母を求めて
「じゃあ、今日からよろしくな」
「はい!」
眼鏡をかけた青年が真っ白な服に身を包み、同じく真っ白な服に身を包んだ男に返事をした。
二人とも服装は同じ白い服だが、青年は白いチョーカーを、男は緑色のチョーカーを首に付けていた。
ここは月輪教本部。
山あいの中に建てられた大きな建物で、建物から少し離れた裏手の山には最近「月輪の塔」という巨大な塔が建設された。
そんな月輪教に、今日から入信したいと一人の青年が訪ねてきたのだ。
月輪教には二種類の信仰方法がある。
一つは働いたり学校に行ったりして自分の生活をしながら、定期的な集会に参加して寄付金を納めるという「外」から信仰する方法。
もう一つはこの本部や日本各地にある支部の中で共同生活を送り、完全に月輪教の「中」に入って信仰する方法。
「外」からの信仰を続けたあとに「中」へ入るというのが基本的な流れだ。
しかし熱心な信仰心を持つ彼は、いきなり「中」からのスタートを希望したので今日から共同生活をスタートすることにした。
「ここが食堂で、ここが作業場、ここが……」
「ふむふむ」
青年はメモ帳に必死に書きながら男の説明を聞いており、男は「熱心な子だなぁ」と感心しながら説明を続けた。
「あの……外から見えていた建物の大きさから考えると内部が広すぎるように感じるのですが、気のせいでしょうか……?」
「ほう」
男は青年の洞察力に少し驚いた。
建物の外観を正確に捉えて、入り口からここまで歩いた距離を記憶していないとできない質問だ。
男は青年に「探偵のような男だな」と思ったあとに「はは」と笑い、答えた。
「この建物は山をくり抜いて建設されているからね。外に見えた建物よりもずっとずっと中は広いのさ」
「なるほど……!」
青年は熱心にメモをとり、文章だけでなくある程度の建物の構造図のようなものまで描いていた。
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「ここが礼拝堂さ」
「うわぁ……」
そこは大きめの体育館ほどに広く、何かの競技にさえ使えそうな規模の部屋であった。
「我々は信者が多いからね。本部の礼拝堂はこのくらいの大きさが必要というわけさ」
「あそこのバルコニーはなんですか?」
青年が入り口から見て奥側の壁に取り付けられているバルコニーを指差して質問すると、男は「ああ」と言って答えた。
「あれは、『お母さま』が我々にお言葉を下さるためのバルコニーさ」
「『お母さま』……」
月輪教のトップに君臨する女性は信者から「お母さま」と呼ばれており、その正体は明らかになっていない。
ただ彼女は月輪教において絶対的な存在で、信者たちに熱狂的に崇拝されている。
「お母さまは素晴らしいよ。あの人の言葉はいつだって『真実』なんだ。僕も外の世界では何が正しくて何が間違っているのかわからなかったが……お母さまの言葉を聞いて『真実』に辿り着いたのさ」
男はうっとりとバルコニーを見つめ、初めてお母さまからの言葉を頂いた日を思い出しながら言った。
「僕の身も、心も、お金も、時間も……僕の全てをお母さま捧げることこそが唯一絶対の正解にして、『真実』なのだとね……」
「ッ……!!」
青年はそう話す男の顔を見て一瞬だけ怪訝な顔を浮かべたが、すぐに顔に貼り付けたような笑顔に戻った。
「君もそのうちわかる。お母さまの言葉にはそのくらい力があるんだ」
「……楽しみにしています」
青年が笑顔のまま返事をすると、男は満足そうに「うん」と呟いた。
「そして、この礼拝堂の奥に行くと『月輪の塔』の入り口があるんだが……我々のような一般信者はまだ入れない」
「え!?」
青年は驚いた。
「と、塔の入り口って……その、ここはかなりの地下ですよね?」
男の先ほどの説明通りであればこの建物は入り口にあった建物に加え、奥に進んだ建物は山をくり抜かれた地下に造られている。
つまり入り口から進んで最も奥にあったこの「礼拝堂」は、山の地下深くにあるということになる。
「ああ、塔は神聖なものだからね。簡単に外部の人間が入れないようにそういう仕組みになっているんだ」
男は続ける。
「塔に入るためには、入り口から建物内を進んでこの礼拝堂を通る必要がある。塔には『お母さま』と、選ばれた信者しか入れないんだ」
「なるほど……」
青年は再び、熱心にメモをとった。
「ちなみに、『選ばれた信者』というのは……?」
青年の質問に、男は少し誇らしげに微笑んだ。
「この首のチョーカーさ」
男は、自身が身につけている緑色のチョーカーを指差して言った。
「最初は『白』。そしてお母さまの洗礼を受けて問題がなければ『青』、そのあとしっかりと修行や奉仕、寄付を行なっていけば『赤』、そして最後には『緑』になれるというわけさ」
「『問題なければ』というのは?」
「ああ、それはね……」
バタン!
男が説明を続けようとすると、突然礼拝堂の中に痩せこけた男が入ってきた。
男は目の焦点があっておらずフラフラとよろめきながら歩き、首には黄色いチョーカーを付けている。
その男を見た瞬間、先ほどまで笑顔で説明を続けていた男の表情は険しく恐ろしいものに変わった。
「おいっ!!貴様っ!!何をしている!!!まだ『就労時間』だろうがっ!!!」
男はそう怒鳴りながら、フラフラと入ってきた男に近づき、懐から何かスイッチのようなものを取り出した。
男がそのスイッチを押すと、ふらついていた男は「ぎゃああああああああ!!!」と首の黄色いチョーカーを手で押さえながら叫び声をあげた。
「早く『奉仕』に戻れ!!このクズがッ!!!」
「はいいいい、申し訳ありません、申し訳ありません……!!」
ふらついていた男は慌てて礼拝堂から出て行った。
「すまないね。中断してしまって。あの『黄色』はクズの証さ。もしくは裏切り者、とも言えるかな」
「……というと?」
「月輪教に入りながらもお母さまを心から信仰しない、もしくは潜入しようなどと考えていた愚か者にはあの黄色いチョーカーが付けられる」
男は先ほどのスイッチを取り出し、青年に見せた。
「これは『緑』の者が与えられた折檻用の装置でね。押すと『黄色』のチョーカーに電流が流れるんだ。クズの教育用さ」
「…………」
青年は驚いたような顔を浮かべ、少し怯えた表情となった。
それを見た男は「ああ、大丈夫だよ!」と慌てて説明をした。
「君が月輪教に潜入して調べにきたネズミでもない限り、あの『黄色』にはならないから!まずは洗礼を受けて『青』、そして『赤』、『緑』とどんどんランクを上げていくことになるよ!」
男はわははは、と笑った。
「とりあえず説明はここまでだ。今日は施設内を自由に見学してくれ。夕方の礼拝がこの礼拝堂で行われるから、そのときに『お母さま』から洗礼を受けるんだ」
「わかりました」
青年が男に頭を下げると、男は先に礼拝堂から出ていった。
一人残された青年は、だだっ広い礼拝堂の中でボソりと呟いた。
「ママ……」
☽ あとがき ☾
月輪教は首のチョーカーの色で階級分けされる、厳しいカースト制が敷かれています。
色は「お母さま」によって決められたそうです。
緑は自分の次と言えるほどに上位の信者。
赤は信用しており実績がある者。
青は信用しているが実績がない者。
そして黄色は、信用できない裏切り者や敵。
お母さまがなんとなく決めた色ですが……その色分けから、彼女が生まれ育ったときに周囲にいた人たちが見えてくるような気もしますね。




