その魔法は誰が為に
「ほらほら、また隙だらけだよ!」
「ぐっ……!!」
彗は怪盗アッキーナが振り回す新月刀を、なんとか木刀で捌いて身を守る。
しかし途中で女怪盗が出現させたカメに加えて桃太郎、犬、猿、鷲が彗の周りで騒いでおり、彗は彼女との戦いに集中できないでいた。
「もう、なんでこのカメまだいるの!?あと桃太郎の仲間なら雉でしょ!?なんで鷲なの!?」
彗はそれらを鬱陶しく思いブンブンと木刀で追い払うが、それは満月鏡で出された幻影なので木刀はすり抜けるだけ。
「いや俺だってそう思うけど、そこの女に突然出されただけだし仕方ないじゃん……そりゃ伝統的には雉の方がいいかもしれないけど、鷲の方が強いし役に立つはずなのに、みんなそうやって俺のことをいつも仲間はずれに……」
「ああ、もう!しかも本人が気にしててネガティブなのも超ウザイ!!」
彗が頭に血を上らせながら「んぎぃー!!」と騒いでいると、さらに女怪盗から「隙あり!」と頭を殴られた。
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「彗ちゃんさー、なんで神器を取り返したいの?」
しばらく戦いを続けたあと、女怪盗はおもむろに彗に話しかけた。
彗は「決まってるでしょ」と彼女に言い返す。
「それは月詠家の大切な神器なの!!私はその一族の末裔として、それを全部集めて月詠家を復興させなきゃいけないんだよ!!」
「えー、ほんとにぃ?その『月詠家』ってそんなに価値があるの?」
女怪盗はケラケラと笑った。
そしてその言葉と、女の馬鹿にしたような笑顔は、彗の逆鱗に触れた。
『月詠の魔女』として必死に戦ってきた彗にとって、月詠家を茶化されることだけは許せなかったからだ。
「いいから、返せえッ!!!」
「おわっと!」
彗は一瞬で間合いを詰め、木刀を振るった。
その振りは鋭く、アッキーナは新月刀の魔法がなければそれを躱すことはできず頭を割られていたと確信し、少し背筋が冷えた。
彗はぜえぜえと息を切らしながら女怪盗を睨みつけた。
「とにかく、それを早く返して」
「返したらどうするの?」
「あんたをぶっ飛ばす。魔法で」
「ふぅん。じゃあ私をぶっ飛ばすのも『月詠家のため』なの?私も『月詠の魔女』だよ?」
「ッ……」
彗は言葉に詰まった。
自分は月詠の魔女。
そして目の前の魔女も、月詠の魔女。
それならばなぜ自分はこの女を、叩きのめしたいと思うのだろうか。
なぜ自分はこの女から、神器を取り返したいと思うのだろうか。
(月詠家の……ため……?)
彗は頭の中に疑問が浮かんだ。
今まで……一度も浮かんだことがない疑問。
「月詠」彗として生まれた。
大好きな家族が殺された。
その家族の仇討ちと、月詠家の復興こそが自分の生きる理由。
──ずっと、そう信じてきた。
「彗ちゃんはさ、自分の気持ちをぜーんぶコーティングしてるんだよね。『使命』とか『責任』とか、かっこいい言葉でさぁ」
「ッ……!!」
ひらひらとマントをはためかせながら木刀を躱して語る女怪盗の煽りは、彗の心の中心を突いた。
それはとてつもない不快感と羞恥心のようなものが自分の身を包む、最悪な感覚だった。
「黙れ!私は、ずっと!家族のために──」
「出た!どんなときでも家族のため!死んだお父さんお母さん、おじいちゃんおばあちゃんのため……ふふっ──」
女怪盗はケラケラと笑ったあと、彗を嘲るように言った。
「──いつまで死人のこと考えてるの?」
「ッ───黙れええええッッッ!!!」
彗は怒りのままに、女怪盗の頭を叩き割るつもりで木刀を振るった。
ガァン!!
「おおー、いい顔になったね。使命を背負って戦っていた顔はカッコよかったけど……苦しそうだったね。今の方が、あなたらしくて素敵だよ」
女怪盗は新月刀で彗の木刀を受け止めながら、ニヤニヤと笑っている。
そして彗は怒りに満ちた顔で、歯をギリギリと食いしばっていた。
絶対に許せない。
月詠家を……私の家族を馬鹿にしたこの女の頭を、この木刀で叩き割ってやる。
「さて彗ちゃん。もっかい聞くよ。──『なんで神器を取り返したいの?』」
彗は女怪盗を睨みつけたままスゥと大きく息を吸った。
そうだ、単純なことだった。
この女から神器を取り返す理由は、たった一つ。
「『あんたをぶっ飛ばしたいから』だあああああああああああっっっっ!!!!」
彗がそう叫ぶと女怪盗は「いいね!」と言って親指を立ててから一度距離を取り、刀を構え直した。
彗もそれに応じて刀を構え、一気に間合いを詰める。
そして彼女の──怪盗アッキーナの頭をぶん殴ってやるために、刀を思い切り握った。
神器が欲しい──!
あのふざけた女をぶん殴ってやりたい。
満月鏡を使いたい。
新月刀を使いたい。
いつも「自分」を助けてくれていた神器を使い、「自分」の手であの女をぶっ飛ばしたい。
──なんのため?
「『私』がムカついているからだあああああああああっっっっ!!!」
彗がそう叫んだとき──彼女が持つ木刀と、ウエストポーチに入れてあった鏡が強く輝き始めた。
魔女が持つ強い目的意識に二つの「神器」が応えたのだ。
するとただの「鏡」は満月鏡へ姿を戻し、「木刀」は新月刀へと姿を戻した。
そして敵に襲いかかるパジャマ姿の少女は──
「でええええりゃああああああああああああああっっっっっ!!!!」
「素敵だね。そのドレスとマント。私……大好きだよ。彗ちゃん」
──怪盗Witch Phantomへと、姿を変えていた。
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怪盗Witch Phantomは女怪盗へと刀を振り下ろす瞬間、動きを止めた。
なぜなら自分が頭を割ってやろうと思っていた女怪盗が、姿を変えていたからだ。
「えっ───!?」
彗はその頭を殴ることは、とてもできなかった。
なぜならそこに立っていたのは──
「おかあ、さん……!?」
「彗ちゃん。久しぶりだね」
──月詠秋奈……死んだはずの彼女の母だったからだ。
「ごめんね。騙しちゃって」
秋奈は「えへへ」と少し申し訳なさそうな笑みを浮かべた。
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謎の女は母・秋奈と、謎の男は父・昴と姿を変えた。
宵と彗は顔を見合わせて固まることと、両親の方を見てまた固まることを繰り返すことしかできなかった。
そして固まる息子と娘を、父と母はそれぞれ順番に抱擁した。
10年ぶりに抱きしめられる父と母の腕は、昔の記憶よりも遥かに小さい。
そして10年ぶりに彼らが抱きしめる息子と娘の体は、昔よりも遥かに大きかった。
「久しぶりだね。二人とも」
そう言って笑う昴の姿は、生前の姿そのもの。
二人は、目の前の両親が偽物とは到底思えなかった。
だが、当然一つの疑問がある。
「二人とも、死んだはずじゃ……」
「そうだよね」
宵の掠れた言葉に、秋奈は苦笑いしながら答える。
「実は僕らもよくわかっていないんだ。死んだあと、ずっと二人見ていたんだけど……二人に会いたいって強く念じていたら気がついたらこの空間にいたんだ」
「ええ……?」
昴の言葉は宵を納得させるものではなかったが、二人にとっても突然のことであるならば説明を求めることもできない。
「きっと神様が、宵くんと彗ちゃんを心配して私たちと会わせてくれたんだよ!」
「うーん……」
宵は納得とは程遠い地点にいるが、これ以上考えるのが無駄だという結論だけは出た。
「それより彗ちゃん、元気ないじゃん。どうしたの?」
「……」
秋奈が声をかけても、彗は俯いたままだった。
そして少し経ってから口を開いた。
「だって……怒ってるんでしょ。お父さんとお母さん」
「え?なんで?」
彗の言葉に、秋奈は不思議そうな顔をした。
「私とお兄ちゃんが、神器取り返すのやめるとか言い出したから……オバケになって出てきたんでしょ?」
彗はまるで昔のように、怒られる前の子供のような表情で父と母を見た。
それを聞いた秋奈は昴と顔を見合わせて固まったあと、すぐに彗の肩に手を置いた。
「違うよ、彗ちゃん。私たちはあなた達にこう伝えたかったの」
秋奈は優しい微笑みを浮かべた。
「──もう神器なんて放っておきなさい、って」




