彗星に願いを
(まあいい、魔法ですぐに決着をつけてやる……!)
輪生はそう思い「神器の箱」に念じた。
すると箱の中に入っている小さな鏡が黒緑色に光り、輪生の姿を透明に変える。
姿を消して背後から刺す。
自分はこの技で何人も、極楽に送ってきたのだ。
「え!?き、消えた!?」
玲香は驚き、声をあげた。
(そんな……あれは……!)
Witch Phantom様の不思議な力と同じ。
Witch Phantom様はキスで私の心を奪う力のほかに、姿を消したり、分身したり、空を歩く不思議な力を持っている。
玲香は目の前の偽怪盗が使ったそれは、完全に本物の使うそれと同じに見えた。
本物のWitch Phantom様はその力で人を殺したりはしないが、自分たちを殺そうとしている偽物が同じ力を持っているのは非常にまずい。
玲香は焦って明智の方を見ると、彼は「ふっ」と微笑んだ。
「『本物と同じ技』なら、何の問題もない」
明智はそう言うと懐から白い球のようなものを取り出し、屋上の中央あたりに向かって投げた。
「レイカ姫、目を瞑り息を止めて」
「へ?は、はい!」
明智の小声での指示に玲香が従った瞬間、彼が投げた白い球は「パァン!」と大きな音を立てて爆ぜ、白い粉のようなものが周辺に撒き散らされた。
その粉は透明になっていた偽怪盗にへばりつき、彼の姿を露わにした。
「本物の方とは何度も手合わせしているのでね。その技は私には通用しないよ」
「…………ッ!!!」
白くなった偽怪盗は悔しそうに明智を睨み付けながら、再び姿を現した。
(──す、すごい!!)
玲香は相手が透明になっても、すぐに落ち着いて対応した明智に感嘆した。
彼はただのコスプレイヤーではない。
──あのWitch Phantom様と何度も戦い、生き延びてきた智将なのだ。
─────────────────
「危ない!探偵さん!」
偽怪盗の凶刃が明智の首に迫る。
玲香は咄嗟に棒型スタンガンを突き出すと、偽怪盗の体に掠った。
「うぐっ!!」
掠ったスタンガンから高圧電流が流れて偽怪盗は怯み、明智は九死に一生を得た。
「すまない、レイカ姫……」
そう礼を言う明智の顔は苦しそうだった。
深くは入っていないものの、何度か切り付けられている彼の体は痛ましく、出血により少しふらついていた。
「正しいのは、僕だ……僕は強い、だから正しい……」
偽怪盗はよく分からないことをブツブツと呟いているが、その強さは本物。
彼が不思議な力を使わずとも、二人と比べて十分な実力差があった。
そのことから二人はとてもではないが、この偽怪盗を自分たちの力で倒すのは不可能と考えていた。
(ぐっ……)
玲香は少し後悔していた。
偽怪盗を捕まえるためなら何でもすると思っていた。
しかし敵は強く、本気の殺意を持って向かってくる。
それは玲香が経験したことがない恐ろしさで、彼女は自分がまだただの子供であったことを思い知らされた。
──バババババッ……!!
「むっ……!」
けたましい音に反応して明智が上を向くと、そこには強い光でこちらを照らしているヘリコプターが飛んでいた。
恐らく、この火事に反応して報道のヘリが来たのだろう。
ここで明智は一つの疑問が浮かんだ。
(警察は……まだ来ないのか……?)
消防や警察よりも先に、報道が来た。
偽怪盗が強すぎて勝てそうもない明智にとって、「警察の到着」は最大の勝機。
その瞬間までこの偽怪盗を足止めすることが自分の仕事とさえ考えていた。
何故か偽怪盗はこちらに強い憎悪を向けて斬りかかってきて、逃げようとしない。
ならば、敵の攻撃を捌き続けて警察を待とうと明智は考えていたのだ。
「探偵さん、あれ……!」
明智と同じ思いで警察を待っていた玲香は、一つの「絶望」を見つけて指差した。
「なっ……橋が……!?」
自分たちが渡ってきた橋が、なくなっている。
あれでは警察や消防がこちらに来られない。
このミュージアムは、今や陸の孤島と化しているのだ。
─────────────────
「くっ……!」
玲香が「絶望」を見つけてから5分ほど偽怪盗と戦い続けたが、明智と玲香は致命傷を避けることで精一杯で刀傷は増えていく一方だった。
(万事休す、か……!?)
偽怪盗は強くて倒せない。
階下は火災で逃げ場はない。
橋が落ちていて警察は来ない。
このままでは偽怪盗に殺されるか、火災に巻き込まれて死んでしまう。
(もう、ダメなのか……!?)
明智は思わず天を仰いだ。
彼は星に願い事をする人間の気持ちが分かった。
本当にどうしようもないとき、天を見上げた人間はそうするしかないのだ。
しかし現実は非情。
お星さまが助けてくれることなど、あり得ない──
──と、明智は思っていた。
「……は?」
彼が見たのは、彗星。
東の空から……月光色の光を放つ彗星が、長い尾を引きながらこっちに向かってくる。
そしてその彗星はぐんぐんとこちらに迫り───
「でやあああああああああああああっっっっっ!!!!」
───偽怪盗に、襲いかかった。
ミュージアムの屋上に辿り着いたところで、明智が彗星と思っていたその「人型の何か」は強く空中を蹴って跳び上がった。
そしてグルグルと空中を3回ほど回りながら腰の刀を抜き、その勢いのまま刀を偽怪盗に振り下ろしたのだ。
ギイイィン!!
「ぐっ……!!」
偽怪盗はそれを咄嗟に自分の刀で受け止めた。
しかしあまりにも強いその力で、彼は後方に大きく吹き飛ばされた。
「あ、ああああっ……!!」
「き、来てくれたの、ですね……!」
月光色のカクテルドレス。
夜空色のマント。
飾り羽と宝石で彩られたマスカレードマスク。
揺らめく炎が迫ってくるなかで凛々しく立つその姿は、二人の心を強く打った。
明智と玲香は思わず涙を流した。
それは「命の危機から救われたから」ではなく──
「Witch Phantom様あっっ!!!」
──「本物」はあまりにも強く、美しかったからだ。
──────────────────
──5分前。
「ねえ、どうしよう!このままじゃ二人が危ないよ!」
速報をテレビで見た彗は強い不安を感じながら慌てていた。
朝から着替えもせずにパジャマで一日中ぼーっと過ごしていた彗だが、二人の危機を知って頭は覚醒し、宵に詰め寄るように話していた。
「ま、待て!あそこはグラン・ジェム・ミュージアム……今すぐ車で行けば1時間半ぐらいで……」
宵は慌ててスマートフォンを取り出し、そこまでの経路を調べていた。
「バカァ!!そんなのじゃ絶対に間に合わないよ!」
「じ、じゃあどうするんだよ!」
彗は部屋の中に置いてある満月鏡をウエストポーチに入れ、腰に巻いた。
ウエストポーチと腰の隙間に新月刀を強引に差し込む。
そして満月鏡の魔法を使い、「Witch Phantom」に変身した。
「お兄ちゃん、方角は!?」
その瞬間、宵は妹の言わんとすることを理解した。
(確かに、それが一番早く着くか……!)
彼女は現場まで「走って」いくつもりなのだ。夜空を。
「西北西だ!えーっと……あっちだ!」
宵は窓から身を乗り出し、右手の空を指差した。
彗は無言で頷き、窓から飛び出した。
地面に落ちる心配はない。足の裏に出ている「黒い足跡」が彼女を支えているからだ。
「はあああああぁぁぁぁ……!」
彗は月光色の魔力を全力で出し、新月刀に注ぎ込む。
そして限界まで魔法で強化した体で、空を走り始めた。
「うわっ!!」
途轍もないスピードで駆け出した彗によって強い風が生じ、宵は驚いたが自分はこんなことをしている暇はない。
あの方法で行けば最速で着くが、魔力の消耗は激しいはず。
だから妹が帰るために、自分も現場へと急がなければいけない。
そう考えた彼は車の鍵を持ってアパートを飛び出した。
─────────────────
「何だこれ?」
国立天文台の職員は、とある報告を受けて顔を顰めた。
関東地方で黄色い彗星を見た、という報告か複数出ている。
「そんなはずはないぞ……?」
宇宙でも空でもそんなものは観測されていない。
地表近くを通る彗星なんてあり得ない。
そして何より、それらの報告にはおかしなことが書いてある──
「いや、絶対ありえないだろ……!」
──彗星は「一人の少女が夜空を駆けているように見えた」と。
☽ あとがき ☾
夜空を駆ける彗星のような女の子に……という願いを込め、彼女の両親は娘に「彗」という名前を与えました。
しかし今夜──彼女はまさに自分の名前の通り、一筋の彗星となったのです。




