独りの剣士
「ふぁー、ついたついた」
「う、うう……耳がぁ……!」
二人は電車を降り、夕方の駅のホームを歩いている。
彗と輪生はハンバーガーを食べたあと、輪生の提案でカラオケボックスに入った。
彗は歌自体は上手だが声量が大きく、輪生は鼓膜が破壊された気がした。
「ありがと、輪生。私……デートって初めてだったけど楽しかったよ」
「スイ先輩……ありがとうございます!」
輪生は心から嬉しかった。
彗のその言葉だけで全てが報われるような気がしたし、壊れかけている鼓膜も再生し始めたような気がした。
「んじゃ、ここで解散?」
彗の言葉はごく自然なもの。
朝にここで集合だったのだから、ここで解散。
当たり前の言葉だし、輪生も当初はそう考えていた。
「いや……」
しかし、輪生は首を振った。
「スイ先輩……少し、歩きませんか?」
──────────────────
輪生の提案通り二人は歩いていた。
歩いているのは、夕焼けが綺麗な河原。
「…………」
景色は綺麗だが、輪生は何も話さなくなってしまった。
「なんで歩きたいって言ったの?」と彗が疑問を口に出そうか出さないか悩んでいる辺りで、輪生はようやく口を開いた。
「あの、少し自分の話をしても……いいですか」
「うん」
彗の素っ気ないとも言える返事だが、輪生はその肯定が嬉しかった。
「僕……両親がいないんです。幼い頃に事故で死んじゃって」
輪生は他人に両親のことを話すときは「殺された」とは説明せず、「事故」と話すことにしている。
「……!」
彗は一瞬何も言えなくなったが、輪生はそのまま言葉を続けた。
「両親は『月輪教』って宗教を立ち上げていたのですが……両親が死んだ後はそのまま月輪教の施設で育ちました」
「……そうなんだ」
彗は、自分の10年前の話を思い出しながら聞いていた。
「えっと、その……親がいなくて、しかも宗教施設で育っちゃったからか……あ、一応後見人になってくれた人はいたんですけど……それでも僕、変な性格になっちゃったのかな?あんまり友達とかもできなかったんですよね」
そう話す輪生の顔は、静かに川の水面を見つめていた。
「でも、僕にとって最高の出会いがありました。中学のときに剣道を始めたんですが、試合会場ですごいものを見たんです」
輪生は顔をあげて少し微笑む。
「もうどんな相手でも『絶対負けない!』って意地とパワーで倒していって、すっごく強いのに……試合場から出たら周りに誰もいない」
「そう。その人も僕と同じ……独りでした」
輪生の言葉は続く。
「でも僕と大きな違いがあって……その人は誰にも負けない、本当に強い人でした」
「僕はその日からもっともっと強くなろうと思って、稽古を続けたんです。友達がいなくても寂しくても関係ない。とにかく前に突き進むのが大事なんだって、その独りの剣士から学んだんです。そして、僕はその人を追って──」
輪生は彗の顔を見つめながら、微笑んだ。
「──望が丘高校に入学しました」
「え?それって……」
彗は何かに気が付いて口を開いたが、輪生は右手を開いた形で彗の前に突き出し、首を左右に振り、彼女を制した。
「僕がここまで頑張ってこれたのはあなたのおかげなんです──中村水さん。僕はあなたに会えて本当に幸せでした」
輪生は「こんな僕でよければ……」と言いながら、彗に頭を下げた。
「僕と……付き合ってください。スイ先輩」
「えっ……!?」
予想外の展開に彗は一瞬困惑したが、すぐに我に帰り考え始めた。
(そっか、輪生は──)
そして、彗は気がついた。
(──私と似てるんだ)
親を失い、友達も作れず、周囲を寄せ付けないような孤独な心。
輪生はずっと独りで寂しい思いをしていた。
だからこそ、同じ心を持つように見えた「中村水」に強く惹かれたのだ。
それは何よりも強烈な執着で、恋で、愛と言える心。
(……でも)
彗はわからなかった。
愛や繋がりに飢える心は痛いほど分かる。
だが、それの受け止め方は分からない。
自分はまだ、兄に甘えることしかできない子ども。
そして自分はいま、「神器を取り返す」という大きな目標に向かって進んでいる最中だ。
自分は誰かを受け止める資格がある存在なのか、まだ分からない。
それをゆっくり考えたいと思った。
「輪生、ちょっとだけ時間が欲しい。一週間……いや、週明けでいいや。月曜日に、返事をさせてくれる……?」
彗は真剣に考え、そう答えた。
そしてその真剣さは彼にも伝わり、輪生は嬉しそうに笑った。
「はい!約束です!また朝に2-Aまで行きますね!」
「うん。そのときまでに絶対決めておく」
─────────────────
「……ただいま」
彗はアパートに帰ると、すぐに満月鏡の魔法を解いた。
すると彗の体は月光色に光り、体を包んでいたカーディガンとスカートは消え、彼女はジャージ姿になった。
「おお、おかえり。どうだった?デートは」
宵は本当に聞きたかった。
ファストフード店で玲香を介抱しつつ家に送り届けたため、二人があのあとどうなったかを宵は知らない。
「……さぁ?」
「いやお前、『さぁ』ってことはないだろう」
「別に、普通だったよ」
「普通って……」
宵は困ってしまった。
明らかに様子がおかしいが、本人は話す気がなさそうだ。
宵は妹の表情を観察した。
しかし彗はソファの上にゴロンと寝転び、大人びた女性のような表情で窓の外を眺めるばかりだった。
「ねえお兄ちゃん……『恋』ってなんなのかな?」
「……俺には分からない」
彗の真剣な表情を見て、宵は本気で答えた。
そう。三人の女性に三回とも同じ理由で振られている彼には、恋とは何なのかは本気で分からない。
「お父さんとお母さんも、こんな恋愛をしたのかなぁ」
「……父さんが言うには、母さんが魔法で部屋に乗り込んできて勝手に住み始めた挙句、無理やりプロポーズさせられたとか言っていたが……さすがに作り話だと思いたい」
「そうだよね。私もさすがに嘘だと思ってる」
彗は、きっと父のその話はロマンチックな恋の話を誤魔化すための照れ隠しだと考えていた。
父は生真面目で嘘をつくような人間ではなかった。
しかし自分の恋の馴れ初めを子供に話すのは恥ずかしくて、作り話をしたのだろう。
「はあ……どうすればいいのかな……」
(俺が少し目を離した隙に、精神年齢が5歳ぐらい上がって中三ぐらいになってる……?何が起きたんだ……?)
宵は心配になったが、あまり根掘り葉掘り聞くのもまたデリカシーがないと怒られてしまうのではないかと思いつつ──
「なぁ、何があったんだ?」
──聞いた。
「……うん、そうだよね。お兄ちゃんには話すよ」
彗は説明した。
輪生に告白されたこと。
自分はそれを受け止める自信がないということ。
まだ神器を取り返し終わっていないということ。
途中で見かけたマスクとサングラスの男の正体に気づいているということ。
自分はどうすれば良いのか分からなくなってしまったこと。
宵は「尾行してごめんな」と言いつつ彗の話に頷き、少し考えてから口を開いた。
説明を終えた彗はソファの手すりに顔を埋めたまま、兄の言葉を待った。
「うーん……もちろんそれを決めるのは彗だから、俺からああしろこうしろと言うつもりはない」
宵は「だが……」と言葉を続けた。
「──お前の中で、もう答えは決まっているんだろ?」
宵がそう言うと、彗は心の中心を突かれたことにより体をビクンと振るわせた。
「明後日……月曜日に、ちゃんと伝えてこいよ」
「う゛ん゛………!!」
ソファの手すりから顔をあげた彗の目には、大量の涙が溜まっていた。
☽ あとがき ☾
かつての最強少女剣士の独りの戦いは、独りの少年の心を救い、魅了していました。
孤独は孤独に吸い寄せられ、彼らの運命は複雑に絡み合っていくのです。




