転入、そして
「すみれちゃーん! こっちこっちー!」
声のした方を向くと、紗和ちゃんが三階の窓から大きく手を振っていた。それに応えるように私も手を振る。
「そこの階段上がってすぐだからー」
「わかったー!」
私が転入して、気づけば一週間が経っていた。
転入前日。学園案内は忍軍団と一悶着したせいで時間が無くなり、全部回りきれなかった。
そこで、学校は始まってしまったが、合間を見て紗和ちゃんが案内してくれているのだ。
(今日は音クラの練習見れるって言ってたっけ)
言われた通りに目の前の階段を駆け上がろうと、一歩足を踏み込んだ瞬間。
「そっち……違う」
「わっ!?」
振り向くといつの間にか真後ろに橘さんが立っていた。
(ビックリしたーっ!)
こっちが心臓止まりかけた事は、少しも気にも留めずに反対方向にスタスタと歩き始める。
「あ、ちょっと、待って!」
このままここで置いて行かれては迷子決定の私は、慌てて彼女の背中を追い掛けた。
(一週間経ったっていうのに、全くこの学校の構造が分からん……)
そうなのだ。広すぎて、全然全体を把握出来ない。
紗和ちゃんやクラスのみんなも、未だによく知らない場所あるって言ってたし。
そんな学校を一人で彷徨くのは、実はまだ怖いんだよね。
放課後のシンと静まり返った廊下を、二人の足音だけが響く。
「あの、ありがとう橘さん」
「…………」
「その、わざわざ案内してくれて」
「……別に」
「…………」
「…………」
(まただ……)
橘さんとは寮で同室になった。にも関わらず、これまで会話らしい会話をした事がない。
いつも私が一方的に話し掛けて、そして話が途切れる。その繰り返し。
(この沈黙……耐えられん)
(な、何か会話……)
「た、橘さん! 黒影って知ってる!?」
口をついて出た言葉は自分でも意外すぎる言葉で。
橘さんはぽかんとした顔で立ち止まった。
(何思わず口走ってんだ、私ーっ!)
でも話出したら、止まらなくて。
「知らない? この学校の伝説? つーか七不思議?」
「…………」
「この学校に『黒影』って正義の味方がいるって。生徒の悩み解決してくれる、って」
「…………」
「私も一回助けてもらって。だからお礼言いたくて、それで……」
「編入した?」
「うん」
「ふーん」
「……って、あれ? なんでこんな話……?」
「すみれって、可愛いね」
「え?」
――ガラガラガラッ
「すみれちゃん!」
「あ、紗和ちゃん」
「もう遅いから迷っちゃったかと思って、心配したよ〜」
いつの間にか紗和ちゃんの待つ音楽室まで来ていたらしい。
『良かった』
何故か無意識にそう思った。紗和ちゃんの顔見たら、一気に緊張が解ける。
「ごめんごめん……あれ?」
気がつくともう橘さんの姿はなくて。
(ホント、あの人神出鬼没……)
「どうしたの?」
「ううん。何でもない」
「すみれちゃん、早く! こっちだよ」
釈然としない頭のまま、紗和にポンと背中を押される。
少しよろけて入った教室。不意に顔を上げた目線の先には、小さなステージがあった。
「……!?」
耳に届いた三味線の音色。それは編入前日に一度聴いた旋律。
頭の理解が追いつく前に、色鮮やかな着物が視界を覆い尽くす。
「な、にこれ……」
息つく間もなく四天王の舞が始まった。




