怪盗の正体
「──月詠、彗」
そう呼ばれた怪盗少女の顔が固まったのを見て、春華は確信した。
(──やっぱり、そうだったのね)
夏波と連絡がつかなくなった後、春華は「怪盗Witch Phantom」の動画を何度も見た。
月光色の魔力光、表情や所作、体つき、マスクで隠れていない部分から見える顔つき。
それらを見続けるうちに、春華の中に一人の人物の影が浮かんだ。
(そう。あなたは似過ぎてしまったのよ……秋奈に)
春華は、怪盗Witch Phantomが途中から昔の秋奈に見えて仕方がなかった。
しかし秋奈は10年前に確かに殺した。
そして夏波が撃った秋奈は絶対に本人だった。
となると「秋奈に似ていて」「月光色の魔力光を持つ」可能性がある人間は──もう、一人しかいなかった。
「彗ちゃんでしょ?もう隠しても無駄よ。あの晩、秋奈が逃していたのね」
「…………」
怪盗Witch Phantomは、何も言わずに春華を睨みつけていた。
──────────────────
「…………」
最大の敵である春華に本名で呼ばれたにも関わらず、彗は驚くほど冷静だった。
『彗……いけるか?』
宵の言葉は無論、「春華を倒して神器を奪えるか」という意味だ。
彗はマイクをトン、と一度叩いた。「YES」の合図だ。
彗はゆっくりと向き直り、春華に対峙する。
そして新月刀に魔力を込める。
(一瞬で距離を詰めて……あの女を斬って、「三日月ノ玉」を奪うだけ……)
それで全てが──自分と兄の「怪盗Witch Phantom」としての物語が、終わる。
「あら、やる気?」
春華は彗が月光色の魔力光を刀に込めているのを見て、うすら笑いながらそう言った。
「それが最期の言葉でいいの?春華おばさん」
相手がこちらの正体に気がついている以上、隠す意味もない。
だから彗は皮肉めいた口調で春華を「おばさん」と呼んだ。
そしてこの口振りから分かる通り、彗には自信があった。
こちらは神器が2つ、向こうは1つ。
満月鏡の暗雲で耳を塞ぎ、宵を通して春華の言葉を聞いているので「三日月ノ玉」の魔法は自分には効かない。
そして、「新月刀」で強化した自分の攻撃を春華が魔法以外の方法で防げるとは思えない。
──負けるはずがない。
そう思った彗は強く地面を蹴り、春華に迫った。
強化された彗の肉体は凄まじい疾さで動き、春華との距離は一瞬のうちに縮んでいく。
しかし春華は特に焦る様子もなく、彗の腹の辺りを人差し指で指した。
「……?」
彗はその動きの意味は分からなかったが、関係ないとも思った。
このまま斬って、全てが終わりだ。
「……ふん」
春華は三日月ノ玉に「黒い魔力」を込め、闇の魔法を発動した。
『──死ね』
春華がそう発声した瞬間、春華の指先から黒い弾丸のようなものが飛び出して彗の腹に当たった。
春華と間合いを詰めていたこともあり、彗はそれを避けられなかった。
「ッ……!?」
それが当たった瞬間、彗は体に異変を感じた。
自分の意思は関係ないまま、体が「死のうとしている」。
そう感じた。
(うそっ……なに、これ……!!)
彗は全身の力が抜けてその場に倒れ込んだ。
『彗、彗ッ!!!どうしたんだ!?』
宵は春華の動きや言葉には気をつけていたが、彼女の闇の魔法はあまりにも素早かったため、彗に警告する暇もなかった。
「が……カハッ!?ぐっ……!!」
体中の力が奪われていき、自分の意思と反して動かなくなった。
生まれてからずっと体の中に宿っていた自分の命が、体から抜けていくような感覚。
彗は意識を失い、そのままうつ伏せに倒れた。
魔女が意識を失ったため満月鏡の魔法が解け、彗の身を包んでいたカクテルドレスが消えていき、彼女が家で着ていたパジャマへと変わっていった。
「これが三日月ノ玉の闇の魔法よ。命令を『言霊』として固めて発射する。耳栓なんか関係ない。だって──」
春華がそう言って人差し指を屋上のフェンスに向けて『外れなさい』と言うと彼女の指先から黒い「言霊」が放たれた。
すると言霊が命中したフェンスは固定されていたにも関わらず、ガシャンと音を立てて外れてこちらに向いて倒れた。
「──モノにだって効くんだから」
春華は「さてと」と言って輪生の元へと歩み寄った。
『起きなさい』
春華の指先から飛んだ黒い言霊が輪生の中に入ると、彼の肉体はその命令によって強制的に起動され、目を覚ました。
「……っ!!お母さま!?あ、か、怪盗、は……!?」
輪生がキョロキョロと見回すと、遠くに探偵の男と怪盗コスプレの女が倒れている。
そして、ピンク色のパジャマを着て倒れている一人の少女がいた。
「私が殺したわ。あなたの『仕事』だったはずだけどね」
春華は顎でクイとパジャマを着た少女を指し、輪生を冷たく見つめた。
「ッ……は、はい。申し訳ありませんでした……」
輪生は春華に謝罪しながらも、遠くでうつ伏せに倒れている少女の姿を見て疑問に思った。
(あの人が……Witch Phantom……?)
思っていたよりも、ずっと幼く見える。
自分に向けて、恐ろしい殺気を放ちながら斬りかかってきた怪盗と同じ人だとは到底思えない。
そして──
(なんだろう、この胸の痛みは……)
──何故か、彼女は自分にとって大切な女性だと感じた。
月輪教にとって最も邪魔な存在であると春華が常々語っていた怪盗が死んだ。
それなのに……あそこで倒れている少女を見ると、何故か胸が苦しかった。
「さて……神器を返してもらいましょうか」
春華がそう言って彗に近づこうとしたとき──
「大丈夫ですかぁ!!要救助者5名!!意識不明者3名!!ただちに救助にかかります!!」
──上空を飛んでいたヘリからロープが落ちてきて、救急隊員が降りてきた。
橋が落ちてしまっていたため、救助のヘリが来ていたのだ。
「チッ……!」
春華は舌打ちをした。
三日月ノ玉で無理やり救助隊を洗脳して神器を回収しても良いが、魔力はもう残り少ない。
輪生を連れて月輪教本部まで帰ることを考えると、ここであまり無理はしたくない。
(まあ、いいわ)
月詠彗を始末したいま、神器を使える人間はもうこの世に自分だけとなった。
それならばいまの自分にはもう「三日月ノ玉」さえあればいいし、満月鏡と新月刀は後日ゆっくり回収すればいい。
「いくわよ、輪生」
春華はそう言って輪生が持つ「神器の箱」に魔力を込めて「鏡」を起動して自分たちの姿を消し、先ほど破壊したフェンスに乗った。
『飛びなさい』
春華はフェンスに「言霊」を撃ち込み、飛ぶフェンスに乗ってその場を去った。
「……あれ?」
救急隊員の男が再び現場を見ると、そこには3名の要救助者が倒れているだけ。
先ほどまでもう2人いたような気がするが、気のせいだろうか。
しかしこの燃え盛る建物から逃げ出すことなど、できるはずもない。
彼はそう思い、3名の救助をすることにした。
─────────────────
「お、お母さま……申し訳ありませんでした」
輪生は飛ぶフェンスの上で、春華に謝罪した。
本物の怪盗を始末すると意気込んで春華に連絡したのに、結果は散々。
怪盗Witch Phantomにはまるで歯が立たず、危ないところを春華になんとか助けてもらったような形になってしまった。
「……いいわ。始末はできたんだから」
そう答えた春華の顔は怒っておらず、少し嬉しそうだった。
念願だった怪盗をついに殺せたのだから、それはそうかと輪生は安心した。
(とにかく、よかった!)
怪盗Witch Phantomは死んだ。
これで月輪教の邪魔者はいなくなった。
(あ、そうだ……!)
輪生は一つ、素晴らしいことを思い出した。
「ふふっ……」
彼は思わず楽しい気分になり、笑みをこぼした。
(そうだ、明日は──)
──スイ先輩から、告白の返事をもらえる日だ。




