無免許運転
「でりゃああああああ!!!」
彗が木刀で殴りかかると、女怪盗はそれをひらりひらりと躱す。
そして満月鏡を光らせたと思えば一気に10人ほどに分身した。
彗は本物はどれかと探しているうちに、背後からガンと頭を殴られた。
「いっだあっ!!」
振り向くと、そこには何もいない。
しかし何もいない空間が月光色に光りながら、女怪盗が姿を現した。
「ひっかかったね!」
「ぐぅ……!!」
分身が現れたのだから、どれかは本物かと思った。
しかし本物は透明になっており、分身は全て偽物。
「ずるい!」
「なんでぇ?どれかが本物だなんて、言ってないじゃん」
「ぐっ……!」
彗は苛ついていた。
この女怪盗の運動能力は大したことはない。
新月刀を使って自分とようやく同等……つまり、宵ぐらいの腕前だ。
神器を一つでも奪ってしまえば、こちらが有利。
そう判断した彗は、女が手に持っているどちらかの神器を狙いながら戦っていた。
「ほら、いっくよー!」
女怪盗はそう言うと満月鏡を頭上に掲げ、月光色に強く光らせた。
すると真っ白だった空間が、突然砂浜に変わった。
「なっ……!」
その空間ごと「幻影」で違う場所に変えてしまう。
彗にはまだ、できないことだ。
「とりゃー!」
女怪盗が鞘に納めたままの新月刀を振り回しながらこっちに突っ込んできたので、彗は木刀でそれに応戦する。
しかし彗が戦っていると、突然自分の近くに亀をいじめている子供たちが出現した。
(は!?なにこれ!!浦島太郎!?)
彗が戦いながらそちらをチラチラと見ると、一人の漁師の青年がその子供たちに声をかけている。
しかしその青年は子供たちに棒で叩かれて泣いてしまい、亀の横に蹲ってしまった。
「いや、太郎よわっ!!」
すると亀はおもむろに立ち上がり、子供たちを一人ずつビンタして撃退してしまった。
「カメつよっ!!自力でなんとかできたなら何でいじめられてたの!?」
不思議そうな顔をしている浦島太郎に、亀は囁くように言った。
「──そういう趣味です」
「ドMだったの!?でもそれならなんで子供たちを追い払っ……」
ガァン!!!
「いっだああああああっっ!!!」
彗は背後から思い切り頭を殴られ、その場に蹲った。
「戦いの最中によそ見とは余裕だね?彗ちゃん」
彗が痛みに涙を流しながら振り向くと、そこには女怪盗が立っている。
そして彗が痛がっていると、先ほどの亀がシャカシャカと素早く地を這って近付いてきて「あなたもそのうち、この痛みが癖になりますよ」と話しかけてきたので、苛ついた彗は木刀を振り回して亀を追い払った。
(──ん!?)
しかし彗は木刀が亀をすり抜けたことで、ようやく気がついた。
その亀は本物のように動き、話しているが実際は満月鏡による「幻影」に過ぎない。
(この魔女……満月鏡で幻の『物語』を出しながら戦っているってこと……!?)
怪盗アッキーナは運動能力は並。
だが魔女として──、特に満月鏡の使い方は自分とはまるで格が違っていると彗は感じた。
─────────────────
「あと、『闇の魔法』だっけ?私は使ったことないけど……こうやるのかな?」
怪盗アッキーナは砂浜と浦島太郎を消してその場を白い空間に戻したあと、そう言って静かに目を瞑った。
「さっき『おばさん』呼ばわりされた……!!」
「なんかゴメンね」
女怪盗は「怒り」を使って胸から黒い魔力を出し、それを新月刀に注ぎ込んだ。
すると新月刀は黒い魔力に応え、彼女の周囲に「影」を作り出した。
影は彼女の意のままに姿形を変えながら、周りに浮いている。
彗は「足の裏」に「足跡」しか作れないが、目の前にいる女怪盗はそれを既に自在に操っている。
彼女はその気になれば、夏波がやっていたようにそれを刀に乗せて斬撃を飛ばすこともできるだろう。
「なんか色んな使い方があるっぽいけど……とりあえず私も足の裏にしよっかな?」
彼女はそう言って足の裏に影を出し、空中を歩き始めた。
「さ、いっくよー!」
女怪盗がそう言って足裏の影を強く蹴り出したかと思えば、彼女はスケートのように影を伸ばしながら空中を滑り、彗に迫ってきた。
「い!?」
彗は女怪盗の予想外の軌道に戸惑い、彼女の一撃をなんとか木刀で受け止めた。
「なにそれ!?反則じゃない!?」
「え?なんで?足裏に影を作れるなら、あなたでもできたはずだよ?」
女怪盗は空中でフィギュアスケートをやるように舞いながら言った。
「こっちの方が速いし、魔力の消費も少ないじゃん。そう思わない?」
「ッ……」
彗は確かに、と思った。
ああやって影を伸ばすのであれば自分でもできそうだし、一歩ずつ影を作り出すよりも随分と楽そうだ。
彗が驚いていると、足元にいる亀が「驚きですよね。わかりますよ」と彗に話しかけた。
「あんた、まだいたの!?」
「砂浜と太郎さんは消えましたけど、私が消えたとはどこにも書いてませんよ」
「『書いて』ってなに!?」
ガァン!!
「いっだああああああああ!!!」
彗は女怪盗に新月刀で頭を殴られ、その場で悶絶した。
「隙あり、だよ!」
「ねえ、ウザいから早く消してよ!このカメぇ!!」
「ウザいとは何ですか!アッ、もしかしてあなたも私をいじめるんですか!?ほら、早く!その木刀で私をガンガンと殴ってくださいよ!ほらぁ!!」
亀は頬を赤くし、恍惚とした表情で彗の木刀を待っている。
「もおっ!!このカメ、ウザい上にキモいいっっ!!!」
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「どうだい?彼女たちの戦いは」
男が話しかけてきて、宵は「えーと……」と言葉に詰まった。
正直なところ、よく分からない。
女怪盗が強いのか、弱いのか。
しかし一つだけ言えることがある。
「『魔女』としては、全然レベルが違う……!」
怪盗アッキーナが満月鏡でやっていることは彗よりも格段上の技術に見える。
そして新月刀の闇の魔法、「影」の使い方も彗よりずっと上手い。
彗は終始翻弄されっぱなしで、今も幻影の亀にキレ散らかしながら追いかけている。
「そうだ」
男は宵の言葉に大きく頷いた。
「宵。あの子に……彗に最も足りないものはなんだ?」
「彗に最も足りないもの……?」
宵は頭を巡らせ、答えた。
朝起きてから夜眠るまで妹に振り回されっぱなしの彼は、彼女の「足りないもの」に心当たりしかない。
「モラル?」
「そ、そうだけど違う」
「知性?」
「そうだけど違う!酷いな君は!あの子の兄なんだろう?」
「はっ……常識!?」
「だから違う!話の流れを読んでくれよ!!」
「だって、あいつ突然俺のアパートに乗り込んできて無理やり住み始めたんだぞ!?最も足りないものは『常識』だと言わざるを得ないというか……!!」
宵の言葉に男は「はあぁ」と頭を抱え、「そっくりだなぁ……」とため息をついた。
「?」
宵はその言葉の意味は分からなかったが、男の次の言葉を大人しく待った。
「聞き方が悪かったね。『彗』が足りないものというよりは『怪盗Witch Phantom』が足りないものだ」
「っ……!」
怪盗として足りないもの。
それは「Witch Phantom」と「アッキーナ」との差ということ。
宵はようやく察し、口を開いた。
「魔女としての経験値……?」
「そうだ」
男はようやく話を進められる、と安心した様子で話し始めた。
「あの子は魔法を修行なしで見様見真似で使っている。それはすごく危険なことなんだ」
「そ、そうなのか?なんか上手くできてると思ったんだけど……」
「宵、君は最近車の運転ができるようになったね」
なぜ知っているのか?と宵は聞きたかったがそれよりも魔法の話を優先したかったため、「ああ」とだけ答えた。
「もし教習所に行かずに、例えば親の運転を見た子供が見様見真似で車を動かそうとしたら……どうなる?」
「……エンジンの付け方とかが、分かんないんじゃないかな」
「その通り。しかし何かの弾みで『エンジンだけ付けられる』ようになった子供が、適当にハンドルとアクセルをいじって公道に出たら?」
「危険すぎる」
「彗はその状態だ」
「ええっ!?」
宵は驚いた。
彗は上手に魔法を使えていると思っていたからだ。
「彗はあの日……月詠家の墓の前で『神器を取り返す』という強い目的意識を持ったから、結果的に魔法を使うエンジンの付け方だけはわかったんだ」
男は話を続ける。
「だがそのあとはもう滅茶苦茶だ。魔力の放出も絞りも、方向変換も力任せだ」
「そ、それはどういうことなんだ?」
「アクセルは常に一番奥まで踏んで、ブレーキは毎回一気に踏み込んで、ハンドルを力いっぱい大回転させながら運転しているってことさ」
「ええ!?そ、そんなことしたら車が壊れて……」
「そう。だから彼女は魔法を使うごとに物凄い量の魔力を持っていかれている。車なら壊れてしまうが、魔女はその分魔力を無駄に失うことになる」
「なるほど……」
「そうだなぁ……車の喩えを続けるなら、車がガンガン壁にぶつかりまくって走っているけど頑丈で馬力があるからなんとか走れてる、みたいな状況かな?」
「じ、じゃあ……アクセルとブレーキ、ハンドルを覚えて、壁にぶつからなければ……」
男は「そう」と嬉しそうに笑った。
「もっと楽に……かつ速く走れるようになる。つまり……彗は、もっと強力な魔法を少ない魔力消費で使えるようになるのさ!」
「な、なるほど!ありがとうございます!」
宵は気がつけばこの男に敬語で話していた。
それは彼らが味方だとわかり、かつ彗を鍛えるために現れてくれたとわかったからだ。
「そう、あの子はもっとすごい魔女になれる!あの『怪盗アッキーナ』のようにね!」
「あの……ちなみにあなたはあのネーミングについてどう思っているんですか?」
「……ダサいと思う」
「ですよね」




