限界の、その先へ
《コロシアム》
「さて、と……」
俺は店で大量に買い込んだ魔皮紙を抱え、ミクラル王に適当な理由をつけて、ニューイヤーフェスティバルで使われていたコロシアムへ来ていた。
隣には、当然のようにあーたん。
「ごしゅじんさま〜、なにするのー?」
「あぁ、ちょっとな。ところで、俺と初めて会った時のこと覚えてるか?」
「うん〜! あーたん、ぼこぼこにされた〜!」
「そうだな」
苦笑しながら、俺はコロシアムの中央へ歩いていく。
「ってわけで、ここで俺と戦ってもらう」
「えぇ!? なんで!?」
「安心しろ。俺から攻撃はしない。ただ、ちょっと魔皮紙を試したいだけだ」
「そ、それなら……」
「ただし」
俺は魔皮紙を指先で挟みながら言った。
「これはお前の訓練でもある。だから全力で来い」
「はーい!」
返事と同時だった。
あーたんの姿がぶれる。
「うおっ!?」
反射的に顔を逸らす。
鼻先を足が通り抜け、風圧が頬を叩いた。
「勝ったら、ごしゅじんさまのごしゅじんさまはあーたんね!」
「何言ってるか分からないが把握した!」
軽口を返しながら、俺は一枚の魔皮紙に魔力を流す。
【プラスフィジカルアビリティ】
ミクラルの冒険者がよく使う強化魔皮紙。
極限まで集中力を引き上げ、“没頭状態”を強制的に作り出す魔法だ。
言うなれば――ゾーン。
「__」
世界が、変わる。
さっきまで速かったあーたんの動きが、急に鮮明に見え始めた。
足運び。
肩の動き。
重心移動。
全部が分かる。
「ほいっ! ほいっ!」
飛び込んでくる攻撃を軽く避け続けながら、その感覚を身体へ叩き込む。
だが――
「っ……目が疲れるな」
思わず顔をしかめた。
こういう“強制的に能力を引き上げる”タイプの魔皮紙には、必ずデメリットがある。
視界への負担。
集中力の消耗。
「よっと」
俺はタイミングを合わせ、飛び込んできたあーたんを縄で拘束する。
「うわっ、ぷ!?」
そのままバランスを崩し、あーたんが地面を転がった。
「すまんすまん、ちょっと整理したくてな。休憩だ」
「むぅ〜! たたかいのさいちゅうなのに〜!」
「ごもっとも」
苦笑する。
本番なら、敵は待ってくれない。
だからこそ、今ここで把握しておく必要がある。
「効果時間……時間感覚のズレ……思考力の低下……」
口に出しながら整理する。
身体を動かすことに集中しすぎて、逆に脳が鈍る感覚がある。
やはり、デメリットと向き合わないと使い物にならない。
それに――
「この状態でも、黒騎士の攻撃は見えなかった」
あの速度。
あの圧。
ゾーンに入った程度じゃ届かない。
だから――もう一つ。
俺は次の魔皮紙を取り出した。
「【限界突破】……」
グリード王国の冒険者なら、一人一枚は持っている切り札。
おそらくミクラルでも同じだろう。
その効果は単純。
身体のリミッターを外し、“限界”そのものを超える。
魔法なしで岩を砕き。
魔法なしで化け物じみた速度を出し。
脳すら強制的に活性化させる。
……当然。
代償もある。
限界を超えた筋肉は壊れ。
耐えきれない骨は砕ける。
脳への負荷は凄まじく、使い切ればその後はまともに動けなくなる。
まさに諸刃の剣。
“死ぬくらいなら使う”ための魔法だ。
「使うしかないよなぁ……」
正直、こういう力には頼りたくなかった。
テンプレ通りなら、みやと戦った時みたいに、土壇場で覚醒すると思っていた。
だが現実は違う。
黒騎士との戦いで俺はゾーンには入った。
……それだけだった。
勝てなかった。
届かなかった。
「…………」
もし負ければ。
もし死ねば。
アオイさんに、もう会えない。
その瞬間、胸の奥が焼けるように熱くなった。
――あぁ。
結局、足りなかったんだ。
俺はまだ、“死ぬ気”になれていなかった。
「アオイさん……」
あの人は、いつも俺に気づかせてくれる。
俺が何をしたいのか。
何のために戦うのか。
何のために、この世界で生きるのか。
だから――
「絶対に、もう負けない」
俺は静かに呟き。
【限界突破】の魔皮紙へ、魔力を流し込んだ。




