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同族殺しは愚者である  作者: 三月弥生
第六章 荒瘴命痕
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00  黒き獣は何を思う





















 ――ボクを見つけてくれたのは君だった





 ――小さなボクを宝物のように抱きかかえてくれた





 ――大きくなったボクを君は変わらず抱きしめてくれた





 ――ボクが儘を言って困らせても、君は嬉しそうに笑ってくれた





 ――喧嘩をしても君はボクに手を振り上げる事は無かった





 ――仲直りは何時も君が手を差し出してくれた





 ――楽しい時も悲しい時も君とボクとで分け合った





 ――どんな時も君が一緒に居てくれるだけでボクはは幸せだった





 なのに――助けられなくてごめん、護ってあげられなくてごめん





 ボクだけ生き延びてしまってごめん、君と一緒に死ぬ事が出来なくてごめん





 君が最後を迎える時、傍に居てあげられなくてごめん





 それでも、どうか……どうか届いていたのだと、分かってくれていたのだと願わせて欲しい





 ボクが君を、君と生きた時を■■■■■■を――



















 照りつける太陽はジリジリと肌を焼き、吹き荒れる砂嵐は視界を遮り歩みを鈍らせる。

 空と大地の境界線は何処までも広がり、乾ききった草木の残骸と水気の無いひび割れた地面は進む先には終わりしかないと見る者、歩む者に荒野の熱気さえ薄れる寒気を錯覚させる。


『――申し訳ありません、マスター・ナナキ。複数回、索敵を行いましたが探知範囲内に敵対反応だけでなく住人と思われる反応も検知出来ませんでした』


「マクスウェルに索敵を頼んだのは見落としがないようにするためだ。俺の方も何か有益な情報を手に入れられた訳じゃ無い、気にしなくて良い」


 そんな乾きとは裏腹に不安を滲ませる荒野の中、切り立った山の麓に佇む寂れた町に名無達の姿があった。


「や、やっぱり誰もいないんですね」


「たてものぼろぼろ……」


「建物の劣化具合を見ると大分前に放棄したんだろう、この辺り一帯が荒野だ。水は兎も角、食糧の確保が原因に違いない。知覚に水場や緑地がない事を考えると、食糧を手に入れられる方法は相当限られてくるからな」


 特徴らしい特徴の無い、広大に広がる荒野や切り立つ山肌からも見える薄茶色の御影石にもにた鉱石で立てられた家屋。その表面は荒く削れおち、幾つもの細かい罅が走っている。ひび割れの主な原因は雨や湿気といった水分によるものだ。

 しかし、この乾燥しきった荒野に水気は感じられない。考えられるのは砂漠の様に太陽が遮る物が無い環境下による紫外線の影響、日中の高温から夜間における低温による寒暖差から来るものだろう。長時間、長期間の紫外線に当たり続け寒暖差も加わるとなれば頑強な石材でも劣化は免れない。


 そんな過酷な環境で食糧の調達や確保は容易ではないだろう。町の規模はそう大きいものではなく、精々二百人弱と言った所だろうか。それでもこの町の住人が人間であれば魔法で生活用水を確保する事は難しくない、魔族だとしても皆で協力すれば不可能では無いだろう。

 だが、食糧に関しては魔法だけで解決できる問題では無い。

 規模を考慮せずに考えても、この荒野で土壌の再生を目指すには動植物の生息生育に必要な有機物や栄養素が圧倒的に足りていない。


(幾ら魔法で水の供給に心配が要らないとは言っても保水性と通気性がしっかりした土作りは簡単じゃ無い。豊富な水源の確保は大前提、そこから水を逃がさず一定の水分量を維持出来るようにする循環機構の構築。整えた土壌に異物が入らないよう遮る壁の設置に土と砂の置換も急務……大まかに考えても大規模工事と何ら変わらない、この世界では人手があっても簡単にできるものじゃ無い)


 土壌の改良が済み植物を育てる事が出来たとしてもタンパク質や脂質だけでなく、亜鉛や鉄、筋肉や免疫物質の合成に必要なアミノ酸の摂取にはやはり動物性の食品を口にする必要がある。


(作物を育てるだけでも難題だが、動物の飼育は更に困難……この環境下では生活が成り立たないと町を放棄するのも納得出来る)


 荒野の厳しい環境という事以外にも同族、他種族との戦闘によるものとも考える事が出来る。が、自分達が今いる町に戦いの痕跡は確認出来なかった事から前者が理由で町を放棄したと考えるのが妥当だろう。

『町全域の探索は完了しました。この町は家屋の外装、内装の劣化具合から最低でも数十年前に放棄、住人達の足取りが掴める痕跡もありませんでした。しかし、家屋の強度を充分に保っている物件が幾つか。気休め程度ではありますが日中の日差し、夜間の冷えを凌げるかと。長時間に渡るマスターの魔力消費を抑える事が出来ます、利用すべきだと提言いたします』


「さ、賛成です。ナナキさん、荒野に入ってから魔法で私達が暑さや寒さで倒れてしまわないように護ってくれてますから」


「うん、ティニーもナナキお兄ちゃんにやすんでほしいな」


 反逆の境から出発し、荒野に脚を踏み入れてから二週間。

 距離で見れば凡そ五百キロ近い移動距離。その間、自分も含め名無はレラとティニー、そして荷馬が激しい環境の変化に身体を壊してしまわないよう魔法による対策を続けていた。

 ジリジリと肌を焼く日差しが生み出す四十度を超える日中の暑さ、空気中の水分が欠如している事で一気に摂氏十度を更に下回る極寒の夜。此処何日も三十度以上の気温差に晒されてしまえば、まず間違いなく身体が気温差に適応できず体調を崩すのは眼に見えている。

 これが季節による寒暖の変化であれば名無も魔法を使ってまで快適な気温を維持することは無かっただろうが、レラとティニーの身体の事を思えば名無にとって取って然るべき対応だった。それを途切れる事無く二週間近く行っている、その負担を考えればマクスウェルだけでなくレラとティニーが心配の声を上げるのも当然だ。


「ありがとう……だが、レラ達が心配する程の負担は無い。今後の体調面を考えれば魔法による対策を怠るのは悪手だ。魔法を解除するわけには行かないが効果を少し抑えよう、それだけでも魔力や体力の消耗は抑えられる……納得して貰えるか?」


 熱中症で倒れたり、凍傷にかかるような事があればそれこそ全員の負担が大きくなる。そうなってしまっては元も子もない、レラ達の言葉を嬉しく思いつつも彼女達と同じように心配するからこそ名無は代わり映えのない折衷案を提示した。


「うぅ……分かりました。でも、無理はしないって約束してもらえますか?」


「無理はしないと約束する」


「つかれたらやすんでくれる??」


「ああ、疲れを感じたら休もう」


 名無の言葉にレラとティニーは眉尻を下げたが、名無が誠意をもって答えている事を分かっている為に渋々ではあったが引き下がる二人。

 しかし、


『では、ワタシの方でマスターのバイタルを計測し不調を確認しだいレラ様達に報告いたします。比較データは普段から計測マスターのバイタルデータとなります、異論はありませんね?』


「それでマクスウェルが納得してくれるのであれば」


『イエス、マスター。ですが、これまでの会話は記録していますので、レラ様達と交わした約束を反故にしないようお気を付け下さい。反故にした場合――』


「した場合は?」


『現時刻から記録した会話をBGMとして流させて頂きます、終了条件はマスターがレラ様達との約束を守ったとワタシ『が』判断した時です』


「分かった、約束は絶対に守る」


 長らく名無の性格と行動を一番近く、一番長く見てきたマクスウェルは黙って引き下がる事は無く、むしろ名無の言質を盾にとり駄目押しとばかりに彼にとって恥と罪悪感となり得る材料を使った相棒だからこそ出来るおど――きょうは――凄みをもって名無の首を縦に振らせる手腕を見せたマクスウェル。

 これには名無も言いようのない苦い表情を浮かべ、レラとティニーは「「おーっ!」」と感心と尊敬の声を上げるのだった。

 そんな心和む……和むやり取りをする三人と一機を覆うように乾いた土に影が差す。


(……こちらの手がかりも見つけられれば良かったんだがな)


 差し込む影に踵を返し顔を上げる名無、彼の銀の瞳に映るのは自分達を覆った影の主。


 ――グウゥ――


 名無達に重なる影よりも濃く暗い被毛に覆われた巨軀、鳥の翼に似て非なる強靱な背部の両翼。鋭い爪が伸びる巨軀を支える剛健な四肢。

 そして、名無達を見下ろす狐を思わせる面貌に輝く蒼色の双眸。その出で立ちは見る者達全てに死の恐れを抱かせる漆黒の獣。

 しかし、名無達に彼の獣を前にし臨戦の気概は全く無かった。それは漆黒の獣も同様……名無達を見つめる蒼の瞳に敵意も害意もない。あるのは、その出で立ちとは真逆な柔らかく暖かな友好な知性の輝きだった。





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