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魔女の末裔、怪盗となり月夜に舞う  作者: ぽよみ30号
怪盗は誰がために

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剥き出しの心

「スイ、おはよっ!私がいなくて寂しくなかった?」


怪我が治った玲香は3日ほど学校を休んだあとに元気に登校してきた。


彼女は療養中に、刑事である父親から「偽怪盗に挑む」という危険な行為を冒したことをこっぴどく叱られはしたが、なんとか元気を取り戻した。


「ああ、玲香。おはよ。怪我が治ったんだね、よかった」


玲香はこのやり取りだけで、彗の異変に気がついた。


目線や態度がおかしく、言葉がどこか渇いている。


「スイ、どうしたの?」


「……別に。なんでもないよ」


彗はそれ以降何も言わなくなりったが、玲香は彗に追及することもできなかった。


玲香はそのあとクラスメイトにこっそりとここ数日の彗の様子を聞きに行ったが、「月曜は勝手に帰って、それ以降は不気味なほどおとなしかった」としか情報が得られなかった。


クラスメイトや教師は、中村水の冷たく刺すような雰囲気で過去の彼女を思い出し、心配していた。


しかし彼らは「東条ならなんとかしてくれるかもしれない」と玲香の登校を心待ちにしていたが、それでも中村水の様子は変わりそうになかった。


彗はその日の授業中も、大人しく座ってはいるがずっと窓の外を眺めていた。



そして放課後。


「スイ、部活行こ」


玲香が話しかけると、彗は「うん」と言って武道場に向かった。


しかし武道場に来たものの彗は「体調悪いから」と言って稽古には参加せず、武道場の端で木刀を持って素振りだけをしていた。



「東条、何か知らないか?」



玲香は朝に担任の柊からされた質問と同じ質問を、顧問の田中にされた。



「いや、私は……何も聞いてないです……」



そして、柊に答えたときと同じように返す。


しかし玲香には少し思うところがあった。


あの偽怪盗の騒動で、Witch Phantom様は助けに駆けつけてくれた。


でもそのあと、妙な女の人が現れて自分と明智さんは気を失った。


そして自分たちは救助ヘリの中で目を覚ました。


それはWitch Phantom様が自分たちを置いて立ち去ったということだが、これまでの彼女の行動からそれは考えにくかった。


つまりあの妙な女性が現れてから、何かが起きたということになる。


無論これはWitch Phantom様の話であり、スイは関係ない。


しかし玲香にはどうしても、彼女によく似ているスイがその件で何かあったのではないかと考えてしまった。


「なあ、東条。明日の大会のメンバーなんだが……」


「あ……ああ。なんですか?」


田中はメンバー表を主将である玲香に見せ、相談を始めた。


明日は小さな剣道交流大会があり、望が丘高校は「高校生以上の部」に出場する。


高校生以上が男女混合5名で勝ち抜き戦を行うという、インターハイ予選などの公式戦に比べてかなり緩いルールの大会なので前日まで選手変更が認められている。


「先鋒は月城って考えてたんだけど、ここ最近ずっと学校にも来ていないから替えるとして……」


田中は、力なく素振りをしている彗の方をチラリと見た。


「大将は……中村のままでいいかな?替えた方がいいか……?」


剣道は5人の団体戦であれば先鋒、次鋒、中堅、副将、大将の順で戦い、大将は最も強い選手がやるというのが通例である。


そして望が丘高校剣道部は、中村水の入部以来ずっと彼女に「大将」を任せてきた。


「……大丈夫です。そのまま出してください」


「そ、そうか?試合までに元気になるかな?中村……」


「大丈夫です!」


玲香はメンバー表を田中に押し返した。


「『中村水』は、ずっと私たちの大将です!それは変わりません!スイがダメなら私たちは負けるだけです!」


そう言った玲香の目は、武道場の端で素振りを続ける彗の姿を見つめていた。




────────────────




「何やってんだろ、わたし……」


彗は高校からの帰り道、以前輪生からの告白を聞いた河原を歩きながら呟いた。


部活が終わったあと、玲香から何度も「一緒に帰ろう」と言われたが「いい」と冷たく断ってしまった。


自分でも、今の自分が何をしているのかわからない。


10年前から今日までずっと、月詠家のために神器を取り戻したいと考えていた。


自分が「月詠の魔女」だと知ってからは、誇りと責任を胸にその思いはさらに強くなった。



しかし昨日──魔力が出なくなった。



自分は月詠の魔女どころか、魔女ですらなくなってしまったのだ。


その瞬間に10年間の思いも、月詠の魔女も、何もかもがどうでもよくなった。


そしてそうなると、自分の存在意義もわからなくなった。


「迷惑かけてるだけじゃん……」


兄は「危ないからやめよう」と止めてくれたのに、自分が押し切った。

愚かな妹のために何度も知恵を出してくれた。

宵がいなかったら二つの神器は取り返せなかったし、とっくに自分は死んでいただろう。



最初は敵として現れた明智江戸川金田一。

しかし二度の戦いを経たあとの彼は偽怪盗に怒り、本物のWitch Phantomの名誉のために戦ってくれた。


そして、玲香。

高校一年生の時点では復讐に囚われて荒れ果てていた、彗の心をほぐしてくれた。

妙な本は描かれたが、明智と共に戦ってくれた。

今日だって、誰よりも心配してくれていた。



「ダメだ、わたし……」



大切な人たちに、何も返せていないどころか危険な目に遭わせただけ。



そして彗が大切な人たちを思い浮かべた最後に、何故か「彼」の顔も浮かんだ。


「輪生、どうしてるのかな……」


彼に告白されたあの日もこんな夕焼けだったなぁ、と彗は西の空に沈む太陽を見つめた。



─────────────────



「ただいま」


宵がアルバイトから帰ると、彗は布団にくるまってさなぎのようになっていた。


「夕飯、彗が好きなハンバーグを作るからな。少し待ってろよ」


「………」


布団の蛹からの返事はない。


宵はそのまま調理を始めた。


「いただきます」


調理後に皿に盛り付けた宵が手を合わせると、彗も無言で手を合わせてハンバーグを食べ始めた。


「彗、話がある」


「……なに?」


返事をしてこちらを見た彗の顔は相変わらず弱っており、妹は幼い少女のようにも見えた。


宵はそれを見てさらに胸を痛め、言い辛そうに少し目を逸らしたあとにスゥと息を吸い、言った。



「もう──こんなこと、やめよう」



しばらくの間が空いたあと、彗は答えた。


「やめるって……怪盗Witch Phantomを?」


「ああ、その通りだ。俺たちはもう──戦うのをやめよう」


その言葉を聞いた彗の顔に、少し怒りの表情が浮かんだ。


「それは、私がもう『魔女』じゃないから!?もう私が神器を使えないから!?私がもう戦えないから──」



「違うッ!!!」



「ッ……!!」


彗は、記憶の限りで宵の怒鳴り声を初めて聞いた。


宵はそのまま顔をあげずに俯いている。



「違うよ、彗……!」



そして、顔をあげた彼の顔には涙の筋が目尻から頬に通っていた。



「もう、いいんだ……!」



妹が生まれたのは17年前。

3歳だった彼は、秋奈ははが赤ん坊だった彗を抱いていたことを覚えている。


それからずっと一緒にやってきた。


優しい両親と祖父母に囲まれて育った。

実家の子供部屋ではたくさん遊び、たくさん喧嘩をした。


祖父母と両親が殺され、隣町まで妹を背負って歩き、同じ施設に入って、このアパートで暮らして、ずっと彗と過ごしてきた。



だから、彼にはわかる──



「もう、十分戦ったんだよ。彗は……!!」



──妹は、限界だと。



「月詠家のために、30代目の『月詠の魔女』として……本当に、彗はよく頑張ったじゃないか……!」


「で、でも……私がここで諦めたら……誰が月詠家を……」


涙を流しながら話す宵に、彗も涙を流しながら話し始めた。


「そんなの、もうどうだっていい!!」


宵は立ち上がり、テーブルの向こう側にいる妹に歩み寄って抱きしめた。


「もう家だとか魔女だとか、どうだっていいんだよ。お前が元気でいてくれるなら──」


宵は、ずっと違和感を感じていた。

なぜ彗がこんなに頑張らなくてはならないのか。


そこまでして「月詠の魔女」という称号を守ることに意味はあるのか。

そんなものに、命を懸ける価値はあるのか。


無論、自分たちが1000年続いた魔女の家の末裔だという誇りはある。


でも──


「──俺は、お前がそんな辛い思いをしながら戦うのは……おかしいと気づいたんだ。それに……」


宵はグズッ……と鼻から息を吸い、言った。


「恐ろしい戦いにお前を送り出すのは……もう、辛いんだよ……!」


「お、おに、お兄ちゃん……!」


彗は、自分の心が溶けていくのを感じた。


「誇り」や「責任」を身に纏って鎧とした。

「月詠の魔女」という看板を盾とした。


そうやって武装して強くした自分の心は、気がつけば重さで動けなくなっていた。


だが、兄がそれに気がついてくれた。

盾を、鎧を、一枚ずつ剥がしてくれている。



剥き出しとなった裸の心は敏感で、柔肌の赤ん坊のように弱い。



しかし剥き出しで弱いからこそ──



「彗……俺たちはもう、ゆっくり休もう……」



「うん……」



──彗は兄の暖かさを、直接感じることができた。



二人はこの晩、一緒の布団で眠った。


二人が同じ布団に入ったのは、秋奈ははを挟んで同じ布団に入ったあの日の夜以来。


彗は兄との間に秋奈がいない事を寂しく思いながら、しかし確かな兄の暖かさを感じながら目を瞑った。


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