初めてのデート
「スイ先輩、おはようございます!」
輪生が10時ちょうどに駅に着くと、ベージュのカーディガンと赤いスカートに身を包んだ彗が待っていた。
(さすがスイ先輩だ!すごくお洒落で……まるでファッション雑誌からそのまま飛び出してきたみたいだ!)
輪生は彗の洒落た服装に驚きつつ、「お待たせしました!行きましょう!」と言って駅のホームに向かった。
「ところで、どこに行くの?」
「とりあえず街の方をブラブラとしようかと……」
「わかった」
「…………」
「…………」
駅のホームで、気まずい沈黙が二人を包む。
(スイ先輩、いつもよりも全然話してくれないな……僕が間をつながないと!)
彗の無言は緊張から上手く口が回らないということもあるが、資金の心配が大きかった。
彗が元々持っていた小遣いに加え、宵が行く前に5000円を手渡してくれた。
そのおかげで財布の中にはいつもよりもかなり多くの金額が入っているが、生活を考えるとここはなるべく出費を抑えて兄にお金を返したい。
不安を抱える彗と楽しそうな輪生は電車に乗ったが、そのとき二人の後を追う人間が二人いることに、彗と輪生は全く気が付かなかった。
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「この棒で、あの飛んでくる球を叩けばいいの?」
「はい!なかなか楽しいですよ!まずは僕がやりますので、見ていてください!」
二人が来たのはバッティングセンター。
輪生はデートプランを16個考えてあり、最初にバッティングセンターから始まるプランはそのうち4つある。
今日のデートをなにがなんでも成功させて、憧れのスイ先輩と仲良くなるのが今日の彼の目標だった。
「どうですか?こんな感じです!」
輪生は100キロの球を次々と打ち返した。
月輪教の「忍」として数々のトレーニングを積んで体を鍛えてきた彼だが、バッティングの経験はなかった。
だから彼は二週間前からこのデートのために密かに練習を積んでいた。
「おおー……」
球を打ち返す輪生を見て彗は感心した。
「野球」というものの存在は当然知っているが、ここまでの人生で関わることはなかったが、なかなか楽しそうだと思った。
(私もやってみよっと)
彗は一番端のゲージが空いているのを見て、そこに入り機械にお金を入れた。
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「あ、あれ?」
輪生がバッティングを終えて振り向くと、背後にいたはずの彗がいない。
「す、スイ先輩どこですか!?」
彼が慌てて探すと、彗の代わりに一つの人だかりが見つかった。
その人だかりは150キロのゲージの背後に集まっている。
「やばいよこの子」
「何の選手?」
「野球じゃないことは確かだ」
「いずれにせよ何かのバケモンだな」
(絶対スイ先輩だ!)
確信した輪生は「ちょっとすみません」と人だかりを掻き分けて進み、150キロのゲージに近づいた。
するとそこにいたのは、ボールの軌道の正面に立ち、片手でバットを持ち、ハエでも叩くようなフォームでボールを叩き、驚くほど正確にマシンに向けて打ち返している彗。
彗は一球目だけは失敗してボールを腹に受けたが、その後は全球打ち返すことに成功した。
彗が19球連続で150キロの球をマシンに向けて打ち返してぶつけたことにより、マシンはブスンブスンと音を立てて煙を出している。
「あ、輪生。私わかったよ。これ、私に向かって飛んでくる球をあのマシンに打ち返して、私を狙ったらどうなるのか、あのマシンにわからせるゲームだよね?下手だと自分の体に当たるんだよね?」
「ッ──!ぜ、全部違いますが、とりあえず店を出ましょう!」
輪生は彗の手を引き、バッティングセンターを後にした。
(くっ……スイ先輩はやっぱり僕の想像を遥かに超えてくる!この後はどんなプランにすれば……!!)
一方、80キロの球を空振りしていた男は二人が店を出て行くのを見て、慌てて二人を追いかけ始めた。
彼もバッティングセンターは初めてで、楽しい経験だったのだ。
──妹とは違い、一球もバットにボールが当たらなかったが。
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「……ふぅ。次は食事か」
宵は、彗とそのデート相手の高校生を追いかけ、二人が入ったファストフード店に遅れて入った。
彗の初めてのデート。
何も起きない方がおかしいので、いつ何が起きても対応できるように兄として追いかけなければならない。
宵はそう思ってついてきた。
サングラスとマスクを付けていれば彗に見つかることはないだろう。
彼は二人から離れたカウンター席に座り、モバイルオーダーを使ってチーズバーガーとアイスコーヒーを注文した。
「あの、お兄さん……ですよね?」
「!?」
宵が驚いて顔を上げると、そこには一人の女子が立っていた。
この子は前に会ったことがある。
彗のインターハイで会った子だ。
たしか名前は……「玲香」さん。
「あ、あの!私、以前は大変失礼なことを……!」
玲香は以前、彗と宵の関係に対してあらぬ誤解をしていた時期があり、宵のことをインターハイの日にビンタしたのだ。
しかし今は主に彗の話から、誤解に関しては完全に解けていた。
「ああ、気にしてないよ。妹から殴られ慣れているからね。あのくらいじゃ全然平気なんだ」
「そ、そうなんですね……?」
玲香は安心したような顔をしたあと、宵に尋ねた。
「もしかして、スイが心配でついてきたんですか?」
「しっ……!尾行が見つかるとまずいから静かに!」
「あの、それならその怪しすぎるサングラスを外した方が……」
「……ああ」
玲香の言葉で、宵はサングラスを外した。
「君のいう通り、俺は妹が心配でついてきたんだ。デート中に何か起こるかもしれないからな。君は?」
「私もあの二人をずっと付けてます。面白そうなので」
「……俺たちは二人組を付けている二人組だったわけか」
宵は恥ずかしそうに俯き、玲香も「そうみたい、ですね……」と同様に俯いた。
宵は少し考えてから「はっ!」と言い、玲香の方に向き直り話し始めた。
「いや、違うんだ玲香さん。決してシスコンのバカ兄みたいに思わないでくれ。あいつは子どもの頃からあらゆる場所で暴れ回り、俺が何回謝りに行ったかわからない。今回ももしかしたらデート相手に酷い暴力を振るう可能性があるし、そうなった場合のために俺が現場にいた方が……!」
宵は早口でまくし立てるように話した。
言葉から焦りと不安が滲み出ている。
それに対して玲香は「わかります!」と力を入れて返答した。
「私もスイとは高校からの付き合いですが、あの子は去年まで授業をサボるわ勝手に帰るわやりたい放題で、その度に私が連れて帰っていたんです!だから今回初めて『デート』なんて普通の女の子みたいなことをするんだと思えばなんだか放っておけなくて……!」
互いに胸の内を吐露したあと、二人は何故か両手で固い握手を交わした。
気がついたのだ。
自分たちは、あの怪物少女の世話係という共通の使命を帯びた仲間なのだと。
二人は何度も「うんうん」と頷き、今日のデートをしっかりと見守ることに合意した。
「……やばいッ!」
宵は、彗と輪生が席を立ってこっちに歩いてくるのが見えた。
自分は慌ててサングラスをかけたので顔を隠せたが、この玲香さんは何も顔を隠すようなものを持っていない。
「失礼ッ!」
「エッ?」
宵は玲香の頭を抱え、自分の胸に抱き寄せた。
こうすれば玲香の顔は見えないし、サングラスとマスクを付けた変な男が彼女とイチャついているようにしか見えないだろう。
彗と輪生は一瞬だけどこちらを見たが、兄と友人だと気付いた様子はなかった。
「ふぅー……すまないな、玲香さん」
「は、はい……」
「ん?わ、どうしたんだ!?」
宵は焦った。
玲香の顔が真っ赤で、完全にのぼせ上がったような顔色になっていたからだ。
「どこかぶつけたか?それとも、苦しかったから?ちょっと熱を確認させてくれ。あと心拍も!」
宵はそう言って玲香の額に自分の額を当て、その後胸に耳を当てた。
「心拍が異常に早いな……でもとりあえずは大丈夫かな?あ、ああ。俺、一応医学部の学生なんだ。だからこれは簡易的だが『診察』だから、安心してくれ」
(そ、そんなわけないのに……この人から……Witch Phantom様の匂いが……!!頭がクラクラするぅ……!!)
玲香が何度も体を密着させた宵からは、まるで彼女が大好きな怪盗少女と同じ遺伝子のような匂いを感じ、玲香はふらついた。
「い、医学部……?頭いいんですね……お兄さん……」
「いや……俺、勉強は頑張ったんだが彗には『お兄ちゃんは人の気持ちを察する力がゼロだからトータルでバカ』って言われてる始末で……」
「そ、そうみたい……ですね……!」
玲香は初めての男性との接触、そして大好きな匂いを大量に嗅いだことで興奮が収まらず、その場にバタンと倒れてしまった。
「れ、玲香さん!?玲香さん!!どうしたんだ!!おーい!!」
こうして宵と玲香は尾行どころではなくなり、彗と輪生はどこかへと行ってしまった。




