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魔女の末裔、怪盗となり月夜に舞う  作者: ぽよみ30号
怪盗は誰がために

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月に叢雲

彗が偽怪盗──輪生と戦い……そして春華に敗北した翌日。


朝8時20分。

彗は望が丘高校2年A組の教室に入った。


「…………」


教室を見渡したが、玲香はいない。

やはり昨日の怪我もありまだ学校には来れないのだろうか。


そう思った彗は自分の席に座り、「彼」を待った。


何故なら彼女は約束したから。

輪生に今日「告白の返事を返す」と。


彼はいつも通り、この時間に2-Aの教室に現れるはず。


キーンコーンカーンコーン……


しかし10分経っても彼は現れなかった。

担任の柊克美ヒイラギカツミが教室に入ってきて、「ホームルーム始めるぞ」と言った。


「あー、東条だが今日はちょっとお休みだ」


柊がそう言ってホームルームを始めたところで、彗はカバンを持って席を立った。


「ん?中村、何してる。席につけ」


「帰ります」


「はぁ?」


「もう……いいので」


「ちょ……おい!」


柊の制止も聞かず、彗はガラガラと教室のドアを開けて出て行った。


何にも興味がないような冷たく目線で周囲を見て、すぐにどこかに行ってしまう。


その姿は1年以上前……入学してすぐの頃の彼女を、柊と他の生徒に思い出させた。


そして今日は彼女を引き止める東条玲香もいない。


「……ったく、なんだ?また反抗期か?」


柊は手で頭をぽりぽりと掻きながらも、強引に連れ戻そうとは考えなかった。


望が丘高校の教員は、中村水に力づくで接するのは逆効果だと知っているからだ。



─────────────────



「…………」


彗は1年生の教室を外からチラリと覗いた。

そこは月城輪生が所属するクラスだ。


彼の席は空白。つまり今日は休んでいるということ。


輪生は今日が告白の返事がもらえる日だと、当然知っている。

そして昨日、自分は彼を斬っていない。

寸止めや峰打ちで戦った。

学校には来れる体のはず。


春華が彼に何かをしているのだろう、と彗は推測した。



彗はそのまま歩き、いつも自分が剣道をしている武道場へと入っていった。


当然誰もいない。

静かな朝の空気に包まれているだけだ。


彗はその武道場の神棚の方へと歩いていった。


「…………」


そこには60年前の剣士、大西先輩の写真が飾られている。

彼はいつもと変わらない白黒の笑顔でこちらを見ている。


「……帰ろ」


彗は道場を出て、校門を通らずにフェンスをひょいと乗り越えて家路についた。



─────────────────


夜。


「ただいまー……ん?」


宵が家に帰ると、彗がソファにうつ伏せで倒れている。

モゾモゾと動いているので、眠っているわけではなさそうだと彼は考えた。


「どうしたんだ?」


「んー……」


「なにか、体調が悪いのか?」


昨日、彗は春華に死の言霊を撃ち込まれている。


一命は取り留めたし今朝は元気だったものの、何か後遺症があるのかもしれないと考えた宵は彗に近づいた。


「平気だから」


だが彗はうつ伏せのまま右手だけで宵をしっしっ、と追い払うような仕草をした。


「あ、ああ……」


宵は少し考えたあと、とりあえず夕食を作ることにした。



「いただきます」


「…………」


唐揚げとサラダ、味噌汁を前にして二人は食事を始めた。


彗は無言のままモソモソと唐揚げを咀嚼し始めた。


二人にとって夕食の時間は作戦会議の時間。


昨晩のことを踏まえ、宵はさまざまなことを考えた。

作戦会議の時間はいくらあっても足りないぐらいだ。


だから宵はいつも通り「今後の作戦だが……」と口を開いた。


しかし、彼はそこまで言ったところで言葉を止めた。


何故なら──


「うっ、うううううう……!!」


──妹の目から、ボロボロと大粒の涙がこぼれ始めたからだ。



「ど、どうしたんだ!?彗!!やっぱり、まだどこか痛いのか!?」


彗は左手でぐしぐしと目を拭いながら、兄の言葉には首を振った。


そして口を開き、言った。


「グズッ……わたし、もう──」



彗は震える唇から、絞り出すような声を漏らした。



「──『怪盗』、やめるぅ……!!」




─────────────────




妹のその言葉に、宵はしばらく固まってしまった。


何故彗がそんなことを言うのかわからない。


もともと神器に対して強い思いを抱いていたのも、宵を誘って「取り返そう」と言い出したのも、「怪盗になる」と言ったのも──


「──全部、お前が言い始めたんじゃないか……」


「だってぇ……!」


彗はうえ、うえ、と嗚咽をこぼしながら息を整え、話し始めた。


「わた、わたしの、せいで……みんな、みんな……怪我したり、いなくなって……玲香も、輪生も……」


彗は今朝学校で痛感したのだ。

怪我をした玲香、いなくなった輪生。


「お、大西先輩だって、私が新月刀を取り返さなかったら、まだ生きてた……んだって……」


そして大西椿。

怪盗Witch Phantomが現れなければ、彼もまだ生きていただろう。


「わた、わたしが……神器を取り返すなんて、言わなかったら……みんな、みんな……こんな目に遭わなかった、のに……!!」


彗はそこまで言うと、「うえぇ……」テーブルに顔を突っ伏して声をあげて泣き始めた。


「彗……」


宵は彗の意見を否定はしなかった。

だが、それに関しては仕方がないことではあると彼は考えていた。


「怪盗」なんて活動を始めた時点で周囲を巻き込むのは当然のこと。

自分たちが神器を全て取り返して戦いを終えるまでは、こうして誰かしらを巻き込んでいく。


宵もそのことには少なからず心を痛めていたし、彼も今日の部室に明智の姿が無いのを見て帰ってきているのだ。


「それに……私、昨日……玲香と探偵さんを全然守れなかった……!!春華が見逃しただけで、二人とも、殺されててもおかしくなかった……!!」


「ッ……」


彗が言う通りだった。

昨日、もしも春華が二人を殺すつもりであれば簡単だっただろう。


「私、バカだから……勝てると思って……すぐに突っ込んでって、あっさりやられて……!」


彗は昨晩の自分の驕りを、心から後悔していた。


自分は神器が二つ、向こうは一つ。

それなら勝てる……と深く考えずに春華に挑んだ。


「いや、それは俺の方だ。俺が春華を侮ったんだ。考えるのは俺の仕事だ、彗は責任を感じなくても……」


「違う!私が弱い魔女だからだよ!今回だけじゃない!……私が神器を取り返すとか怪盗になるとか全部言い出したくせに……」


彗はズビィ!と鼻を啜り、言った。


「私は夏波にも、春華にも、簡単に負けてるんだよ!!」


「ッ……」


彗は気がついていた。

夏波の闇の魔法には歯が立たなかった。

春華の闇の魔法にも殺されかけた。


冬子から満月鏡を取り返したのは、宵の作戦のおかげ。


そう、自分は「魔女」としてあまりにも無力で未熟。


魔法では他の魔女に、一度も勝っていないのだ。


「『月詠の魔女だから』とか言ってるくせに、誰にも勝ててない……たまたま体が強かったのと、お兄ちゃんが凄かったから生きてるだけなんだよ……!」



彗は昨晩、友人たちを守れず、春華にはあっさりと負けた。輪生も連れていかれてしまった。


何を守ることも、何を得ることもできなかった夜が明けたあとには、弱い自分だけが残った。


それは彗の心を押しつぶすには、十分すぎる出来事だったのだ。


「あと……私……昨日、春華に殺されたかと、死んだかと思って──」


彗は固く目を瞑り、宵に向けて声を捻り出すように言った。




「──怖かった……!!」




「彗……」



これまで、彗は一度も弱音を吐かなかった。

だがもちろん彼女は痛みや恐怖を感じなかったのではない。


だがそれらを感じる度に彗は「私は月詠の魔女だ」と自分を奮い立たせてきた。


「月詠の魔女」という誇りと責任で心に蓋をして、湧き立つ感情をずっと押さえ込んできたのだ。


今回の敗北は、彼女の胸に溜まり続けていたそれらを一気に吹き出させる起爆剤となってしまった。


「…………」


宵は悩んだ。


春華は宗教組織を利用して悪事を続けている。放っておけばさらに大変なことになるのは明らか。

止められるのは自分たちしかいないだろう。


しかし魔女として自信を失い、怯えている妹にどう声をかけていいか、宵に分からなかった。


「な、なあ、彗……」


人の感情にうとい彼だが、こういうときはとにかく気分を変えさせる方がいいということは長年の妹との付き合いで知っている。


「もう夜だが、この後ちょっと出かけないか?ほら、また満月鏡でおしゃれでもしてさ!」


宵はそう言いながら、以前購入したファッション雑誌を渡した。


服装を変えさせてドライブにでも出れば、彗の暗い気持ちも少しは変わるかもしれない。


「……うん」


彗はとてもそんな気分ではなかったが、感情に鈍感な兄が自分に必死に寄り添ってくれていることだけは感じた。


夕食を食べ終え、片付けを終えた二人は出かける準備を始めた。


彗は雑誌を見て服を決め、満月鏡を手に取った。


「──あれ?」


「ん?どうした?」


彗は何度もやってみた。

しかし、結果は変わらない。


「ど、どうしよう……」


「……え?」


宵は嫌な予感がした。


そして思い出した。


「魔力が……出ない……」


妹が魔法を使えるようになったのは、「神器を取り返す」と月詠家の墓前で強く誓ったあの日からだと。



「そんな……!」



つまり──



「なんで……?出ろ!いつもの光!出ろっ……!」



──彗の心から、あのときの思いが消えてしまっているのだ。









☽ あとがき ☾


「月に叢雲むらくも、花に風」という言葉があります。


雲が月を覆い隠す。

風が花を散らしてしまう。


美しいものを消してしまう邪魔ものを喩えた言葉ですね。


彗の心にかかった厚い雲。

それが晴らされる日は、くるのでしょうか。



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