13話 (前) --- ちいさな頃からの夢は
「待てよ、そんないきなり、」
相澤くんと渋谷くんに無理やり背中を押されている高大は、見たこともないくらい焦った顔をしていた。
「いきなりもくそもあるかっての!こういうのはタイミングが重要なんだから!勢い大事!神風!特攻!決めて来いっての!」
「このバカト。それだと玉砕コースだろ、縁起でもないこと言うな馬鹿。……広海、今なら上野さん、ショックで正常な判断能力ないんだから。こういうタイミングで漬け込めばどさくさに紛れて洟も引っ掛けないどうでもいい男相手にでもきっと『うん』って言ってくれるはずだよ?言質さえ取ってしまえばあとは俺がどうとでもするから、ほら行けって広海」
よく聞こえないけれど三人はなにやら揉めているようで、その様子をすこし離れたところから小田切くんが呆れた顔をして見ていた。
「……だから待てって!だいたい真澄、なんだよその言い様は!おまえ俺が振られようがどうでもよくてただ人のことけしかけて面白がってるだけだろっ」
「わー、広海くんってば、ますみんの友情疑ってますよー、サイテーだね!友達甲斐ない男だなあ、ボクがっかりしちゃったよー。ってかさ俺この後ルイちゃんとラブホデート控えてんだから、さっさと告って玉砕なり失恋なり爆死なりしちゃってよ」
「……おまえらとは金輪際絶交だ。だいたい昨日までは上野のこと反対してたくせに」
「うん?だってそれは広海が悪いもん。なぁますみん?」
「広海の話を聞いて、おまえの好きな子がとんでもない性悪女だと思い込まされていたからね」
「は?何でだよ」
いったいなんの話をしているの?と妙にたのしげにも見える高大たちを見ていると、「気にしないでいいよ、上野さん」と小田切くんが歩み寄ってきた。
「うん?…………っていうか、小田切くん、あ、足、裸足だよ!たいへん、痛くない!?」
剣道部は基本部活動時間中は常時裸足だ。小田切くんはほんとうに練習の途中でそのまま抜け出してきてしまっていたらしい。校門前の道は小石が転がっていて素足で歩くには痛いだろうに、小田切くんは平気そうな顔をして答える。
「ああ、大丈夫。でもそういう上野さんだって上履きのままだ」
「え。----ふあっ!」
そういえば図書室から渋谷くんに引き摺られてそのまま来てしまっていたので靴に履き替えていない。「うわ、やだすっかり忘れてたっ」と思わず右足を跳ね上げて黒くなってしまった靴底をみていると、なぜか小田切くんがわたしを見てくすぐったそうに笑った。
インパクトのある黒縁眼鏡の所為で見落としがちになるけれど、きりっとした眉毛が古風で凛々しいこのひとも相当きれいに整ったイケメンなのだ。その顔で見たこともないようなやわらかな笑みをこぼされると、小田切くんに恋してるわけじゃなくても、たった今ひどい失恋をしたばかりでも、節操なく胸がどきどきしてきてしまう。
---------イケメンオーラ、おそるべし。
小田切くんに見蕩れてしまっているわたしの視線に気付いたのか、小田切くんの目がいっそうやさしげな弧を描いた。まともに直視していたら胸きゅんしてしまいそうだ。たしかにこのひとになら彼女の2人や3人くらいいてもおかしくはない。
「……小田切くんって、なんかすごいね……」
外見だけみれば硬派で潔癖そうにしか見えないのに。この顔で、ほほえみひとつで女子を悩殺しまくってるなんて詐欺みたいなものだ。ほとんどの女の子はギャップにやられてしまうだろう。
「そうか?でも俺から言わせれば上野さんの方がすごいよ」
小田切くんはクラクラしているわたしに、気負いのない口調で言ってきた。
「わたしですか……?」
「ああ。上野さんは本当に情が深くて優しい人だよな。……あんなに一途に思われるなんて御園生さんのことが羨ましく思えてくるくらいだ」
………ん?
「上野さんの人柄を見ていると、君が仲のいい円満な家庭で大事にされて育ったお嬢さんなんだということがよく分かる。ご両親も慈愛に満ちた立派な方なんだろうな」
………あれ。これって。もしかして。
渋谷くんが昨日言っていた『賢ちゃんって天然で女の子口説いちゃってる』状態なんだろうか。
男の子に褒めてもらうことなんて、それもこんなかっこいい男の子からなんて経験がなさすぎて、うれしいのを通り越して背中がむずむずしてくる。
けどわたし自身のことはともかく、家族のことを褒められるのは素直にうれしくて「ありがとう」とちいさく呟くと。たぶんほんのり赤くなっているだろうわたしの顔をみて、小田切くんが目を細めた。
「上野さん。俺は昨日から君を見ていて思っていたんだけど」
「……はい?」
「君はなんだか、反応がいちいち可愛」
「はい、ちょっと待った」
小田切くんが何か言いかけたのを、相澤くんが笑いながら強引にぶった切ってくる。……なんだかその笑顔が凄みを増して物騒に見えるのは気のせいだろうか。
「おふたりさん、仲良く談笑してるところ悪いんだけど」ちっとも悪気なんて感じてなさそうな顔で相澤くんは続ける。「とりあえずさ、広海が、上野さんに何か言っておきたいことがあるみたいだよ?ね?」
笑顔の天使に話を振られた高大は「はあ?!」と悲鳴のような声を上げる。
「はあ、じゃないだろ広海。ねえ上野さん、君が昨日広海の誕生会で妙なことに巻き込まれたのは、全部広海の所為なんだよ」
「そーそー。諸悪の根源は広海だから。この馬鹿がちゃんと話してくれないからさー、こっちは勘違いしちゃったんだよ。ね、ますみん、賢ちゃん」
「……たしかにそう言わざるを得ないところはあったと、俺も思うぞ。広海」
3対1でどうも高大の旗色がだいぶ悪いようだ。相澤くんたちは逃げるなよとばかりに高大をぐるりと取り囲むと、わたしに尋ねてきた。
「あのさ。上野さんって、帝宮ホテルに憧れていたんだよね?それでいつか帝宮ホテルで『シャンタル』の料理長が腕をふるった料理を食べてみたいとか夢見ていたんでしょう?」と相澤くん。
「しかも帝宮ホテルのロイヤルスイートに、一生に一度でいいから泊まってみたーいとか思ってたんだよね?」と渋谷くん。
「……お姫様が出てくる童話が大好きで、いつかプリンセスみたいなきれいなドレスを着てみたいとも望んでいたんだよな?」と小田切くん。
昨日起きた出来事と、小さい頃無邪気に語っていたことが、頭の中でつぎつぎに重なっていく。
--------それはまだ、パパが存命だった頃に夢見ていたことだった。
『いいなぁ。ひーくんのおうちは』
とても二児の父親には見えない、つるりとしたきれいな肌をしていて若々しいパパは、老舗ホテルの玄関口を司る華やかな『顔』であり、語学堪能で容姿端麗が求められるドアマンを第一線で勤めていた。
ホテルの格式を体現する威厳のある英国調のフロックコートを纏い、真っ白な手袋と金の飾り紐のついた制帽を被ったその姿は誰よりも格好良くて、五ヶ国語を流暢に話しお客様には優雅で適切な対応を、トラブルには毅然と立ち向かっていたパパには、親愛を込めて「Chitose」とファーストネームで呼びかけてくる常連のお客様がたくさんいた。
そんなパパのことが、幼いわたしにとって何よりの自慢だった。
『わたしもひーくんのおうちの子になりたかったな』
『ななんで?……いつ、いつもしらないおじさんとか、おばさんがあああいさつに、来て、ちちちっともよくないよ』
『でもいつでもていぐうホテルに連れてきてもらえるんだもん。わたしが来れるのは、しんねん会のときと、ひーくんのおたんじょうびのときだけなんだから。ずるいよ』
もし自分が高大家の子供なら、笑顔でお客様をおもてなしするパパの素敵な姿を毎日こっそり見に来ることができるのに。こどものつたない考えで、高大のことをうらやましがってばかりだった。
帝宮ホテルは自慢のパパが誇りを持って勤めていた場所であり、わたしにとっては童話に出てくる『お姫様がしあわせに暮らすお城』にも等しい、華やかでうつくしい人や物にあふれたあこがれの場所だったのだ。
『ひーくんは、いちばん上のおへやに行ったことがあるんでしょ?……いいなぁ。わたしもいつか、あんなふうにパパにようこそいらっしゃいました、って言われてていぐうホテルに泊まってみたいな。そのときは、このまえひーくんのママが着てたみたいなすてきなドレスを着るんだ!』
そのときは、いつかその夢がかなう日がくるのだと、なんの根拠もなく信じていた。
「つまりね。昨日の広海の誕生会、俺たちは広海のために企画したけど、実はある意味上野さんのために企画したとも言えるんだよね」
「いろいろ手違いがあって結果だけみれば惨憺たるものになってしまったけれど。上野さんに喜んでもらうためのサプライズになるはずだったんだ」
「そーそ。ほんとなら上野さんの夢みんな叶えて、今頃広海といい感じになっててもらう予定で……って。上野さん?どしたの?」
渋谷くんに呼びかけられて、はっと物思いから引き戻される。
『う、初実ちゃん。じゃあ、ぼく、やくそくするよ』
そういっていつかわたしの夢をかなえてくれると言っていたのは、いつもわたしの後をついて歩いていたちいさなおとこの子。
今目の前には、約束をした頃とはまるで別人のように見違えた高大がいる。いつもおどおどして、口をひらけばどもりがちで、自信がなくて泣き虫だったひーくんとは、別人の高大が。
「そう。……なつかしいな。わたし、たしかに帝宮ホテルのごはん食べてみたいとか、そんなこと、言ったことがあったかもしれない。……今ももし叶ったら素敵なことだと思ってるけど。でもどっちかっていうと、幼稚園生のときの、無邪気な夢というか。そういう感じだよ?」
高大は非常に気まずそうに顔を逸らし、後の三人はやれやれと呆れたように溜息をついた。
「広海からさ、意中の相手から『帝宮ホテルの料理を食べてみたい』だとか『スイートに泊まってみたい』だとか『お誕生日にお姫様みたいなドレスを着てみたい』ってねだられたって聞かされててね」
「ちょっと、真澄--------」
「広海はどれも叶えてやれるのだから、是非とも叶えてあげるべきだと言ったら浮かない顔をしてな」
「『俺が誘っても来てくれるわけない』とか『俺と泊まるとかありえない』とか『俺がプレゼントしても喜ぶわけない』とか超ネガティブなことばっか言っててさ。見てらんなかったんだよねー」
なあ、と高大以外の三人が顔を見合わせる。
「でもそんなのおかしいだろう?そういうこと、普通気のない男に話すわけないんだからさ。相手の子だって広海のことが好きで言ってきたに決まってると俺も思ってたんだ」
「広海がH&Lホテルグループの御曹司だって知っててそういう話を振ってきて、でも広海がそれを叶えてやろうとすると『絶対に拒む子』だなんて、ただ広海の心を弄んでるだけなのかと俺も最初は上野さんに腹を立てていたんだ」
「そーそ。広海が昨日上野さん選んだとき、まさかそんな感じの悪い女が上野さんだとは思わなくてさー。どうやらほんとに広海の意中の相手が上野さんなんだってますみんから聞かされたときは、地味の分際でどんだけ高飛車で広海の心をおもちゃにしてんだって超むかついてたんだよ」
3人は三様の溜息をつくと。
「まさか広海ともあろう男が、幼稚園生の頃とか、そんな時代に相手の女の子が話していたことをいまだに真に受けていたなんてな……」
「痛すぎるよね。広海ってば、昨日言われたことのように話すんだから。さすがにバカトじゃなくても勘違いするよ」
「あーあ。でもお粗末な結末だったよねー。広海が上野さんにプレゼントするために手当たり次第に買い集めてたくまのぬいぐるみ、俺昨日超がんばってベッドに並べておいてやったのにさー。結局あのベッド使わなかったんでしょ」
「……あれ俺の部屋から勝手に持ち出したの、真澄じゃなくておまえだったのか」
「持ち出したのはますみん、運んだのは空手部のおにいさんたちね。つうかまさか広海がいまだに初恋こじらせてるこんな痛いヤツだとは思わなかったよ、がっかりだー」
「何ががっかりだよっその言葉お前にそっくり返してやるよ、春人!」
高大と渋谷くんがぎゃあぎゃあ言い合いになったところで、相澤くんが止めに入り。なんとなくこの場を去るタイミングを逃してしまっていたわたしに気付くと、高大がばつが悪そうに顔を歪めて言った。
「つまりさ。俺は君のことが好きだったわけなんだけど」
「……知ってたよ」
わたしの答えに、渋谷くんがぽかんと大きな口を開け、小田切くんもフレームの中の目を見開き、相澤くんでさえその場に固まった。
「高大……高大くんはちっちゃいころ、わたしのことお嫁さんにしてくれるとか言ってたもんね」
『初実ちゃん!初実ちゃん!』
いつも満面の笑みで走り寄って来たちいさな男の子。
『もう、広海ってば初実ちゃんがいないとほんと駄目ね』
『ほんとうに仲がいいんですね。広海坊ちゃんと上野のところの初実ちゃん。まるで初実ちゃんがしっかり者のおねえちゃんで、広海坊ちゃんが甘えん坊の弟さんみたいですね』
「……でもそれはずっとずっとちいさかった頃の話でしょ?わたしだって、いまだにそれ真に受けてたりなんかしないんだから。そんな心配そうな顔しないでよ。さすがに幼稚園生のときに言われたことを得意になって振りかざすほど痛い女の子じゃありませんから」
「……なあ、ひょっとして今広海は遠まわしに振られたのか?」
「俺ものすごい高度にすっ呆けられてるように聞こえたけど。だとしたら上野さん、結構やるね。ちょっと俺すきになりそ」
「バカトが黙ってなよ。……広海に好きだと言われて、上野さんはなんであんな冷静でいられるんだ?あの人、失恋で頭どっかおかしくなったのかな。それとももともと男の趣味が悪かったとか?」
「いくら真澄でもその言い様は聞き捨てならないぞ。……やはり時期尚早だったんじゃないのか」
「鋼鉄の心だよねー、あんなイケメンに告られて、なんですこしも心揺らがないんだろ?」
小田切くんと渋谷くんと相澤くんが、すこし離れたところからひそひそ話をしているのを尻目に、高大が
「上野」となにか焦ったようにわたしに詰め寄ってくる。
「上野。俺は」
気持ちに急かされて口を開くのに、うまく言葉が見当たらないらしく黙り込んでしまう。その姿が、記憶の中の口下手だった内気でちいさな男のに重なる。
今は学園のスーパースターとかいわれている高大広海………ひーくんは、昔は全然目立たない男の子だった。H&Lホテルグループの新年会ではじめて顔を合わせたときも、自分を取り囲むたくさんの大人たちに怯えて、泣き腫らした目を擦りながら自分の母親のドレスの裏側に隠れているようなそんな子だった。
『もう。うちの広海は、初実ちゃんにべったりでほんとどうしようもない子なんだから』
「高大くんすごく変わったよね。……でもほんとはあまり変わってないんだね」
わたしがいくらか懐かしさとやるせなさを交えてつぶやくと、高大ははずかしそうに顔を染めた。
「上野が覚えてる俺なんて、全部消したいよ」
「……なんで?」
「なんでって。それは」
ふいに訪れた静寂に、高大とわたしが見つめあった。女のわたしから見ても悔しくなってしまうくらい、真新しいたまごのようなきれいな肌。左右に対称に並んだ睫毛のきれいな二重。
「上野。俺は本当に上野と前みたいに……」
いつになく真摯なまなざしが、何か意を決したような強さで向けられたそのとき。
「おい。今日予約取れたぞ」
優雅な足取りで近寄ってくるひとがいた。
話の脱線具合と文章のとッ散らかり方がハンパなくてすみません、あとで大幅に修正するかもしれません。長くなったので13話は前・後編に分けました。




