第6話 剥がれた化けの皮 10 ―剥がれた化けの皮―
10
「ジャスティス! スラッシャーッッッッッ!!!!!!」
再々々々々々々々々々々々々々々々…………………度のジャスティススラッシャーが巨大テハンドの人差し指と中指の間に、微かな、まだ微かな、だが確かな、亀裂を生み出した。
「勇気ッ!! 次だッ!! まだまだ行くぞッ!! 早くくれッッッッッ!!!!!」
セイギの叫びに応えて、ユウシャの光弾が飛んでくる。
セイギは素早く振り返り、後ろから飛んでくる光弾を斬り、
「ジャスティスッッ!…………
………………
……………………大剣を振り下ろした。
―――――
「や……やめて」
萌音の右手が愛の首をギリギリと絞める。
「なん……で……先輩……やめ……てよ」
萌音の手を剥がそうと、愛は必死に抗うが、萌音の力は強い。英雄としての力を未だに持てていない愛では振り払う事は出来なかった。
「馬鹿だね……桃ちゃんは本当に馬鹿」
「……うっ……うぅ………」
愛は耳を疑っていた。『私がバケモノなんだから』、萌音のこの言葉が本当なのかと聞き返したかった。
しかし、この萌音の凶行こそが萌音の言葉が嘘ではない事を物語っている。
が、認めたくはなかった。ボッズーが言っていた。『バケモノとは、悪に心を乗っ取られ、破壊を好み、命を弄ぶ、邪悪な思考を持つ者だ』と。だから認めたくはない。尊敬する真田萌音がそんな人間になってしまったとは信じたくはなかった。
「せん……ぱ………何故」
「何ぃ? 何か聞きたい事があるのかな? でも、今更聞いて何の意味があるの? 英雄のクセして、私の正体にずっと気付かなかった馬鹿なのに」
愛の気持ちを知らぬ萌音は、残酷にも更に強い力で愛の首を絞めてくる。ズルズル……と愛を山下商店の店内へと引きずり込んでいく。
「本当に呆れるよね……アンタの馬鹿さ加減にはさぁ」
「……あぁッ!!」
愛は床に叩きつけられた。
山下商店の店内はコンクリート敷きだ。全身に鈍い痛みが走り、漏らしたくもない声を漏れる。
「なにさ、可愛い声しちゃってさぁ!!」
「あぁッ――」
萌音は突如として虚な表情から悪鬼の様な表情へと一変した。
その足が愛の腹を突く。
「……うぅ……そんな、先輩……」
愛は認めたくはなかった。萌音がバケモノになってしまったなんて信じたくはなかった。
だが、悪霊に憑かれた様な邪悪な顔で見下してくる萌音は、平常心ではあり得ない非情な暴力を振るってくる萌音は、中学時代から憧れ続けた先輩では決してなかった。皆に優しくて、屈託のない笑顔を浮かべて、愛の心をいつも暖かくしてくれる先輩とは全く違っていた。尊敬出来て、大好きで、"こんな人にいつか自分もなりたい"と思える様な人間ではなくなっていた。
「先輩は……先輩はぁ!!」
だから認めるしかなかった。認めたくはないが、愛は認めるしかなかった。
バケモノでしかあり得ない行動を、バケモノとしか思えない行動を、萌音は取っているのだから。
「本当に……本当にぃッ! 先輩はバケモノになっちゃったんですね!!」
愛は涙する。怒りと、尊敬の念が……否、萌音への"愛"が入り交じった涙を。
「何でなの、どうしちゃったの!! こんなの、先輩のする事じゃない!!」
「うるさい、お前が私の何を知っている!!」
愛は絶叫し、萌音を睨むが、萌音も絶叫する。
萌音は愛の涙を見ても暴力を止めなかった。愛の泣き顔を踏み潰そうと足を振り上げる――
「知ってますよ! だって、私は先輩が大好きなんだから!!」
が、愛も負けない。愛は起き上がり、振り下ろされた足を受け止めた。
「何すんだッ!! 放せぇ!!!」
最前までの愛ならば、萌音の攻撃を止められなかっただろう。けれど、今の愛ならば出来る。萌音を"愛する心"が力を与えてくれるから。
「私はずっと先輩を見てきました! 私が知っている先輩は、こんな事をする人じゃない、元の先輩に戻って、お願いッ!!」
「なぁッ!!」
萌音の足を掴みながら、愛は立ち上がった。
「お願いです! 王に選ばれし民なんか辞めて下さい!! 元の先輩に戻って下さい!!」
萌音がバランスを崩して背中から倒れると、大粒の涙を流す愛はその体に乗り掛かり、神に祈るかの様に叫んだ。
「お願いです! お願いッ!!!」
萌音の胸に額を押し当て、愛は必死に訴える。喉は潰れていく、それでも愛は叫ぶ。声が枯れても構わない。愛する先輩を取り戻したいから。
「黙れクソガキッ!!」
しかし、いまの萌音には愛の訴えも響かなかった。
萌音はゴミを見る様な目で睨むと、愛の後ろ髪を掴んで顔を上げさせた。
「あッ――!!」
「抵抗しやがって!! どこまで私を邪魔すれば気が済むんだ!!」
愛の顔面は叩かれた。
愛の頭はぐらりと揺れて、萌音の体から落ちてしまう。今度は萌音が愛に乗り掛かる。
「英雄だからか! 英雄だから私の邪魔をするのか!!」
現在の萌音には分からない。何故愛が涙を流すのか、何故愛が『元に戻ってくれ』と叫ぶのか、その理由を理解出来ない。常人ならば違うが、狂人となってしまった萌音では理解が出来ない。
それでも愛は必死に訴える、「違う!! 英雄だからとかじゃない、私は先輩が大好きだから!!」と。
「バケモノになってしまった理由がきっとあるんでしょ! だったら私に話して、私は先輩の力になりたいのッ!!」
「黙れ!! お前もババアも似たような様な事ばかり言いやがって!! 私が好き? へぇ……だったら私の言う通りになれよ!!」
「ババ……あっ、お婆ちゃんは?! お婆ちゃんは何処に居るの? まさか先輩、お婆ちゃんを……うッ!!」
愛は萌音の制服の襟を掴み、佳代の行方を聞こうとした。しかし、再び萌音の平手が顔面を叩いた。
「ババアが何処に居るのかって? 知りたいのかよ、だったら私の言う通りにしろ!!」
「言うとお……」
「そうだ! 私の言いなりになれ!!」
今度は萌音が愛の胸ぐらを掴んだ。
愛の頭はまた揺れる、ぐらりと揺れる。揺れる視界の中で萌音の表情が悪鬼の様な邪悪な表情から、魂が抜かれてしまったかの様な"無"の表情へと一瞬戻ったように見えた。
そう見えたが、勘違いだったのか、胸ぐらを掴まれた衝撃が収まり、視界のピントも戻ってくると、萌音の表情はやはり邪悪なだけだった。
邪悪な顔つきの萌音は、「お前のせいだ!!」と愛に向かって怒鳴っていた。
「元々のターゲットはお前だったんだ! それなのにお前が英雄だったせいで、お前が英雄じゃなかったら、私はカヨちゃんを巻き込まなかった!! ババアを助けたかったらなぁ、自分で自分の責任を取れ!! お前がスイッチを押す人間になれ!! 英雄であるお前が、輝ヶ丘を燃やす張本人になるんだよ!!!」
萌音は胸ぐらから手を離し、今度は愛の腕を掴んだ。
それから「来いッ!!」と怒鳴り、愛を立ち上がらせると、店の奥に向かって歩き出す。




