一人じゃない
「……ん?」
宵が目を覚ますと、そこは奇妙な空間だった。
真っ白な床、天井、壁。
「なっ……えっ!?なんだ、ここ!?彗、起きろ!」
宵は訳がわからなかったが、とりあえず隣で寝ている、パジャマを着た彗の腰をバンバンと叩いた。
「ん〜、なに〜?まだ夜でしょ……?」
「昼か夜かは俺にもわからん!とにかく起きろ!」
「ん〜?」
彗は泣き腫らした目をゴシゴシとこすりながら目を覚ました。
寝る前に宵と話して一生分泣いたと思えるほどに泣いた彗は、以前のように頭がスッキリしているように感じた。
「は……?」
目を覚ました彗の目に入ったのは、上下左右全てが真っ白な空間。
「寝起きドッキリ過ぎる……!?」
「言ってる場合か!」
宵は妹の手を引いて立ち上がらせ、二人で周囲を見渡した。
しかし二人はその行動に意味があったとは思えなかった。
なにしろ、全て真っ白なのだから。
「お目覚めのようね、お二人さん」
「待ちくたびれてしまったよ」
「「!?」」
背後から突然聞こえた声は、女と男の声だった。
振り向いた先にいたのは女と男。
顔に靄がかかっていて、その正体はわからない。
しかし年齢は30代中ごろ程度の男女だと宵は思った。
そしてその声はどこかで聞き覚えがあるものだったが、なぜか思い出せない。
(どういうことだ……?寝ている間に拉致された……?春華の差し金か?だとすれば神器はどこに……)
宵は一瞬で思考を巡らせたあと、声をあげた。
「お前たちは何者だ!ここはどこだ!」
宵が二人を睨みつけてそう言い、彗も「そうだそうだ!」とその後に続いた。
「あと、私たちのお布団はどこにやったんだ!!」
「いやお前、なんでまた寝ようとしてんだよ」
妹はどうやらまだ寝ぼけている。
そう判断した宵は「自分がしっかりしないと」と、再び男女を睨みつけた。
すると男の方から声がした。
「ふふ、勇ましいね……月詠宵くん」
「ッ……!?」
月詠宵、その名前はいまは彗と春華しか知らないはずの名前。
春華に正体がばれて、仲間に共有されてしまったのだろうか。
「そして月詠彗ちゃん。はい、これな〜んだ!」
女がそう言って両手に持って頭の上に掲げたのは、なんと満月鏡と新月刀。
「……えっ!?」
それを見た彗の目が変わった。
そして彗は考えるより先に、女に飛びかかった。
「私の神器!返せ!!」
「おっと!」
女は突進してきた彗からひらりと身を躱し、距離をとった。
「『返せ』っておかしいんじゃない?だって彗ちゃん、やめようとしてたじゃん。魔女」
「うぐっ……!」
彗は一瞬言葉に詰まったが、すぐに反論した。
「──それでも、私以外がそれを持っているのは気に入らない!!」
「なんて正直な子なんだ……」
(……ん?この人……)
男がそう言って驚く態度と話し方を見て、宵はどこか自分との共通点を感じた。
女は彗の方を見てケラケラと笑いながら、話を続けた。
「じゃあさ、こうしようよ。私はこの満月鏡と新月刀を持って彗ちゃんと戦う。彗ちゃんはその木刀で私と戦う」
「……あれ?いつのまに?」
彗が驚いて手元を見ると、なぜかそこにはいつも自分が素振りに使っている木刀が握られていた。
女は「使い慣れてるでしょ?ちなみにいつものウエストポーチも付けてあげたからね」と言い、彗の腹を指差した。
「え?」
確かにいつものウエストポーチがあり、開けてみると中には安っぽい小さな鏡が入っている。
「私はこの神器を使う。あなたはその鏡と木刀を使って戦う」
彗は「いやこの鏡、意味ないじゃん」と言ったが女は無視して話を続けた。
「で、勝ったほうがこの神器を手に入れる!どう?」
女の提案を聞いた彗は「ふん」と不敵に笑った。
「別にいいけどさぁ。私に木刀を持たせて勝負になると思ってるの?おばさんさぁ。刀振ったことあるの?重いでしょ?」
彗は女の華奢な体格から運動の経験がないことを見抜き、そう言った。
「おばっ……!ふん。大丈夫よ!」
女は彗に「おばさん」呼ばわりされたことに引っかかっていたが、すぐに不敵な笑みのようなものを浮かべた。
「ご心配には及びません──」
そして女が満月鏡を上に掲げると、兄妹にとって信じられないことが起きた。
「「なっ………!?」」
その女が持つ満月鏡が、強く輝き始めたのだ。
「私、こう見えて──」
女の姿は満月鏡が放つ光に包まれて変わっていく。
間違いなく、満月鏡の魔法だ。
「──『魔女』だからねっ!」
そして満月鏡の光が消えると、そこにはカクテルドレスとマントに身を包んだ「怪盗」が立っていた。
「うそ……だろ……!?」
「そんな、なんで……!?」
女が魔力光を放ったことに驚いた二人だが、二人が驚愕したのはそのことだけではない。
女が放った魔力光は、強く、激しく輝く──
「ほら、かかっておいで!彗ちゃん!」
──月光色だったのだ。
──────────────────
「そんな……『月詠の魔女』……!?」
彗は木刀を手に持ちながら、怪盗へと変身した女を見つめながら唖然としていた。
「ふふ、月詠の魔女は一人じゃないってこと」
女怪盗はそう言って笑うと、右手を前に出してクイクイと自分の方に指を曲げた。
女が変身した「怪盗」はWitch Phantomではない。
月光色のドレスを着てはいるが、背中のマントは赤紫色で、頭には黒いシルクハット。
そして目元だけを覆う黒い穴あきマスクで顔を隠している。
彗のセンスとは違う「怪盗」であった。
「私のことはそうね……『怪盗アッキーナ』とでも呼んでもらおうかしら」
「いや名前ダサッ!!」
「彗!名前はダサいが間違いなく魔女だ!油断するな!」
「ち、ちょっと、なによあなた達!!二人してダサいダサいって……!!きゃあああっ!?」
女怪盗が動揺している隙をつき、彗は木刀で殴りかかった。
彼女は新月刀で体を強化し、鞘に納めたままの新月刀でそれをなんとか受け止めた。
「ちょっと彗ちゃん!あなた武士道精神とかないの!?」
「剣道は……先に頭をカチ割った方の勝ち!!」
「絶対違う!!私剣道やったことないけど!!」
女怪盗は嘆きながら走っていき、彗はそれを追っていった。
──────────────────
そしてこの場には、宵と謎の男だけが残った。
(ぐっ……彗が神器を取り返すまで俺がこの男を足止めしないと!)
男の体格は良く、宵は自分が戦って勝てそうにない相手だということはすぐにわかった。
しかし、そうも言ってられない。
(いざとなれば、しがみついてでも噛みついてでも……!!)
「おっと、僕は戦うつもりはないよ」
「へ?」
男のあっけからんとした態度に宵は驚いた。
「まあ、ゆっくり話そうじゃないか。宵。彼女たちを見物しながらさ」
腕を組んでいる男の表情は見えないが、少し嬉しそうな雰囲気で彗と女怪盗を見ているのはわかった。
「……わかった」
宵は男を睨みつけながらも提案に応じた。
自分は戦っても勝てない以上、彗が勝ってくれるのを待つしかないからだ。
それならば、無駄に挑んで怪我をすることもない。
(しかし……誰なんだ……?)
男は馴れ馴れしく、こんな状況にも関わらず穏やかな雰囲気を放っている。
心当たりがある気がするが、この男の顔と同じく自分の脳にも靄がかかっているような感覚で、どうしても思い出せない。
「──ほら、始まったよ。『月詠の魔女』同士の対決だ」




