現れたのは
「ぐっ……くそっ……!」
輪生はふらつき、顔を押さえた。
Witch Phantomの刀は自分の顔のわずか数ミリ前を斬り、彼が身につけている忍び装束の覆面を切り裂いた。
神器の箱の「鏡」の魔法で、怪盗の姿に変えているため相手に顔が見られることはない。
しかし本当にギリギリを斬られたということが、彼の恐怖を煽った。
「今のさ、あなたが『躱した』んじゃないからね」
「……!?」
怪盗Witch Phantomが、話しかけていた。
「躱させて『あげた』んだよ。私は頭を斬ることもできた」
怪盗少女の目は心を見つめるように、まっすぐと輪生の胸を見ている。
「あ……あっ……!」
目の前にいる怪盗が、怖い。
今までの「仕事」で危険なことは一度も無かった。
鍛え上げたこの体と技。そしてお母さまが授けてくれた「神器の箱」による魔法。
それらがあれば自分は常に安全で、正確に仕事をすることができた。
「まだやる?」
Witch Phantomはそう言って輪生には見えない速度で間合いを詰め、新月刀の峰を彼の首にトン、と軽く当てた。
刃物の嫌な冷たさが彼の首に伝わり、彼女が刃をこちらに向けていれば、そして少し力を入れていれば自分は死んだのだと思い知らされた。
それは彼が味わったことがないほどの、強烈な恐怖と敗北感。
「……ね。もうわかったでしょ?あなたは私には勝てない」
「ッ……!!」
自分の方が、弱い。
それは強さこそが正しさであると考えている輪生にとって、自分の全てを否定されたようなものであった。
「だからほら、死にたくないなら早く教えてくれる?あなたの黒幕は誰?その魔法は何?」
「ぐっ……くそおおおおおおお!!!」
輪生は怪盗の態度に対して恐怖を上回る怒りが湧き、その怒りが心を焼いて彼は神器の箱の中にある「勾玉」に念じた。
この勾玉は彼のお母さまが持つ「三日月ノ玉」のレプリカ。
輪生は春華が持つこの神器の効果を教えられていないが、この勾玉に念じて相手に「止まれ」と言えば、相手の動きを止めることができるとは教えられていた。
「『止まれ!!』Witch Phantom!!」
「!?」
Witch Phantomは動きを止め、少し驚いたような顔をしている。
(今だ!すぐに殺してやる!)
輪生は怪盗少女の腹に刀を突き刺すために走り出した。
「やばっ……ぐっ……ぬおおおおおおおおおおお!!!」
輪生は知らなかった。
「三日月ノ玉」の魔法は他の神器による魔法と違い、魔女が出す魔力によって少し中和できてしまうということを。
そして三日月ノ玉のレプリカは、本物よりも魔法の力が弱い。
つまり────
「うぅ動けエエエエエエエエエェェェ!!!私の体あアアアアアアアアアアッッッッ!!!」
Witch Phantomの体から月光色の光が強く放たれる。
そして彼女は雄叫びと共に強引にその魔力を新月刀にも流し込み、敵の魔法を中和しながら自分の体を強化した。
「動いたあああああああああっっっっ!!!」
────強い魔女には、効かないのだ。
自由を得た怪盗少女はその場から飛び上がり、5メートルほど飛び上がって輪生の攻撃を躱したあと、彼の頭に向けて踵落としを食らわせた。
「いぎゃあっっ!!」
彼女の踵によって強烈な一撃を頭に叩き込まれた偽怪盗は意識を失い、その場に倒れ込んだ。
「あ、しまった……!」
彗は宵から「情報を引き出せ」と言われていたのに気絶させてしまったという失敗で、少し慌てた。
「ごめん、お兄ちゃん」
『いや……口を割りそうになかったし、気にするな。それより偽怪盗の姿が……』
「えっ……?」
使い手が意識を失ったことにより、彼が使っていた「鏡」の魔法が解かれた。
それにより忍び装束に身を包んだ、彼の姿が彗の前に晒された。
「えっ……うそっ……!?」
偽怪盗の素顔を見た彗は驚愕した。
なんと偽怪盗の正体は、昨日自分に告白をしてきた自分の後輩──輪生だったのだ。
─────────────────
「うそ……そんな……!」
彗は目の前に倒れている輪生を見て、絶句して固まってしまった。
なぜ彼がこんなところにいるのか。
なぜ彼は偽怪盗としてこんなことをしたのか。
「Witch Phantom様ぁ!勝ったんですね」
「っ……!!」
玲香がこちらに駆け寄ってくる。
彗はそれを見て、慌てて輪生の顔を彼が首に巻いているスカーフのようなものを顔に引き上げて隠した。
自分でもなぜそんなことをしたのかは分からない。
ただ玲香は自分の後輩が恐ろしい犯罪者であると、知らない方がいいような気がしたのだ。
「おめでとうございます!やっぱりWitch Phantom様は最高ですぅ♡」
玲香は熱っぽい目で怪盗少女を見つめながら抱きつこうとし、さらに唇を突き出して顔を近づけてきたが、彼女に頭を掴まれてそれを阻止された。
「レイカ姫、今はそれどころではない。脱出するぞ!」
明智は燃え盛る炎が屋上に迫ってきたのを見てそう言い、怪盗少女の方に振り向いた。
「Witch Phantom……悪いが脱出を頼めるか?我々を連れて、あの『空を歩く力』で……」
「あ……うん。そうだね」
彗は新月刀で体を強化し、さらに新月刀の闇の魔法で空中に足場を作れば、明智と玲香と輪生を担いで降りることはできるだろうと考えた。
炎はかなり迫ってきている。
早く脱出してここを去ろう。
彗がそう考えたとき──
「──『本物と交戦中』って連絡が来たから来てみれば……何やってんのよ。あんた」
──背後から、声が聞こえた。
────────────────
「彼女」は燃え盛るグラン・ジェム・ミュージアムの屋上に、空から舞い降りて現れた。
「『今から始末して帰ります』なんて勇ましいことを言ってたくせに……まったく、恥ずかしい」
女は、屋上の床に倒れている輪生を見てため息をついた。
『彗ッ!!!』
「わかってるッ!!」
彼女のその姿を見た瞬間、彗は満月鏡から「暗雲」を出して自分の耳を覆った。
この女を見たら絶対に、すぐにこうすると宵と相談して決めていたのだ。
もはや反射にも近い動きだった。
「まずはゴミ掃除ね……『眠りなさい』」
女のその言葉は耳を塞いだ彗には聞こえなかったが、それを聞いた玲香と明智は一瞬で気を失ってその場に倒れた。
『彗、やつは「まずはゴミ掃除ね、眠りなさい」と言って二人を眠らせた』
離れた場所でマイクを介して聞いている宵には、三日月ノ玉の魔法は効かない。
だから代わりにその女の声を代わりに聞き、彗に伝える。
これも、二人が常々やっていた打ち合わせの通りだ。
「あら、あなたには効かないのね。Witch Phantomさん……いや」
彼女──春華は、微笑みながら怪盗少女を見て……言った。
「──月詠、彗」




