二手先を行く影
「……遅かったか」
街から少し離れた場所にあるボロアパート。その地下に作られていた拠点に足を踏み入れた瞬間、俺は小さく呟いた。
「手応え、ありませんでしたね」
隣でアカネが周囲を見渡しながら言う。
「ああ」
何人かは戦闘不能にしたが、得られた情報はゼロ。
捕まえた連中は、何も知らない下っ端ばかりだった。
「トカゲの尻尾切りだな。あいつら、仲間が居なくなっていた事すら知らなかったみたいだし……」
俺は視線を奥へと向ける。
地下に並べられた檻。
その中には、十人ほどの奴隷が押し込められていた。
子供、獣人、そして大人の男。
だが、その全員に共通しているのは――
「……全員、感情がないな」
目に光がない。
呼びかけても反応がない。
まるで“生きている人形”だ。
「完璧な調教、ですね」
アカネの言葉に、俺は小さく頷いた。
この奴隷達から情報を聞くのは難しそうだ……
………しかし、売り物をここに残すか?
「待て……まさか」
嫌な予感が走る。
「アカネ!あーたん!」
「どうしました?」
「ん〜?」
説明している時間はない。
俺は反射的にレイピアを投げた。
金属音が鋭く鳴り響く。
アカネの首筋へ振り下ろされていた剣を、ギリギリで弾き飛ばした。
「逃げろ!」
「はい!」
「うん!」
俺の言葉に疑問を持たず、あーたんが天井を突き破り、アカネがそれに続く。
崩れた天井から砂埃が舞い上がった。
俺はすぐに【光源】の魔皮紙を展開し、視界を確保する。
そして――現れたのは。
「……」
両手に黒い短剣を持った、漆黒の騎士だった。
「厨二病みたいな格好しやがって」
思わず口に出る。
「……お前は誰だ?」
「そう聞いて答える奴はいないだろ」
軽口で返すが、内心は冷静じゃない。
「まぁいい。どうせお前はここで死ぬ」
その言葉と同時に、視界から姿が消えた。
「っ!」
気づいたときには、もう斬撃が迫っている。
身体が勝手に動く。
避ける。弾く。
「ほう……これを避けたか」
一瞬だった。
間合いを詰められたことすら認識できない。
「この感覚……」
記憶がよぎる。
「みや以来だ」
魔王と同等の力ってことか!
レイピアを呼び戻し、構え直す。
思考が研ぎ澄まされる。
身体が勝手に最適解を選ぶ――ゾーン状態。
「……」
だが、それでも押される。
次々と繰り出される斬撃を避け、弾く。
だが反撃に転じる余裕はない。
完全に防戦一方。
しかもこの地下は狭い。
圧倒的に不利だ。
「終わりだ」
気づけば壁際に追い詰められていた。
逃げ場はない。
次の一撃で終わる。
――だが。
俺はその瞬間を待っていた。
無言で【光源】の魔皮紙を解除する。
「!」
視界が闇に沈む。
明るい場所から一気に暗闇へ。
人の目は、その変化に対応できない。、
ほんの数秒――だが、それで十分。
俺は一気に踏み込み、先ほど壊した天井へと跳んだ。
そのままアパートから脱出する。
「……」
夜風が肌を打つ。
少し距離を取り、様子を見る。
「どっちだ……」
相手の選択肢は二つ。
1つは俺をこのまま逃す選択。
餌として置いていた奴隷も拘束されている下っ端も回収され相手は無傷で勝利。
そしてもう一つはよ
「俺を最後まで仕留める、か」
呟いた直後だった。
「……!」
身体が勝手に反応する。
レイピアを振るうと、何かを弾いた感触と共に夜闇に火花が咲いた。
「まぁ、そうだよな」
月明かりに照らされて現れたのは――
「……」
追ってきた、漆黒の騎士だった。
「文字通り、骨が折れそうだな……」
夜風の中で呟きながら、レイピアを軽く握り直す。
目の前の相手は微動だにせず、ただこちらを見据えていた。
「なぜ、こんな所で止まっている」
「無口な見た目して、よく喋るんだな、お前」
「……」
まずいな……。
顔も見られている以上、例え逃げれたとしても、その後が面倒だ。
相手の情報が解らない以上、どこで見られてどこで奇襲攻撃されるかわからないまま生きていくのは面倒。
なら――答えは一つ。
「来いよ、厨二病」
ここで決着をつける!
「っ!」
身体が勝手に動く。
横へ飛びながらレイピアを振るうと、金属がぶつかる鋭い音が夜に響いた。
火花が一瞬、視界を照らす。
速い。
地下とは違い、視界は開けている。
それでも、追いつけない。
気づいた時にはもう間合いに入られている。
その繰り返しだ。
「ちっ……!」
短剣が閃く。
受ける。弾く。流す。
だが――それだけだ。
こちらから仕掛ける余裕が、まるでない。
「どうした?」
ぽつりと落ちる声。
「余裕かよ……!」
だが――その余裕こそが、隙になる。
そして、その瞬間を狙っていたのは__
「とりゃー!!」
横合いから、空気を叩き潰すような一撃が叩き込まれた。
「!」
巨大なハンマー。
死角から振り抜かれたそれは、漆黒の騎士の身体を捉え、そのまま大きく弾き飛ばした。
鈍い衝撃音とともに、黒い影が地面を転がり、遠くへと滑っていく。
「ナイスタイミングだ、アカネ」
「はい!」
軽く息を整えながら、俺は短く告げる。
事前に決めていた通りだ。
俺が「逃げろ」と声を出した場合、アカネはそのまま逃げるのではなく、隙を狙って潜伏する。
あえて声を出して逃がすことで敵の意識を外し、死角を作るためのブラフ。
「城へ連絡は?」
「はい、連絡用魔皮紙でしました、案内は城に向かったあーたんがしてくれるでしょう」
これが形成逆転というやつだ。
俺からすればアカネという戦力と、時間を稼げば援軍が来る状況が作り上げられた。
「一応聞くが……女神の翼に、あんな化け物いたのか?」
「すいません。私は商品だったので……あんなに強い用心棒がいることは知りませんでした」
「そりゃそうか」
視線の先。
漆黒の騎士が、何事もなかったかのようにこちらへ歩いてくる。
「マジかよ……」
思わず呟いた。
死角からの一撃だった。
しかもアカネの全力。
並の魔物なら立っていられないくらい戦闘不能になるぞ……
だが――
鎧には、傷一つない。
「防御力も一級品か」
月明かりの中で、その黒がゆっくりと距離を詰めてくる。
「一応聞くが、2体1になったから降参する気はあるか?」
「…………」
黒騎士が構える。
「ま、そうだよな」
俺たちも構え直す。
さっきの一撃で流れを掴んだ――なんて甘い話じゃない。
むしろ、ここからが本番だ。
「来るぞ……!」
その言葉と同時に。
漆黒の騎士の姿が、消え__
「そこだと思ったよ!」
アカネを押し除け黒騎士の剣と鍔迫り合いになる。
予想はしていたがアカネは反応できていない。
「すいません!」
「いい!それより隙を狙え!」
あえて言葉に出す。
先程まで防戦一方だったがこれで隙ができれば__
あれ?
違和感。
こいつ……“いつから一本の剣で戦っていたんだ?”
「しまっ__」
「っ!」
気がついた時には遅かった。
夜の闇に紛れた漆黒の剣はどこからともなくブーメランの様に現れアカネの背中から一突き。
「リュウ……トさ……」
「アカネ!」
「甘い」
「っ!」
一瞬の隙を作ってしまった俺を相手は見逃さず、俺は腹を斬りつけられた。




