蝿災
降り立った蝿は此方をその悍ましい赤い目で此方を見ている。
「デカいな……人間サイズの蝿の魔物ってとこか」
ブゥゥゥゥゥゥゥン――――!!!!
さらに
屋根の上。
崩れた建物。
瓦礫の隙間。
そこら中に、人間サイズの蝿が降り立ってきた。
「っ……!」
アカネが巨大ハンマーを握り直す。
「数が多いですね……!」
「見たところ、あの親玉の子分ってところか」
スラッシュゴルドラの時もそうだが、基本的に虫が大きく慣ればなるほど強さは桁違いになる。
小さな虫ですら自分の何倍の物を持てる物がそのまま大きくなるのだ、一つ言えるのは“そこら辺の冒険者より遥かに強い”
もし一般人が遭遇したら、逃げる暇もなく殺される。
…………いや、この速さ……もしかしたらほとんどの一般人は……
「……ふぅ」
とりあえずその事を考えるよりまず先に自分のことだ。
巨大蝿が一斉に跳んだ。
「ギギギギィッ!!」
「っ!」
その瞬間。
アカネの身体が沈む。
踏み込み。
次の瞬間には、巨大ハンマーが空気を裂いていた。
「【チェイン・ライトニング】ッ!!!」
ドゴォォォォォンッ!!!!
初めに飛んできた一体を野球ボールのように弾き飛ばしかと思えばその一体を起点にバリバリと周りの蝿に通電していき蝿の身体が突然、内側から爆ぜ内液を飛び散らかす。
バチバチバチィッ!!
「次!!!!!」
有無を言わさず次々とハンマーを振り雷を撒き散らしながら蝿達を殲滅していく。
その姿からは以前のような迷いはない。
「すごぉぃ……」
みやが呟いた。
「アカネ、昔よりずっと強くなってるねっ」
「はい!」
アカネは嬉しそうに返事をしながら、さらに一匹を殴り飛ばした。
「私は強くならないといけませんから!」
フフッ。
何だかんだ、強くなったアカネの戦闘を見るのはこれが初だったから嬉しい。
ちなみにその雷そんな使い方あったのか……
さて、と__
「ギィィィィッ!!」
右から二匹。
左から一匹。
背後から一匹。
「遅い」
俺は一歩だけ動いた。
それだけで全ての攻撃が空振る。
レイピアが閃く。
首を裂く。
羽を切る。
脳を貫く。
最小限の動きだけで、蝿が次々と崩れ落ちていった。
「…………へぇ、リュウトもすごぃねっ」
「お前にはバレるか」
今の俺は全く魔力を使っていない。
あれから毎日毎日【プラスフィジカルアビリティ】を使い続け、身体に“ゾーンのスイッチ”を作った。
今の俺は日常生活でゾーンに入れる。
そして何より、ゾーンにあった“思考能力の低下”もほぼ克服している。
視界が広い。
時間がゆっくり見える。
空気の流れ。
筋肉の動き。
魔力の揺れ。
全部が分かる。
「ギシャァァァ!!」
飛び込んできた蝿を、俺は振り向きもせず貫いた。
その横を、白い影が通り過ぎる。
「あはは〜ごしゅじんさまよりよわーい!」
あーたんだった。
人間サイズの蝿の頭を強引に蹴り飛ばし次の蝿に当てる。
ドゴンッ!!
さらにもう一匹。
羽を千切る。
踏み潰す。
「よわーぃ!」
完全に蹂躙だった。
「ま、いつも俺を相手にしてたから強くなるか」
「えへへ〜」
「それにしても__」
「……」
偶然じゃない……よな。
これだけの敵の数。
ここでの一般人は彼女__アンナしかいない。
それを守りながら動くと思っていたがそれが必要ない程のびのびと俺たちパーティーが戦えている。
蝿の移動ルート。
攻撃範囲。
俺達の攻撃範囲。
それら全てを予測した上で、完璧な位置取りをしている。
「アンナさん、でしたっけ」
「なに?」
「もしかして、冒険者になったことがある?」
「……え?」
アンナは少し考えた後、小さく息を吐く。
「いいえ、ただ【適正魔法】なら持ってるわ」
俺の聞きたい事が分かったのだろう。
【適正魔法】
それは、ごく稀に存在する“魔皮紙なしで魔法を使える人間”のことだ。
「何の魔法ですか?」
「【マジックシーリング】」
「……聞いたことないな」
「元々は、人に触れた時に魔力の流れが少し分かるくらいだったの。でも今は――」
アンナが周囲を見渡す。
「触れなくても、分かる」
「……ふむ」
「魔力の流れ。動き。次にどこへ来るか……全部、なんとなく見えるの」
だからか。
だから、完璧な位置に居れた。
「でも変なのよ……こんなにはっきり見えるようになったの、今のが初めて」
「初めて?」
俺はそこで考える。
初めて。
急激な成長。
そして――俺達と接触。
……あ。
これ、テンプレ勇者イベントだ。
勇者パーティーに入った仲間が覚醒するやつだ。
つまり。
「アンナさん」
「なに?」
「俺達のパーティーに入らないか?」
「嫌よ」
即答だった。
「なんでわざわざ危険な事しなきゃいけないのよ。私は一般人よ?」
「そ、それもそうだよな……」
おかしい。
テンプレならここで「私も戦います!」ってなるはずなのに。
「そんな事より……来るわよ」
アンナの表情が変わる。
視線は遠く。
空。
「大量に」
ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン……
聞こえてきた。
さっきとは比べ物にならない羽音。
空の向こう黒い雲が見える。
いや――違う。
「あれ全部……蝿か」
普通サイズの蝿が無数。
数万?
いや、それ以上か?
空を埋め尽くしながらこちらへ向かってくる。
「……最悪だな」
むしろ、人間サイズの方がやりやすかった。
デカい相手は見える。
だが、小さい群れは違う。
鎧の隙間。
目。
鼻。
口。
穴という穴から入り込み、生きたまま肉を食い荒らす。
その時だった。
今まで何もしなかったみやが、すっと前へ出る。
「さて、そろそろ私のばんっ」
みやが指先を軽く振る。
すると、小さな風の球が生まれた。
「ぃけっ」
放たれた瞬間。
ゴォォォォォォッ!!!
空気が歪んだ。
風が渦巻く。
小さな球を中心に、巨大な吸引力が発生する。
「なっ!?」
蝿が吸い込まれていく。
一匹。
二匹。
十匹。
百匹。
数千。
数万。
数億。
逃げられない。
風のブラックホール。
吸い込まれた蝿達が圧縮され、砕け、血煙になって消えていく。
圧倒的。
まるで災害だった。
みやは振り返り、アンナを見る。
そして――意地悪そうに笑った。
「アンナってぃったっけっ?」
「……えぇ」
「今ぃちばん安全なのは、私たちとぃる事かもよっ?」
「………………まぁ死ぬのを救ってくれた恩返しはしないといけないわね……」




