は目を見開く。
「この石の存在は既にご存じですか……へぇ、凄いじゃん、流石、桃ちゃんは英雄だねぇ」
萌音は揶揄う雰囲気でニヤリと笑い、愛の額に石を当てた。
その力は強くない、撫でるに近い優しい加減があった。
愛は強く殴られると思って目を瞑っていた。しかし、そうでなかった事に驚いて瞼を開くと、目の前にはまるで宝石の様に輝く青い石があった。
「青い石だ……それがそうなんだ」
「うん、これがそう。どこで知ったのかな? まぁ、それは良いや。それより、その感じだとまだこの石がどういう物なのかは知らない感じだね、知りたい? 知りたいよね?」
萌音は"無"の表情の中に貼り付けただけの笑顔を浮かべ、二階へと繋がる階段に足を掛けた。
「桃ちゃんにも分かりやすく伝えるなら、そうだなぁ、この石はライターだね。そして、赤い石の方は火薬かな。火薬だけだと燃えないし、ライターだけでは大きな火にはならないよね。だから、二つの石が存在する事ではじめて輝ヶ丘は燃えるんだ。あっ、そうだ、そうだ! きっと勘違いしてると思うけど、私の家や駅前公園の花壇を燃やしたのはこの石を使ってじゃないよ、ただダーネにガソリンを撒かせただけ……ってそんなのはどうでも良いか」
『どうでも良い』確かに今の愛にとってはそうだった。だから愛は石に関係する話題に戻す。
「なるほど、青い石はライター……だからなんですね? 記事の中で青い石を赤い石と記述したのは? ライターの存在を知られてしまって、奪われでもしたら、火を起こせなくなるから」
「うん、まぁそれもあるね。でも、一番の理由はこの石の特性の為だよ。青い石は赤い石が見付かり出してから登場する方が良いからね」
「石の特性ですか……?」
「そう、まずは赤い石の特性から教えてあげる」
萌音の顔には、まだ貼り付けただけの笑顔がある。足取りも遅い。ゆっくりゆっくりと、階段を上っていく。
「赤い石ってさ、ある日突然現れた感じじゃん? でも、それは違うの。怪文書を作り始めた時から、私と芸術家によってコッソリと町内にばら蒔かれてたんだよ。でも、誰も気が付かなかった。何故だか分かる?」
愛の腕を引く強さも優しくなっている。誘うくらいの弱さで握っているだけだ。
「答えは簡単。単純に赤くなかったからだよ。赤い石は人間の"とある感情"を吸収する事で力を得るんだ。力を得て、その合図として赤く変わるんだ……"とある感情"って何か、桃ちゃんには分かるかな?」
萌音は首を傾げた。が、愛の返答は求めていなかった。萌音はすぐに喋り出す。
「怒り、焦り……負の感情ってヤツだよ。そうなると分かるよね? 私が怪文書をばら蒔いた理由が?」
「人間の怒りや焦りを集めるため――」
「さすが桃ちゃんだ、その通りだよ。そして、桃ちゃんも赤い石に力を溜めるのに一役買ってくれたね。桃ちゃんが書いてくれた抗議文もあったから、私の記事が盛り上がった感あるし。アレがあるのと無いのとじゃ、記事の広まり度合いが違っていたかも。ありがとう……」
「……」
萌音はボソリと感謝を伝えた。が、愛は睨んだ。こんな感謝の言葉など要らないからだ。
「睨まないでよ。つか、本当は怪文書を発見したって騒ぐ役目も私自身がやろうと思ってたんだから。それなのに、私が記事を書こうって準備してる間に桃ちゃんが見付けちゃうんだもん。桃ちゃんから連絡が来た時は少し焦ったよ、だって桃ちゃんにはまた別の役割を与えるつもりだったんだから」
「何それ、どういう意味ですか」
「ここで青い石の登場です……」
愛に睨まれた萌音はしょぼくれた雰囲気を出したが、すぐにまた笑い、左手に持った青い石をチラチラと振った。
「この石にはね、赤い石とは真逆の感情を集めなきゃダメなんだ……そう、桃ちゃんにはそっちをやってもらうつもりだった。桃ちゃんなら出来る筈だったから、桃ちゃんが適任だと思ったから」
萌音は青い石を愛の額に再び当てた。コツンと、優しくではあるが小馬鹿にもする様に。
「"桃井愛"ちゃんなら適任だよ、だってこっちの石は"愛"を集めて力を得るんだから」
「愛を……?」
「そう、しかも複数ある赤い石と違って、青い石は一個しかないから、青い石に力を与える人間も一人に絞らなきゃならない。しかも、赤い石と違って、勝手に感情を吸収してくれない。石に直接注ぎ込まなきゃいけないんだ。何でさ、《王に選ばれし民》はこんな面倒くさい能力を私に与えたんだろう? 前に現れたヤツみたいなシンプルな方が良かったのに」
萌音は独り言の様に呟くが、愛が気になったのは"愛"を集める為に自分が選ばれたという事だった。
萌音の揶揄う口ぶりから自分の名前から洒落に近い発想で選ばれたのだろうと理解出来るが、"愛の英雄"に選ばれながらも未だに能力を得たれていない現状を打破する糸口が得られる気もしてしまった。
「青い石には愛を注ぎ込まなきゃいけない……先輩はその役目を私にやらせようと思ってたって事ですか? 私が適任って、名前がそうだからだけじゃないですよね? 私の心の中に愛があるって先輩は思ったから、私を選んだんですよね?」
「そうだね、だって私に対する愛情を桃ちゃんは持ってるでしょう?」
「先輩に対する……」
「そう……私に対する愛情だよ。青い石は赤と違って勝手に感情を吸収してくれない。直接注ぎ込まないといけない。注ぎ込む方法は簡単、石に祈れば良い。『○○ちゃんを愛してる。○○ちゃんを助けたい』、こんな感じでやってもらえば良い。でもね、方法は簡単でも私はこの能力を貰った時に困ったんだ。だって、誰かが誰かを助けたくなる状況って何? 最初は誰かを誘拐して、そんな状況を作ろうかって考えたけど、それもまた面倒くさくてさ、だったら私は自分自身が祈られる対象になれば良いやって考えたんだ」
萌音と愛は二階に着いた。階段の前には居間に続く襖がある、今は閉じられている襖が。
襖の前で立ち止まり、萌音は独白を続けた。
「私自身が悲劇のヒロインを演じて、誰かに『真田萌音を助けたい』『真田萌音を愛してる』って祈ってもらえば良いやって思い付いてからだよ、今回の事件のシナリオが出来ていったのは。だから青い石は赤い石より先に登場しちゃいけなかったの。私自身がピンチに陥って、その後に"赤い石を消滅させる石"として青い石は登場してもらおうって考えたから。赤い石は私を狙う敵、青い石は私を助けようとするヒーローの比喩的な存在に思わせた方が簡単でしょ? そうなると、祈ってもらう人は私の知り合い、友人から選ぶべきだって思った。知っている人の方が騙しやすいからね。馬鹿な奴はいっぱい知ってるし。『《王に選ばれし民》を倒す為に、この青い石に祈って』って言えば、簡単に騙せそうな奴が私の周りにはいっぱいいる。でも、どうせ騙すなら私の事を一番に慕ってくれている人間にしたかった。だから、桃ちゃんを選んだの……ん? なんか、ふざけんなって言いたそうな顔をしてるね」
愛は言いたそうではなく、実際に怒鳴る寸前だった。
萌音の話から"愛の英雄"になる為の突破口を探れるのではと思ってしまった自分を後悔した。
萌音に利用され続けていた自分を知るだけだったからだ。
「ふざけんな……かぁ、それは私の台詞だよ」
しかし、愛が怒りをぶつける前に、萌音が怒りを示した。
萌音の表情は再び歪む。無表情に貼り付けられた笑顔は消えて、魂が抜けてしまったかの様な虚ろから、悪魔に憑かれたかの様な悪鬼の表情へと変化した。
「私は想いのある家さえも燃やしたんだよ、苦労して悲劇のヒロインも演じたんだ……それなのに、なんでアンタが英雄なんだ! 全部台無しだよ!! 私は協力者を変えなきゃいけなくなった!!!」
萌音は閉じられていた襖を乱暴に開いた。
「ここに居る、ババアに――」




