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14話 --- 放課後のひと騒動、もしくは相澤くんのこと。 

バターが溶けてきた。


小麦粉と卵、それに甘いバニラオイルがまざりあった生地がじわじわ加熱されていくときの、甘くて香ばしい匂いが家庭科室いっぱいに満ちてきた。この幸福な匂いに包まれていると、多少のつらい記憶も経験も脳裏から遠退いてくれる気がした。


お菓子作りは、わたしにとって心を鎮めてくれる、癒しの行為だ。



「……それで上野、つまり御園生くんとは付き合ってなかったっていうことなの?」



焼き加減をオーブンの前で見張っていたわたしとエリナ部長は、ひそひそとおしゃべりに興じていた。今週の製菓のテーマは「ホームメイド感たっぷりなおやつ」。今日は型抜きしないで手で丸めて形成した、チョコチップがごろごろたっぷり入ったアメリカンクッキーをつくっていた。


長い焼き時間の間に、一昨日のパーティーでわたしのために高大にビンタしてくれたらしい部長に、かいつまんで自分の身に起きたことを報告していたのだった。その延長で、忍ちゃんに振られたことも話していた。



「そうなんです。付き合ってるって思ってたのは、わたしの思い込みだったんです、お恥ずかしい話」

「でも、上野あんなうれしそうにしてたのに……」

「あはは、わたし、忍ちゃんにはただの『妹』にしか見てもらえてなかったみたいで」



自分の言葉がぐさぐさ胸に突き刺さる。


わたしは忍ちゃんにとってうとましい『妹』でしかなかった。でも忍ちゃんが今までどういうつもりでわたしの傍にいてくれたのかはさておき、わたしがいちばんつらいときに隣に忍ちゃんがいてくれたことは、わたしの支えになっていたから。忍ちゃんにそんな気がなかったのだとしても、まちがいなくわたしは御園生忍という人のお陰で救われた面もあるから。


「………ちゃんと諦められると思うけど。でも、忍ちゃんのこときらいにはなれないんですよね」

「上野………っ!」


エプロンをした部長に突然ぎゅうっと抱きしめられる。


「うあ、ぶ、部長?!」

「上野。上野。………つらかったね……本当に本当につらかったね……」


間近にある色白で小顔のエリナ部長を見上げると、その目尻には涙が浮かんでいた。


「い、いや、その。公衆の面前でバッサリやられたんで、むしろもう気持ちが吹っ切れそうというか、未練ぶった切られたというか、えっと、そんな先輩にそこまで心配していただかなくても平気というかなんというかっ、その、この失恋を糧にしていきますというか何というかそういう心持で……」


美人の涙に動揺しきっていると、ますますエリナ部長にぎゅっとされる。


優雅でお嬢様然としたエリナ部長だけど、おっとりとした見かけとはうらはらに、中身はとっても情に厚くて涙もろい、感情の起伏がゆたかな姉御肌なひとなのだ。かわいがってもらえてることがうれしいからだけではなく、純粋にわたしはこのエリナ部長のことがとても好きだから。だから部長に心配を掛けてしまったことに胸がちくりとする。


「部長、すみません」


部長は上野は何も悪くないでしょ、とちょっと怒ったように言った後で。


「……ひどいよね、たくさん好きになった後で『そんなつもりなかった』とか言うなんて。『妹』なんて労わったふりした残酷な言葉で一方的に断ち切ろうとするなんて……あんまりよ。御園生くんは上野を何だと思ってるのよ……!」


つらかったね、と泣き崩れそうな声で言いながら部長がよしよししてくれる。昨日も一昨日もいろんなことがありすぎて、失恋したというのに泣くことも出来なかったけれど。部長のなぐさめがなんだか胸にじわりと迫るものがあって。部長をぎゅうっと抱きしめ返した。



「……っ……えりなぶちょぉ……っ…!」

「よしよし。泣いてもいいんだからね?」


部長は自分のやわらかい胸にわたしを引き寄せてくれる。やさしさが沁み過ぎてうるうるしているうちに、「そうかわたし失恋したのか」という実感がじわじわ沸いてきた。


好きな人にわたしと一緒にいた時間を『惨めだった』と言われるような、今までの自分全否定されるくらいのひどい振られ方だった。けどこうやってなぐさめて気にかけてくれるひとがいるってだけで、なんだかちょっと立ち直れそうな気になってくる。



------------昨日バカ騒ぎしてくれた高大たちにも、もういちどお礼言わないとな。



行くまでは緊張していたけれど。昨晩和泉くん行きつけのイタリアンレストランで開いてもらったバースデーパーティはとてもたのしかった。


サプライズで『青窟』のオーナー・里子さんが用意してくれていたホールのケーキにロウソクをたてて。ユキちゃんが手拍子する中で、みんなにハッピーバースデーを歌ってもらった。妙にハイテンションではしゃいでいた渋谷くんは勝手にロウソクを吹き消して。里子さんと高大が怒って渋谷くんの頭を引っ叩いて。相澤くんはそんな様子を呆れた様子で見てて。意外なくらい歌がものすごく上手だった小田切くんは、渋谷くんに乞われて照れながらももう一曲わたしの知らないステキなバースデーソングを歌ってくれて。物足らなそうな顔で「いつものワインが飲みたい」と言い出した和泉くんにはみんなで「未成年だろっ」とツッコミを入れて。


最前に失恋したばかりだということも忘れさせてくれるくらい賑やかで、笑ってばかりだった。……もう高大と笑い合いながら誕生日を過ごすことなんてないだろうとずっと思っていたから、余計にいっぱい笑っておいた。


そんな昨日のことを思い出していると。ふと視界の中でなにかがきらりと光った。部長の惚れ惚れするほどきれいな耳たぶ。そこにアンティーク風のきれいなビジューのピアスが輝いていた。



「あ……そうだ!」



ちょっとすみません、と断って部長の腕からするりと抜け出て。慌てて駆け寄ったカウンターの鞄の中からきれいに折り畳んでおいたハンカチを取り出す。


「あのこれ、エリナ部長のじゃありませんか!?」


ハンカチを拡げて見せると、先輩の目が包みの中にあるそれに釘付けになる。


「ホテルから帰る道の途中で拾ったんです。部長が高大の誕生日パーティーで頭につけてたビジューの飾りとよく似てるなぁって思って」


大粒の翡翠色のビジューがついたピン飾りだ。


道端に落ちていたそれが、アップスタイルにしていた部長の髪を華やかに飾り立てていた色取り取りのビュジューのひとつじゃないのかと思って、拾い上げておいたのだ。その繊細なカッティングが欠けてしまわないように、持っていたコットンのハンカチできれいに包んでおいた。


「これって部長のですか?」


部長はしばらく呆然と力の抜けた表情になり。突然滅多に見ないくらいはしゃいだ顔になって、再びわたしに抱きついてきた。


「……………上野ありがとうっ!!」

「ふわぁああ!」

「探していたの!ずっと探してたの、これ!!今朝も早く起きて帝宮ホテルから駅までの道、往復して交番にも訊きに行ったの。フロントに問い合わせても拾得物には届いてなかったから、もう見付からないだろうって諦めていたのに。………ありがとう。ありがとう上野!」


ぎゅうっと抱きしめられて、こめかみのあたりにやさしいキスをされた。ひえ。これがフランス流の最大の「ありがとう」の示し方なのかな?と、目の前にいる日仏ハーフの美人を見る。部長はその間にも二度三度とキスをしてくる。うああ。


「ぶぶぶ、部長、あああの、どういたしまして、というか部長から、なんかすごくすっごいいいにおいがします!」


超美人なおねえさまからご褒美のキスをしてもらうなんて、同じおんなでもどきどきくらくらしてくる。うれしさなのか恥ずかしさなのかであやしい日本語を喋ったわたしを見て、エリナ部長が笑う。「ふふ、上野も今日なんかいい匂いするわね」と言いながら、わたしの首筋あたりにきれいな鼻梁を寄せてきた。


「この香り。チェリーブロッサム?……かわいい。上野によく似合ってる。自分で選んだの?」


こんな美人に首筋をくんくんされながら褒められるなんて、恥ずかしすぎて顔が火照ってしまう。


「や、この香水、誕生日プレゼントに貰ったもので……ってせ、せんぱい、やめてくださいよっ」

「いいじゃない、ちょっとくらい香らせてくれても。うん、やっぱり女の子らしくて上野にぴったりね。男の子から?」

「そんなわけないですよ。雅く……兄です、兄貴からもらった……ってもおっ、やめてくださいってばっ」

「だってほんと上野かわいくていい香りなんだもの」

「部長っ!」



「……何やってんの、上野さん」



突然冷め切った声を浴びせられて、オーブンの前でじゃれつくように攻防していたわたしと部長が固まった。いつの間にか家庭科室のドアが半開きになっていて、その隙間から「上野さん、なんかレズってるみたい」とひそひそ話が聞こえてきた。ドアの外には5、6人くらいの女の子たちが立っていた。記憶が正しければこの子たち、たしか隣の、小田切くんと同じクラスの女の子たちだ。悪ふざけをしていた部長の顔から、すっと笑みが引いた。


「………今は部活動中なんだけど。あなたたち、何か用でも?」


部長がわたしの一歩前に、まるで庇おうとするかのように進み出た。同性の目から見ても見惚れてしまうほどの美人に毅然とした口調で尋ねられ、女の子たちが怯む表情になる。


「用がないならごめんなさい、お引取り願います」


取り付く島もなくきっぱり言って部長がドアを閉めようとすると。閉じきる前に強引に隙間に手を差し込んで「待って!」と声を上げる子がいた。


「待ってください。部活中、お邪魔してすみません。でもわたし、どうしても訊きたいことがあるんですっ」


そういいながらドアをこじ開けて、ひとりの女の子が進み出てきた。その子は部長ではなくわたしの真正面に立つと、まるで挑むような目付きでわたしを見てきた。


「上野さん。今ちょっといい?」



宣戦布告するような表情で言ったのは、ルイちゃんだった。




* * *




「あの、訊きたいことって……?」


特別棟の屋上に連れて来られたわたしは、隣のクラスの5人の女の子たちと対峙していた。そのいちばん後ろの6人目、女の子たちに支えられるようにしてルイちゃんが立っていた。昨日わたしが渋谷くんに手を繋がれて歩いているとき、渋谷くんが熱心に口説いていた女の子だ。


ルイちゃんこと荻野ルイ花ちゃんは、学園ではちょっとした有名人だ。ユキちゃんから聞いた話だとルイちゃんはおしゃれな雑誌で今人気急上昇中の読者モデルさんなんだそうだ。つやつやでくるんとカールした茶髪のロングヘアがよく似合っている派手めな顔立ちで、長くてすらりとした手足に、猫を彷彿させるちょっと釣り目がちな目が印象的な、渋谷くんでなくても食いつきたくなるであろうすごくきれいな女の子だ。


そのルイちゃんが、おともだちに支えられて、どうにか勇気を振り絞ったような顔で大真面目にわたしに訊いてくる。



「……上野さん。上野さんって、春人ハルヒトのことどう思ってるの?」



---------ハルヒトって……渋谷くんのことだよね………?



昨日ユキちゃんと一緒に高大たちとごはんを食べに行って。お店に行く道すがら彼らと一緒に歩いているところをうちの生徒にたくさん目撃されていたから、きっと明日は高大たちのファンからすごい風当たりになるだろうなって覚悟していたけれど。


実際今日は高大絡みでユキちゃんともども女の子たちから既に5回ほど呼び出されたけど。(あと実は、相澤くん絡みでこっそり空手部のおにいさんたちからも呼び出されて「相澤さんはみんなの共有物だから占有することがないように」と釘を刺されました)そんなこともあって放課後は部長がわたしに張り付いててくれたわけなんだけど。



「あの。…………渋谷くんが……えっと、なに?」



よりにもよってその人のこと、わたしに訊きますか。わたしが眉を顰めていると、ルイちゃんを取り囲んでいた女の子たちがキッとわたしを睨みつけてくる。


「とぼけないでよッ」

「昨日ルイの前で仲良く手を繋いで歩いてたんでしょ!?」

「その後、渋谷くんと一緒にどこか出掛けようとしてるところ、見た子がいるんだから!」

「ルイを差し置いて、渋谷くんとデートしてたんじゃないでしょうね」

「上野さん、まさか渋谷くんと付き合ってないよね?」



高大や小田切くんならいざ知れず、なんで渋谷くん………。



「昨日ルイ、やっと渋谷くんとデートの約束してもらえたってのに、すっぽかされたんだよッ」

「上野さんが邪魔したんじゃないの?」



昨日、ルイちゃんは渋谷くんがどうしてもっていうなら付き合ってあげてもいいよ的な立ち位置にいるように見えたけど。



「あの、荻野さん。もしかして荻野さんって………ほんとは渋谷くんが好きなの?」


ルイちゃんはわたしの指摘に、かあっと頬を染めた。


「そうだけど。………なんか悪い?」


顔をまっかにして睨んでくるルイちゃん、かわいすぎる。もしルイちゃんに何か悪いところがあるのだとしたら、それは男の子の趣味なんだと思う。すごく大きなお世話だけど。なんで渋谷くんなんだろ。そりゃ渋谷くん、見た目はオシャレでかっこいいけど。でも同じイケメンなら、個人的にはぜったい小田切くんの方がおすすめなんですが。


「上野さん、昨日春人と遊びに行ったんでしょ?……誤魔化さないでよねッ!駅前で同じ車に乗り込んでくとこ、クラスの子が見たって言ってたんだから」

「あの、べつに渋谷くんとふたりきりだったわけじゃなくて。……昨日は小田切くんとか他の人も一緒で……」


わたしが言い訳のようにしどろもどろ説明していると。


「小田切くん!?」


ルイちゃんを気遣いつつもどこか他人事みたいな冷静さがあった女の子たちが目の色変えた。


「ちょっと今、小田切くんって言った?」

「小田切くんって、もちろんうちのクラスの委員長のことでしょ?」

「上野さんと小田切くんがなんだっていうのよ?」



---------どうしよう、墓穴掘ったみたい。自分が埋められるための墓穴をざっくりと。



「答えなさいよ、まさか上野さん、渋谷くんじゃなくて小田切くんのことが好きなの?」

「委員長とどういう関係だっていうのよ?」

「他クラスのクセにうちの小田切くんに手を出していいと思ってるわけ?」

「黙ってないでなんとか言ってよッ」


こわいこわいこわい……!!


みんな目がまじだ。そりゃ小田切くんくらいすてきな男の子には、熱烈なファンがいて当然だよね……。あさはかにも名前を出したわたしがバカだった。部長に迷惑かけたくなかったからって「大丈夫ですよ、ちょっと行ってきます」なんて言ってひとりでのこのこ来てしまったわたし、ほんとバカ。


「さあ、じゃあ答えてもらいましょうか」


いつのまにかぐるりと女の子たちに囲まれていた。小田切くんとは一緒にごはんを食べに行っただけだと言っても、たぶんそれすら嫉妬されボコボコにされてしまう理由になるんじゃないかというくらい、女の子たちから異様な空気を感じていた。


どうしよう。蛇に睨まれた蛙状態になっていたそのとき。



「あ、いたいたッ!」



突然、遠方から声がした。思わず聞き入ってしまうほど澄んだ声に、みんないっせいに振り返った。



「家庭科室にもいないかったし。どこ行ってたんだよー」



そういいながらアイドルのプロモDVD顔負けの可愛らしさで、小柄な男子が笑いながらわたしに走り寄ってくる。相澤真澄くんだ。スキップするような軽やかな足取りの彼の周囲だけ、なぜか太陽の光が乱反射したようにきらきらして見える。相変わらずの天使ぶりだ。


「もう、探したよ?」


なんでこの場に相澤くんが現れたのかという疑問よりも先に、笑顔で駆け寄ってくるこの姿は、もしこの人が男子だと知らないひとが見たら美少女がキャッキャウフフとはしゃいでるようにしか見えないんだろうなと思って、なんだかせつない気持ちになった。


……たぶん相澤くんの下僕であろう、さらに遠巻きの普通棟の屋上からこちらを窺っている空手部のおにいさんの姿に気付いてしまったから、なおのことせつなくなってくる……。どんなに可愛くたって、このひとの本性は『地獄の相澤』で、且つ男子なのに。


「こんなところで何してるんだよ?」


まるで旧知の仲のような口ぶりで、相澤くんがわたしに話し掛けてくる。その様子に驚いた顔をする女の子たちが「相澤くん……上野さんと知り合いなの?!」と訊くと、相澤くんは「うん」とにっこりほほえみ返す。今日は純度100%のエンジェルスマイルで、それを見たルイちゃんを含む女の子たちはみんな一斉にだらしないくらい頬をゆるませた。今みんなの頭上に「萌え~」の文字が浮かんだのか見えた気がした。


「俺とこの子、幼稚舎でおなじ『ときわ組』になったときからの付き合いで。俺が気兼ねなく話せる、数少ない女友達みたいな感じかな?」


ね?と笑顔で話を振られて。でもその笑顔の下から隠しきれていないどす黒いオーラのようなものを感じ取ってびびっていると。相澤くんは「どうしたんだよ、もう」と言ってじゃれるようにどん、と肩をぶつけてきた。


---------痛ッ!!


他人からでは気心知れた者同士のじゃれあいにしか見えないでしょうけど。可憐で小柄な見た目を裏切ってかなり筋肉質らしい硬い身体でぶつかられるとめちゃくちゃ痛い。青タン出来そう、っていうか岩?格闘技で鍛えまくってる雅くんの身体を彷彿させる。


「だから昨日もさ、俺、賢人とか春人とか、いつもの面子で飯食いに行ったんだけど。俺の友達のこの子も一緒に連れて行きたくなって同席してもらったんだ。昨日は急な話でごめんね?」

「えっ。……あ、いえ、どーも」


ぎこちない返事に、エンジェルスマイルの瞳の奥で悪魔的な凄みが一瞬ちらついた。それに気付かぬ様子で女の子たちは口々に「なーんだ」と安心したように呟く。


「上野さん、小田切くんじゃなくて相澤くんと仲がよかったんだ」

「知らなかった。相澤くん、よく上野さんと遊んでるんだ?」

「うん。お互いに部活のない日とかにね。……それで荻野さんたちにはウイに何か用でも?」


うい?


相澤くんにあだな呼びにされて肌がぞわっとしたけれど。わたし以上にルイちゃんたちが驚いたような顔をする。


「ああ。この人、名前ハツミじゃなくてウイミっていうの。で、俺は昔からウイって呼んでて」


相澤くんが喋るたびに、女の子たちからわたしへの敵愾心が薄らいでいくのがわかった。


「そうなんだ。ほんとに仲いいんだねー」

「あだ名で呼ぶくらい仲がいい女の子がいたなんて知らなかったなぁ」

「だよね。相澤くんて、女の子に興味ないと思ってたから意外」

「相澤くんより可愛い女子なんてなかなかいないもんね」

「そうそう。大抵の女の子はみんな完全な引き立て役になっちゃうもんね、相澤くんの前だと」


にこにこにこ。相澤くんは笑っているけれど、なんか体感温度が下がったような。


「でもさ、相澤くんと上野さんって普段どういうこと話したりしてるの?」

「今はクラス違うし、空手部と家庭科部で全然違うし」

「なんか共通の趣味でもあるの?」


好奇心剥き出しの女の子たちの質問に、相澤くんは主演女優賞(じゃなくて俳優賞だった)を贈りたくなるような見事な照れ笑いを作った後、「それはちょっと秘密」と言う。


女の子たちは口々に「今の見た?」「やばい。超かわいいんですけど」「ロリコンじゃなくても萌えるね」「あの顔、きっと恋バナとかしてるんだよ」「上野さんとは恋の相談する仲なんだ」「空手部の時任主将が知ったら泣いて悔しがりそう」とひそひそ喋って盛り上がりながら、屋上を去って行った。



残された相澤くんは、女の子たちが降りていった階段が凍りつきそうなくらい冷たい目で見下ろした後。



「……あれくらい、適当にあしらいなよ」


わたしに向き直ると不機嫌丸出しの顔で相澤くんは「世話が焼けるね、上野さんは」と吐き捨てた。


「あの、助けてもらったのかな。いちおうありがとう………?」

「仕方ない。君は広海の『特別』なんだから。俺の友人だと思わせておけば、女子から絡まれることも少なくなると思うよ?」

「………お気遣い、痛み入ります」


そう呟いたわたしを見て。相澤くんは「大きなお世話なんだけど」と断りを入れた後。「上野さん、本当に広海と付き合ってやる気がないの?」と訊いてきた。その言葉に、舌だけでなく身体まで硬直してしまう。なにか下手なことを言ってしまったら、『地獄の相澤』になにか勘付かれてしまうんじゃないかと怖くて何も言えないまま唇を噛んでいたら、相澤くんはやれやれと肩を竦めた。


「君ってほんと、変わった子だよね。広海みたいな男に告られたら大抵の女の子は振るのが勿体無くてとりあずキープしておこうって思うだろうに。……ああ、べつに上野さん責める気はないからそう怯えないでよ。こういうことはさ、周りが口出してどうなる問題じゃないことくらい分かってるんだから」


俺だって誰かに口出しされるのなんて御免だしね、と相澤くんは呟いてから。


「でも君って、本当にこれっぽっちも広海に気がないんだな。どうやら広海もそれを分かってるようなのに、それでも懲りずに君に執着してるし。諦めが悪いというかなんというか。……たかが小さい頃の初恋に振舞わされているなんて、広海も案外情けない男だよな」


幾分いたたまれない気分で相澤くんの言うことを聞いていると。突然背面で、あはははと派手な笑い声が弾けた。振り返ると屋上の出入り口の物陰から、こちらを窺う男子生徒の姿が見えた。


「やっぱりいたのか、バカ賢コンビ」

「……渋谷くんっ。……小田切くんっ!?」


昨日忍ちゃんとのやりとりを盗み聞きされたときとまったく同じ状況だ。また道着姿で姿を現した小田切くんはすまなそうな顔をしてわたしに一礼してきた。そのうつくしすぎる姿勢につい惚れ惚れしてしまう。渋谷くんの方はまったくわたしなんぞ眼中にない様子で、にやにやしながら相澤くんに近寄っていた。


「ますみん、超ウケるんですけど!他人のことだと、随分大口叩くんだね?」


相澤くんはすっと目を細めて「何が」と問い返す。


「またまたー、すっとぼけちゃって。いまどき『 好きな子から メアド 聞く方法 自然に 』とかって、ネットで検索してるようなヤツに広海も自分の初恋のことグダグダ言われたくないと思うよー?」


息を飲み込んだ相澤くんを見て、渋谷くんが「あはは、何そのびっくりした顔。もしかしてバレてないとでも思ってた?」と言ってゲラゲラ大げさなくらい笑い出す。「『 成長期 身長 伸びない 原因 』とか『 ヒゲ 生やす 方法  男性ホルモン 』とかって検索も超ウケたよー」と言うと、とうとう堪えきれなくなったのか、普通に立っているのもつらいと言わんばかりに渋谷くんは身体を折って笑い出す。


「もーダメだよますみん。俺のパソコン使ったとき履歴ちゃんと消さなかったでしょ?履歴たどればネットで何見てたなんか一発でバレちゃうんだぜ?まあ独裁者なますみんが意外にケータイにもパソコンにも超弱いとこカワイイけどさー、16にもなってネットで無修正エロ動画じゃなくて超純情なお悩みをおっかなびっくり検索してるとか、痛いの通り越して胸キュンものだぜ?ある意味広海より情けないっつぅか痛々しいっていうか、もうおまえかわいいのは見た目だけにしておけよ!中身もかよ!っていうか。ますみんツッコミどころ満載で超ウケ」



恐ろしさのあまり途中から目を閉じていたら。案の定、話の途中で渋谷くんが「ぶごおぉぉッ」とどこをどうド突かれたら出てくるのか分からない、仕留められた猛獣みたいな呻き声を上げた。



うっすら目をあけてみると、後方3メートルくらいに強風になぎ倒されたみたいな恰好で渋谷くんが転がっていた。傍らには見たこともないような恐ろしげな薄ら笑いを湛えた相澤くんが、たぶん渋谷くんを悶絶させただろう拳を握り締めたまま佇んでいた。



「あ、わ、わた、わたしなにも聞いてません………」



切れ味抜群の研ぎ澄まされた刃物のような視線を突きつけられて、わたしはまるで命乞いするみたいに相澤くんに「聞いてません見てません」と繰り返していると。相澤くんは可愛らしくにっこり笑いながら「他言したら……分かっているよね?」と脅してくる。


鞭打ちになりそうな勢いでぶんぶん頷いていると、相澤くんは「それじゃ上野さん。今度誰か女の子たちに因縁つけられたら俺の名前出していいからね?俺はこれから部活に顔出さなきゃいけないから」と思いやりに溢れたことを言い残し、校舎へ続く階段を下りていく。


……ああ、腰抜けちゃった……!


その場にペタンと座り込んでいると。小田切くんがその場に膝を付き、「大丈夫か?上野さん」と尋ねてくる。今日もやっぱりやさしくてマトモでイケメンだ、小田切くん。


「すまない。怖がらせたようで」

「……ううん。それに小田切くんは何も悪くないし」

「真澄も悪い奴じゃないんだが。免疫のない人間には、真澄は少々刺激が強い性質だからな」


そう言いながら、わたしが立ち上がれるように右手を差し出してくれる。古風で硬派なフェミニストって、最強なんじゃないか?ある意味小田切くんも刺激が強い男の子だと思います。そんなことを考えつつ、ちょっとドキマギしながら小田切くんの手を拝借して立ち上がると。小田切くんは後方で伸びている渋谷くんを見て「呆れて物も言えん。まったく、本当にバカトだな、春人は」と呟いた。




恋愛要素ほったらかしのカオスな内容で失礼します。

・きれいなおねえさまから可愛がられるヒロイン

・真澄は実は見た目同様中身も乙女

これが書きたいだけの話でしたm(_ _)m

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