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同族殺しは愚者である  作者: 三月弥生
第六章 荒瘴命痕
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01  内在厭悪(1)


「ふわぁ~……ふかふかであったか~い」

 ――クオォォン――


 荒野の旅路、その道中で立ち寄った人の営みが消えうち捨てられた廃墟の(ゴースト)の探索を終えた名無達。見落としや別視点からの発見を考え名無とマクスウェル、両名による再度の探索も含め結果は振るわず。この町が廃墟の町である事、そして町に踏み入ると同時に表れた黒い獣に関する手がかりも見つけられず名無達は夜を過ごす。

 そんな中、ティニーは抱き枕を抱きしめるように黒い獣に身体を預け気が抜けた声音をあげる。

 

 大型動物、その中でも陸上動物最大ち言われるアフリカ象を優に越える体躯。そんな巨体を有する黒い獣の光を吸い込むような深みのある艶を湛えた黒い被毛に包まれる様は、まるで奈落に身を沈ませるよう。

 しかし、ティニーと黒い獣との間には恐れも拒絶も感じられない。

 言うまでも無く無邪気に触れあうティニーに対して、黒い獣も自分に抱きつくティニーを拒む事無く鼻先を寄せ、赤子をあやすかのように長くふわりとした尾でとんとんと優しく背中を叩く気の許しよう。今日初めて会ったばかりでありながら、小さい頃から供に育ったと言われてもおかしくない仲睦まじいやり取りが間借りした家屋の軒先で広がっていた。


「この黒い獣もレラと同じ魔族……であっているだろうか?」


「魔族でも言葉を喋らない種族もいますよ。表情や視線、姿勢や身体の動かし方で話をするんです」


「なるほど、身体言語(ボディーランゲージ)による会話か……俺は言葉を話さない魔族とは初めて会ったんだが、レラはやり取りを見て内容が分かるか?」


「す、すみません……私もナナキさんと同じで言葉を話さない種族と有ったのは初めてで……」


「そうなると俺達の観察力と洞察力が試されるという事だな」


『イエス。ですが、お二人の様子を見ても意思疎通に関しては問題ないかと』


 言葉を用いない意思の疎通。

 そう考えると互いが何を考え、何を思い、何を要求しているのかを正しく理解する事は難しい。実際、名無もレラ達との言葉の壁に苦しんだ身。マクスウェルの助けがなければ、ルクイ村で行動を起こす事が出来ず今とは違った道を辿っていた可能性もある。

 だが、これまでの経験によって言葉が通じなくとも意思疎通の手段として身体言語を用いることが出来ると分かっただけでも、今の名無や元から観察力が高いレラには差し迫った問題にはならない。

 それはティニーも同じく、むしろ純粋な行為と行動で接する事が出来る彼女だからこそ三人と一機の中の誰よりも黒い獣と距離を縮める事が出来ていた。これはこの場にいる誰にとっても嬉しい誤算と言えるだろう。


「ところで彼……であっているか?」


『イエス。生体スキャンの結果から雄、マスターと同じ男性です。彼以外の同種との比較データがありませんので、動物の数ある年齢判別項目の中から歯による判別法を実行。乳歯の下に永久歯を確認、体格こそ大きいですがまだ幼獣期の子供のようです』


「……驚いたな」


 幼獣期の子供というマクスウェルの言葉に名無は眼を見開きティニーと戯れる黒い獣を見つめる。まだ子供でありながら既に魔狼であるガロよりも大きな身体とその風貌からは成獣のような風格が滲み出ている。


「た、多分ですけど竜種……翼竜の子供だと思います」


(俺が知っている竜とは大分イメージが違うが……ティニーの喜びようを考えても問題はないな)


 竜と言われて真っ先に連想するのは巨体をもった超大型の爬虫類、堅く強靱な鱗に身が覆われ、垂直に長いスリット状の瞳孔、そして竜の象徴とも言える頭部から生える刺々しい角に強靱な背翼。

 だが、目の前にいる翼竜は名無が思い浮かべた姿とは異なる。彼が思い浮かべた竜の特徴を有する肉食哺乳類。だからと言って何か問題があるかと言われればソレは無く、むしろ親しみやすいくらいである。


「竜種なら身体も大きくなりますし子供って言っても私達より長く生きていてもおかしくないですから」


「グノーさんやエルマリアさんと同じ長命種か」


 長い時を生きる竜種としては幼子でも、彼等と比べて寿命の短い自分達とは精神の成熟にも差が出る。しかし、未だ幼獣期の子供でるなら警戒らしい警戒もせずに自分達の前に姿を現した事にも納得がいく。

 あれは見かけない、もしくは見知らぬ人に対する興味――好奇心を抑えられなかった結果なのだろう。その一方でティニーの加減が見られないスキンシップを嫌がる事無く受け入れ、自分から傷つける事の無いようにと柔らかさと優しさを感じさせる一連の仕草。


「あははっ! おかをぺろぺろはくすぐったいよー!!」

 ――グルゥ――


 大人としての余白と余裕を見せながらも、幼子のような屈託の無い距離の近さ。今の彼は子供から大人へと成長しかけている曖昧な時期なのかも知れない。そんな黒い獣とティニーの様子に名無とレラは口元を綻ばせた。


『マスター、一つ宜しいでしょうか?』


「? 何か問題か?」


『カレの名称はいかがいたしましょう、今後の話し合いの為にも確認しておくべきです』


「……確かに」


 黒い獣、彼と呼んだ回数こそ少ないが意思の疎通が図れる相手に対して名前で呼びかけないのは対等な関係を願う側として良くない対応だ。普通の動物相手であればまだ時間的猶予もあるが、今は迅速な行動に移らなければ。

 名無は黒い獣と目線を合わせようと腰をあげ姿勢を正す。ティニーと戯れ横たわってはいても、立ち上がった名無に向ける黒い獣の蒼の瞳はピタリと銀の瞳に向けられていた。


「……今更だとは思うが俺の、人の言葉は分かるだろうか? もし分かるなら首を縦に振って頷いて欲しい」


 その言葉に黒い獣は首を大きく動かし反応して見せた。言葉に理解を示すだけで無く、名無だけで無くレラ達にも伝わるよう意識したのだろう。これならば一方的でしかない言葉の問いかけ出会っても、互いに正しく意思を伝え受け取る事が出来る。


「聞いていたとは思うが君をどう呼ぶか話していた、何か方法があるなら君の名前を教えて欲しい」


 ――グウゥ――


 鼻を小さく鳴らし黒い獣は首を横に振る、言うまでもなく伝える手段が無い事を示す仕草。


「名前はこちらで考えたものでも問題ないか?」


 名無の問いかけにすかさず大きく縦に、名前を伝える事が困難である事を黒い獣もよく分かっているのだろう。本来の名前があっても別名の提案を受け入れる彼の表情に妥協や嫌悪といった雰囲気は無かった。


「感謝する、仮の呼び名だが皆幾つか案を頼む」

「が、頑張ります!」

「どんなのがいいのかな?」

『登録言語を総動員して相応しい名称をご提案いたします』


 三人と一機は黒い獣――黒の翼竜にあう、または気に入る名前をと考えを巡らせる。

 名無は人差し指と親指を下唇に当て口元を隠すように右手を添える、切れ長な銀の瞳が伏せられる様から翼竜の名付けに集中している事が分かる。レラも同じように翼竜に近寄って右手の人差し指をピンと伸ばし右頬に添えていた。

 しかし、名無とは違いその大きな金の瞳は柔らかな眼差しを持って翼竜に注がれている。翼竜の姿、色、所作から名前に繋がりそうな情報を得ようとしているのだろう。ティニーは変わらず翼竜の豊かな被毛に身を預け、胸の前で腕を組みながら考えを巡らせているようだ。

 

 そして最後にマクスウェルだが、名無の首元で機械水晶を赤、青、黄、緑と代わる代わる色を点滅させ膨大な言葉の羅列を処理していた。三者三様、一機一様。それぞれが真剣に翼竜に送る名前に頭を悩ませる。

 そんな名無達の様子に心を弾ませているのか、友好的に接していくれる彼等からの歩み寄りが嬉しいのか。ティニーを優しくあやしていた大きくふわっとした尻尾はぶんぶんと左右に振られていた。


「…………そろそろ案を出し合ってみよう」


 時間にして五分。名付けとしては短い時間ではあるが、あくまで仮の呼び名。

 良い名前をと時間を掛けても翼竜を待たてしまう事に変わりは無い。幾ら心弾ませる様子を見せてくれているとは言え十分、二十分と時間が過ぎれば人も動物も、子供も大人も飽きてしまう。

 そうならない為の五分と考えれば、ある意味では充分時間を掛けたとも言える。


「まず俺から行こう。俺が考えたのは『ノクス・ブルーシフト』だ、俺から見た彼の特徴や性格から考えさせてもらった」


 暗い夜を黒い被毛、その中で穏やかに輝く蒼い瞳。他種族に寄り添う事の出来る確かな優しさ、これらを軸に名無が考えた名前。言葉の響きとしては軍に身を置いていた事もあり、コードネームに寄った名称になってしまってはいるが決して的外れな理由から付けられたものではなかった。翼竜の尾も変わらず揺れており彼の好みに反していない様だ。


『では次にワタシから翼竜様の名称を提案させて頂きます』


 名無に続きマクスウェルが名乗りを上げる。


『内蔵されている登録言語の組み合わせから『クオン』を提案させて頂きます。黒く美しい宝石を示す『玖』の文字、長命種が有する長い時を意味する『久遠』……これらの要素を掛け合わせたものになります。短いながらも美しい音の響きが翼竜様に合致していると判断しました』


 マクスウェルも名無と同じく翼竜の特徴を元に、無数の言葉の中から彼に適していると判断したものを宛がった名前を提示する。名前の字面、音の響き……子供であれば愛らしく、大人であれば凜々しく。どちらであっても違和感を感じさせない一例、翼竜も気に入ったのか名無の時よりも尾を早く揺らしている。支援AIの面目躍如と言ったところだろう。


「はい、はーい! つぎはティニーのばん!!」


 順調に翼竜に似合う名前が出る中、名無達の中で一番翼竜と波長が合い触れあっているティニーが勢いよく立ち上がり右手を高く突き伸ばした。その様子からティニーも自分が考えた名前に自信がある事が分かる。


「ティニーはどんな名前を考えたんだ?」







「えっとね、ふかふかしてるから――フカちゃん!!」







「――良いんじゃないか」

『翼竜様の被毛を全身で体感した経験による実に実直な名称かと』

「可愛い名前だと思いますよ」

「えへへっ!」


 一瞬、ほんの一瞬……0.1秒間の空白と察しがティニーに気付かれる事無く二人と一機に降り注いだ。目線は泳がず、声は震えず、浮かべる表情は変わらず和やかに。満面の笑みを浮かべて胸を張るティニーに向けられる。

 だが、


 ――ッ!!――


 難とも言い難い表情で蒼い瞳をティニーを、そして名無達へと交互に視線を向け――いや、『分かってるよね』と言わんばかりに眼を見開き音を出さないようにしながら首をぶんぶんと横に振る翼竜。

 大きく、力強く、音が鳴ってしまいそうなほど頭を振っているというのに無音で事をなしている姿のなんと器用な事か。可哀想だとは思うが、翼竜の優しさを持ってしてもティニーが考えた「フカちゃん」という彼女の素直さが詰め込まれた名前は受け入れられる物では無かったようだ。


「そ、それじゃ最後は私ですね」


 何かの拍子でもティニーに見せるわけにはいかない翼竜の明確すぎる拒絶を眼に焼き付けながら、レラもこれまた器用に小さく深呼吸して気を取り直し翼竜と向き合う。


「ベルカナ……優しい翼って意味で…………どう、ですか??」


 レラの考えた名前もまた翼竜の外見と内面を元にしたものだった。しかし、名無達が考えた名前と比べても音の響きは耳に残り、女性的な印象を強く受ける。それでも何の違和感を感じないのは名前に込められた意味、優しく大きな翼を持つ翼竜をそのまま言葉にしたかのような必然性さえ感じさせる。


 名無の『ノクス・ブルーシフト』

 マクスウェルの『クオン』

 ティニーの『フカ』

 レラの『ベルカナ』


 これで三人と一機、全員が誠意を持って考えて出した名前が出そろった。この四つの候補の中から一つだけ選ばれる。翼竜は静かに立ち上がり名無達に視線をむけ、そして――


――グウォン!――


 レラへと顔を寄せ小さく、そして満足気に鼻を鳴らす。翼竜が選んだのは『ベルカナ』、優しい翼という意味が込められたレラの考えた名前だった。


「ほ、本当に私が考えた名前で良いんですか? 自分でもちょっと女の子っぽいかなって、思ったんですけど……」


「それでも俺達が考えた物の中では一番似合っているんじゃないか?」


『イエス、マスターの言う通りです。ワタシ達が考えた案も悪いわけではありませんが、私とマスターの物では堅苦しいかも知れません。ティニー様の名前も男性につけるには……少々可愛らしすぎたのかと』


「そっかー、ざんねん……でも、ティニーもレラお姉ちゃんがかんがたなまえすきだよ!!」


「そ、そうですか?」


「ああ、何より彼も気に入っているようだ」


 ――!――


 名無達の賞賛の声を肯定するように翼竜の――ベルカナの尻尾はこれまでで一番の大きく左右に振るわれ、レラを見つめる蒼い瞳も喜びの輝きを宿している。

 そんな名無達の言葉とベルカナの姿にレラは頬を赤く染め笑みを溢す。


「皆さんに気に入ってもらえて安心しました、ベルカナちゃんもありがとうございます!」


 自分の考えた名前を選んでくれた事への感謝、気に入ってくれた事への喜びを伝えよう翼竜の鼻先へと手を伸ばすレラ。ベルカナも頬を綻ばせるレラの手を受け入れる様に鼻を寄せ――


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 ――レラの意識は黒に塗りつぶされるのだった。





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