相棒
「なっ……!」
玲香は自分を一目見るなりそう言った明智に苛立ち、ガタガタと椅子を引いて彼の正面にズンと勢いよく座った。
「帰りたまえと言っているだろう。君、年齢はいくつなんだ?」
「じ、17歳ですよ!それが何か問題ですか!?」
「大問題だ。殺人犯がいるかもしれないところに女子高生を連れていくのは、漫画の探偵だけだ」
明智はコーヒーを一口飲んでから、玲香に淡々と言葉をぶつけた。
「わ、私を侮らないでください!こう見えても剣道は三段だし、この日のために武器も用意してきました!」
「……だから漫画の中だけだよ。武道をやっている女子高生が殺人犯を倒したりできるのは。私は一人の大人として、君みたいな子供は連れてはいけない」
「ぐっ……!」
玲香は反論に困った。
躊躇なく人を殺す偽怪盗に挑むのは、確かに怖い。
自分にスイのような運動能力があれば……と悔やまれる。
しかし、ここで引くわけにはいかない。
あの偽怪盗をどうにかできるのであれば、自分の命だって惜しくない。
怪盗Witch Phantom様を汚す人間だけは、絶対に容赦しない。
「わ、私は!Witch Phantom様が大好きなんです!」
「知っている。だからこそ声をかけたのだ。だが今問題としているのは熱意ではない。年齢だよ」
「ぐっ、うぐ……!とにかく!私の熱意を今から見せますから!」
玲香はカバンの中を漁った。
熱意は問題ではないと言われてしまったが、年齢は今すぐ変えられないのだから、とにかく熱意を見せるしかない。
一人ではどうにでもできない。
自分にはこの男の力が必要なのだ。
過去にWitch Phantom様と二度も戦い、一度は追い詰めたことさえあると語っている、この男の力が。
「あっ……」
玲香がカバンを漁っていると、一冊の本が手に当たってテーブルの上に落ちてしまった。
「怪盗Witch Phantomと盗まれた姫 vol.2」だ。
vol.1に引き続き執筆を続けた第二巻。
先日完成してまだ誰にも見せていないそれを、今日はお守り代わりに持ってきたのだ。
年末のイベントで一巻、二巻を同時に売ろうと玲香は考えていた。
「なっ……!?」
その本を見た瞬間、明智の目の色が変わった。
玲香が慌ててカバンの中にしまったその本は、見間違いでなければあの幻の本の第二巻。
第一巻を中村助手から受け取ったあの日から、自分の人生観は変わった。
固定観念によって凝り固まっていた自分の脳はあの本によって一度完全に破壊され、あの日から新たな人生が始まっていると言っても過言ではない。
その日から明智は定期的にインターネットを彷徨い、血眼で続きを探した。
しかし彼が見つけたのは一巻の表紙をアップして「年末のイベントで発売予定です」と投稿している「レイカ姫」という名前のアカウントだけ。
おそらくそのアカウントは本の作者だとは思われるが、それ以外の投稿はない。
そして明智はそのアカウントに「続きをお願いします」とDMを送り続けていた。
そして明智が探し求めていた本の第二巻を、この女子はいまカバンから落としたのだ。
どこにも存在しない第二巻を手にする者。
彼の推理によれば、真実は一つしかない。
「ま、まさか君は……『レイカ姫』では!?」
明智はそう言いながら、自分の裏アカウントである「I love レイカ姫 forever」というアカウントをスマートフォンに表示しながら玲香に迫った。
「えっ!?」
玲香が見たそのアカウントは、毎晩のように自分に本の続きを出してくれとメッセージを送り続けてきたアカウントだ。
玲香は第二巻を描いているとき、「もうこんなの描くのやめようかな?」と心が何度か折れそうになった。
それでも、この人だけがずっと自分の応援をしてくれたから第二巻は完成したのだ。
その「I love レイカ姫 forever」が、いま目の前にいる探偵コスプレ男の手に持たれているスマホに、表示されている。
「あ、あなただったんですね……私に励ましのDMをずっとくれていたのは……!」
玲香は目尻に小さな涙滴を浮かべ、明智を見つめた。
「ああ、レイカ姫は……あなただったのか!」
明智も半ばこの出会いに感動したように目頭を熱くさせている。
(……はっ!!)
しかし玲香はここで我に返った。
今日の目的は感動のオフ会ではない。
この男の偽怪盗討伐に同行することだ。
しかし、この状況を利用しない手はない。
「た、探偵さん。もし連れて行ってくれないなら……この本は家に持ち帰って燃やします!そして二度と描きません!!」
玲香はそう言って本をカバンの中にしまい込んだ。
「な、な、何を言っている!そ、そんなことをしたら……人類の損失だぞ!?」
「構いません!Witch Phantom様が誤解されたままの人類なんて、滅べばいいんです!!」
「うぐっ……!!」
喫茶店の客たちは、二人の席をチラチラと見始めた。
人類の損失という大きすぎるテーマを語るには、この喫茶店は狭すぎるようだ。
「私の要求はただ一つ。私を連れて行ってください。さもなくば……これは焼きます!」
玲香はカバンを背中側に回して明智を睨みつけ、彼を追い詰めるように言った。
「さぁ……次に偽怪盗が現れるのはいつ、どこですか!?」
「ぐう……!」
明智は考えた。
女子高生を連れていくのは、彼の倫理としては許せないことであった。
そして彼女があの素晴らしい本の作者であるなら尚更、危険な目に遭わせたくない。
(だが……!!)
しかし、自分はあの本が永久に失われた後の世界を生きる自信がない。
「やむを得ん、か……!」
明智は怪盗の同人誌に釣られて要求を飲むという状況に、「前もこんなことがあったような気がする」と思いながら、玲香に右手を差し出した。
「……っ!!」
玲香はその意味を理解し、明智の右手を強く握った。
「よろしく頼むレイカ姫。今日から君は、僕の相棒だ」
「ええ。力を合わせましょう。明智江戸川金田一さん」
かくして宿命のライバルであった二人は強く手を取り合い、偽怪盗の討伐に向かうこととなった。
「……ところで、いつなんですか?偽怪盗が現れるのは」
「今夜だ」
「ええっ!?」
「場所はグラン・ジェム・ミュージアム。準備をしてすぐに向かうぞ!」
☽ あとがき ☾
二人を結んだのは、なんと玲香が描いていた本でした。
どれほど憎み合った相手でも。
どれほど二人の間に障壁があったとしても。
一つの「物語」はそれを凌駕し、人と人を繋ぐのです。




