13話 (後) --- おにいちゃん
「昨日の賭けに惨敗したから、約束通り『青窟』に連れて行ってやるよ」
やってきたその人を見て、渋谷くんが「イサあああぁぁぁlぁぁ!」と呼びかけながらすっ飛んで行く。そしてそのまま彼の胸倉を掴んでゆさゆさ乱暴に振り出した。
「おまえな、空気読め、読め、読め!読むんだ、読みなさいっての!読むべきだろぉぉ!」
いつも空気を読まない渋谷くんにだけは言われたくない台詞だろうなと思いながら、わたしもやってきた和泉くんを見る。和泉くんは自分にまとわりつく渋谷くんなど蚊に食われたほども気にしない様子で、「とりあえず石崎に車回すように言っておいたからな」と告げた。
その落ち着き払った態度にますます怒りを深めたらしく、渋谷くんはさらに乱暴に和泉くんを前後に揺さぶった。
「なんでなんでなんでな・ん・で!このタイミング?今広海告り中。いいとこだったの!!馬鹿?馬鹿なの?隠れ馬鹿キャラなんでしょおまえはああぁあああああっ!!」
和泉くんは五月蝿そうに「黙れ馬鹿喧しい。バカトはすこし黙っていろ」実に流暢な日本語であしらう。
「……和泉くんってやっぱり日本語喋れるんだね」
和泉くんはわたしを見てわざとらしく「いたのか」みたいな顔をしてくる。……いちいちむかつく人だ。
「とりあえず駅のロータリーに待たせてある。6時からだからそろそろ向かわないと間に合わないぞ」
「え、まじ?」
和泉くんの言葉に、渋谷くんがぱっと手を離して携帯をチェックする。
「ほんとだ。俺ローファー穿き替えてくる!ほら賢ちゃんも部活締めて食いに行こうよ!」
「時間にうるさい店主だからな。遅れたら諦めろ」
「やだよ、やっとイサが褒めちぎってた鴨肉のパスタ食べられるんだもん。しかもオーナーが妖艶系の美魔女なんでしょ!?しかも独身で!!サトコさん会ってみたいし!ほら賢ちゃんも急ごうってばっ」
小田切くんの背中を押しながら、渋谷くんが「そうだ!」と名案を思いついた顔で振り返ってくる。
「な!今日上野さんも行こうよ」
「へ?」
驚いた顔するわたしに答えたのは、小田切くんだった。
「舌の肥えた和泉が、なかなか俺たちに教えてくれなかったとっておきの店に行くんだ」
「一見さんお断りのすげぇうまい創作イタリアンらしくて。ほら失恋のお祝いにさっ!」
渋谷くんの言葉に、小田切くんは端正な顔を物いいたげに歪める。
「このバカト。失恋を祝ってどうする」
「へっ、あんな変な男と手が切れて喜ばしいじゃん、だからお祝いお祝い!ついでに上野さんのあたらしい恋でも祈願しちゃおうぜ!」
渋谷くんは自分の思いつきに自分で満足した顔で、わたしが何を言うよりさきに「じゃあ決まりね」などと言ってくる。
「上野さん。昨日は上野さんの誕生日だったんだろう?俺たちの所為でとんだ誕生日にしてしまったのだから、その償いに今日改めて上野さんのバースデーパーティをしよう」
「お!ますみんってばいいこと思いつくね。じゃあ変更、上野さんのバースデーパーティ・イン・青窟ってことで!上野さんだけじゃ来づらいだろうし、秋名さんも誘おうよ、ますみんが大好きなあき」
話の途中で「ぐえ」とこの世のものとは思えないグロテスクなうめきを上げて渋谷くんが地に沈み込んだ。
「……じゃあ俺と広海と真澄、それとケントとバカ、あとはアキナさんとそこにいるおまえな。7人で行くと連絡する。人数が変わってもサトコはひどく機嫌を損ねるから絶対来いよ?」
和泉くんが携帯を手にしたまま、「わかったな?」と怖い目をしてわたしに言ってくる。あの、それちょっと脅しに聞こえるんですが……。
「悪いけど上野。付き合ってやってくれないか」
隣にいた、学園一のイケメンにまで乞われて、わたしは断れそうにもない状況になっていた。「わかりました」とちいさく呟くと、なぜか渋谷くんがいちばんうれしそうな顔して「やったね!パーティパーティ!」とはしゃぎだす。
「上野さん」
「なに?相澤くん」
「サッカー部もそろそろ終わりそうだから、上野さんは秋名さんに声掛けておいてもらえる?今の時間は部室に用具仕舞い込んでると思うから」
だから相澤くん、あなたはなんでサッカー部のことそんなにくわしく把握してるんですか。
「……うん、分かった、誘ってみる。……あ。でもその、ちょっと」
「何、上野さん。もしかして逃げるつもり?」
「えっと、じゃなくて。お食事に行く前に、どっか近くにあるATMに寄りたいなぁって……」
さすがにセレブなみなさまの食事会に、所持金2、3千円じゃ参加できない。先にお年玉を預けてあるATMに寄らせてもらってもいいかと恐る恐るお伺いを立ててみると、なぜか和泉くんが不機嫌を通り越して鬼のような形相になった。
「……今日は俺のおごりだって言ってるだろ。俺が女一人分の飯代も出さない奴だと思ってるのか」
「は?なんでイサがおごる気でいるわけ?」
「そうだ、おかしいだろ。ここは広海に払わせるべきだろ、上野さんのことなんだから」
和泉くんの言葉に、相澤くんと小田切くんがすぐさまツッコミを入れる。その背後で渋谷くんが「ほら早く秋名さん誘っておいでよ!」とわたしの背中を押し出してくれる。
「おーい上野さーん!秋名さんにも飯代は心配しなくていいって言っといて。好きな子と一緒にごはん食べられるなら、飯代くらいいとしの秋名さんの分をいくらでもますみんが払っ」
遠くからまたぐえ、とつぶされた蛙のごとき悲鳴があがった。
「上野。ちょっと待って」
サッカー部の部室に向かっていると、隣に駆け足の高大が並んできた。こんなタイミングで言うのも気が引けるけど、と前置きして高大は真剣な顔をする。
「俺は上野と、上野と一緒にいることが当たり前だったあの頃みたいになりたいんだ」
「……そうなんだ」
「まだ俺のこと許せないのかもしれないけれど。でも前みたいに上野と普通に喋って、笑って、仲良くしたいんだ」
「でももう高大くんは、わたしがいなくても大丈夫じゃない」
誰かが手を引いてやらなければならなかったひーくんはもういない。
「小田切くんたちみたいな頼りになるともだちがいて、学校で人気者で、女の子たちのファンもいっぱいいて。もう人前で物怖じしないで喋られるようになったし、人見知りもしないでしょ。高大くんはもう普通の、立派な男の子だよ」
「……だから何だって言うんだよ」
高大は不意に立ち止まると、聞き分けのない子供のようにきれいな顔を不満そうに歪めた。
「大丈夫なんかじゃない。俺には上野が必要だ。上野じゃないと。……初実ちゃんじゃないと俺は嫌なんだ……!」
そう言って走り去っていく姿はまるですねた子供みたいで。わたしの胸は痛みでも甘酸っぱさでもないものでぎゅっと引き絞られた。
-----------もう、どうしようもないんだから。
誰かに甘えなくてもひとりで立って歩けるようになったはずなのに。どうしてあのひとはいまだにわたしの手を掴んでこようとするのだろう。
「……ほんとに、しょうがないおにいちゃんなんだから………」
その日の晩。
わたしは胸の中に隠してあるちいさな扉に鍵をかけて。人生でいちばんにぎやかで、いちばん馬鹿馬鹿しくて華やかな、そんな誕生日会を高大たちとたのしんだのだった。
《一部 終了》
引き続き話散らかっててすみません。おまけにありきたりなネタまでぶち込んで、畳むどころか広げてしまって、、、。
ぼんやり連載続いていくので、もしすこしでもたのしんでいただける余地がありましたらおつきあいよろしくおねがいいたします m(_ _)m




