私の子供を作って
お城の廊下を歩く。
赤い絨毯が真っ直ぐ先まで伸び、壁には歴代の王族を描いた肖像画や、美しく磨き上げられた甲冑が等間隔に並んでいた。
「……」
「……」
お互いに言葉はない。
サクラ女王は優雅な足取りで前を歩き、俺は一定の距離を保ちながらその後ろを歩く。
ちなみにアカネは途中で騎士の一人に案内され、別室へ向かっていった。
もちろん、俺達だけというわけではない。
数名の騎士が一定の距離を保ちながら護衛として同行している。
やがて、廊下の最奥にある一枚の扉の前でサクラ女王が足を止めた。
他の部屋より一回り大きな、白を基調とした重厚な扉。
「さて、着きましたわ」
サクラ女王は静かに振り返る。
「あなた達は部屋の前で待機していてくださいな」
「しかし、女王様」
一人の騎士が前へ出る。
しかしサクラ女王は穏やかな笑みを崩さない。
「リュウト様は、そのような方ではありませんわ。それくらいの信用は、もう得ていると思いますの」
騎士達は互いに顔を見合わせる。
そして代表の騎士が静かに一礼した。
「……承知いたしました」
「ありがとうございます」
サクラ女王は優雅に頷き、俺へ視線を向けた。
「どうぞ、お入りくださいな」
促され、中へ足を踏み入れる。
室内は王族の私室らしく豪華だった。
だが、玉座の間のような威厳を前面に押し出した部屋ではない。
ピンクを基調とした家具。
窓辺には色鮮やかな花々。
可愛らしい小物や丁寧に並べられた本。
どこか少女らしさを残した、一人の女性の部屋という印象を受ける。
背後で重厚な扉が静かに閉じられた。
「どうぞ、お掛けになってくださいな」
「いえ、私は立ったままでも」
サクラ女王は口元へ手を添え、小さく微笑む。
「ふふっ。構いませんわ。この部屋は私の私室ですし、完全防音ですの。どうか肩の力を抜いてくださいな」
「ですが、女王様と一庶民です」
「こんな短期間で、しかもそのお歳で、ここまでの功績を残す方が本当に庶民なのかしら?」
「……」
「えぇ、そうですわ。アナタは目立ち過ぎています」
少しだけ困ったように肩を竦める。
「城でも色々と手を回しておりますのよ」
「申し訳ありません」
「でしたら、お分かりになりますわよね?まずは敬語をお辞めになって私に話してみてください?」
正直、このテンプレートは少し抵抗があった。
できれば渡りたくなかったが……
「……女王様には敵わないな」
サクラ女王は満足そうに微笑む。
「よろしいですわ」
“女王様、もしくは身分の高い人と親密な関係になる”
異世界作品では、よく見かけるテンプレートだ。
だが現実的に考えれば、勇者であっても相手は一国を治める女王。
こんな砕けた口調で話していい相手ではない。
日本人ならなおさら抵抗があるんじゃないか?
例えるなら、大統領へ敬語を使わず話すようなものだ。
……いかん。
ここは異世界。
そして俺は異世界の主人公だと仮定しろ。
異世界の主人公は、そんな身分など気にせず堂々と目上の人にタメ口だ!
テンプレートを信じるなら、ここは乗るしかない。
「ハハハ……それで、何ですか?」
俺は座り、魔法で出された紅茶を飲む。
「まず、お聞きしたいことがありますの。」
サクラ女王は向かいのソファへゆっくりと腰掛ける。
「リュウト様は、おいくつでいらっしゃるのかしら?」
「異世界に来た当初は十六歳だった。あれから一年ほど経ったから、今は十七歳かな?」
「そう……私とそれほど歳は離れておりませんのね」
サクラ女王は穏やかに微笑んだ。
「でしたら、この部屋では“リュウト”とお呼びしてもよろしいかしら?」
「好きに呼んでくれて構わないよ」
「ありがとうございます」
そう言うと、サクラ女王は静かに立ち上がり、こちらに背を向けドレスを脱ぎ始めた。
「っ!?」
思わず視線を逸らす。
「あら? 目を逸らしますの?」
どこか意外そうな声だった。
「てっきり、アオイちゃん以外には興味がないだけかと思いましたけど」
恥ずかしいとか、そういう問題じゃない。女王様が言ってる通り、女の裸なんて、俺からすれば医者が手術で見る人体と大差ない。……アオイさんだけは別だけど。
“女王の裸を見た”
その事実が十分すぎるほど問題だ。
「それとこれとは話が別ですよ!」
サクラ女王は小さく微笑む。
「ふふっ、では命令です、私をみなさいリュウト」
静かにドレスを肩から下ろしていく。
露わになった肌。
そして__
「【魔力操遺感病】……」
その肌には“血管で”魔法陣が浮き出ていた。
俺の呟いた病名にサクラ女王は驚く様子もなく、静かに頷いた。
「流石ですわね」
「年齢と共に高まる魔力に対して、それを操るための肉体機能が追いつかなくなる病……」
本来、この世界の人間は歳を重ねるほど魔力量が増加していく。
だが、この病に侵された者は、その増え続ける魔力を制御する機能が欠損。
壊れた制御機能を補うため、脳が無理やり魔力制御を引き受ける。
その結果、脳へ過剰な負荷が掛かり、身体の機能を一つ、また一つと失っていく。
歩くこと。
食べること。
話すこと。
やがて呼吸すら、自力ではできなくなる。
「えぇ。その認識で間違いありませんわ」
サクラ女王は下着も全て脱ぎ捨てる。
「この病をご存じなのは、ごく一部の人間だけ」
「そして今日、その一人へリュウトを加えました」
「……それは光栄だけど、なぜ?」
国家機密と言ってもいい。
王族、それも一国の女王が患う病だ。
こんな秘密を俺へ打ち明ける理由が分からない。
「お願いがあります──勇者リュウト」
サクラ女王は一歩、俺へ近付く。
静かに息を吸い、覚悟を決めたように口を開いた。
「私との子供を作って欲しいのです」
……はい?




